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知られざるテロ情報機関

「国際テロ情報収集ユニット」
フリージャーナリスト、安田純平さんが解放された際に登場した組織だ。ふだん聞くことはないその名前、政府のテロ情報収集機関だという。果たしてどのような組織なのか。今回、安田さんの事件をきっかけに、その内情を取材した。
(政治部官邸クラブ 小口佳伸/米津絵美)

「解放情報」は突然に

10月23日午後7時40分。
その男は公務を終えて、渋谷区恵比寿で夕食をとっていた。

政府のインテリジェンス部門、内閣情報調査室のトップ、北村滋・内閣情報官。

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数分後、北村のスマートフォンが震えた。

北村は飲もうとしたハイボールのグラスから手を離し、脇で震えるスマートフォンを、慌てて顔の前まで近づけた。

「国際テロ情報収集ユニット」の関係者からの電話だった。

席を立って、周囲の目を気にしながら電話に出た。

「どうした?」
「安田純平さんが解放される見通しになりました」

「ユニット」のトップ、瀧澤裕明のもとに、安田さんが解放される見通しだという連絡が入ったという知らせだった。

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瀧澤はユニット長であるとともに、中東班の班長も兼ねていて、この時、海外に滞在していた。

「国際テロ情報ユニット」が発足したのは3年前。

瀧澤は、安田純平さんの人質事件を最重要案件として、月に1、2回、シリアの周辺国に赴き、現地の情報機関などと連絡を取り合ってきた。その瀧澤の元に、カタールから安田さん解放の一報が入ったのだった。

北村は電話を切った後、ただちに食事を切り上げて店を出た。そして安倍総理大臣と菅官房長官に電話で報告をした。

そして深夜の記者会見に

その後、午後9時頃になって、安田さんの身柄が武力組織からトルコ側へ引き渡されたという情報が総理大臣官邸に寄せられた。

菅官房長官は午後10時半すぎ官邸に戻った。こんな時間に官房長官が官邸に入るのはめったにない。記者たちがざわめき始めた。

午後11時すぎ、急きょ臨時記者会見を開き、安田さんの解放の可能性に言及した。
「本日、日本時間午後7時40分ごろ、3年前にシリアで拘束された安田純平氏が、早ければ本日中に解放されるという情報がカタール国からもたらされた。その後、日本時間午後9時ごろ、カタール国からの連絡として、安田純平氏が解放され、トルコ当局のアンタキヤの入管施設にいるとの情報がもたらされている」

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「現在、トルコ当局などを通じて人定関係を確認中だが、諸般の情報を総合すれば、安田純平氏本人である可能性が高いものと考えられ、その旨を安田氏のご夫人にもお伝えした。なお人定関係の確認には、一定の時間を要する見込みだ」

会見を受けて、報道各社は一斉に速報を打った。

一方、政府は現地に職員を派遣し、解放された男性が安田さんかどうかの人定確認などにあたった。ただ会見では、なぜ3年もの拘束を経て、このタイミングで解放に至ったのか。どうやって解放に至ったのかは、明らかにされなかった。

菅官房長官が翌日の定例会見で、経緯について語ったのはひと言だけだった。
「官邸を司令塔とする『国際テロ情報収集ユニット』を中心に、トルコやカタールなど関係国に働きかけた結果だ」
そのユニットがどういう働きをしたのかは、分からない会見だった。

日本人も被害 テロ事件

日本人が、武装勢力に拘束されて、人質となったり、殺害されたりするテロ事件などは、2000年以降、頻発している。

2001年9月11日に起きた同時多発テロ事件では、ハイジャックされた4機の旅客機がニューヨークの世界貿易センタービルやワシントン郊外の国防総省などに激突し、日本人24人を含む3000人近くが犠牲となった。

2013年1月に起きた、アルジェリア南東部のイナメナスでの事件では、イスラム武装勢力が天然ガス施設を襲撃し、建設工事を請け負っていたプラント建設大手の「日揮」の社員など日本人を含む大勢の外国人を人質に取って立てこもった。
アルジェリア政府は軍事作戦を強行して施設を制圧したが、日本人10人を含む40人が犠牲となった。

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2016年7月には、バングラデシュの首都ダッカで、過激派組織ISのバングラデシュ支部を名乗るイスラム過激派の男らが飲食店を襲撃し、日本人7人を含む22人が犠牲となった。

21世紀に入ってから10件以上の事件が起きている。

テロで変わった「安全保障」

2013年に「日揮」の社員が犠牲となった事件では、日本政府が現地の日本人の安否確認を急いだものの、事実関係の確認に手間取り、迅速な情報収集や政府内での情報共有が課題として残った。

このあと政府は、外交・安全保障政策の司令塔となる「国家安全保障会議」いわゆる日本版NSCと、これを支える「国家安全保障局」を発足させた。

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さらに、大激論の末に施行された安全保障関連法では、海外で日本人が不測の事態に巻き込まれた場合、自衛隊はこれまで安全な場所への「輸送」を任務としてきたものを、事案が悪化した国に自衛隊が出動し、日本人の「救出」や「警護」などの任務を行うことを可能にし、武器使用が認められる範囲も広がった。

頻発するテロを背景に、安全保障に関する日本の取り組みも変化したのだ。

安田さん拘束のさなかに発足

政府が「国際テロ情報収集ユニット」を発足させたのは、安田純平さんの拘束事件が発生した半年後のことだった。

安田さんの事件が発生したのは、2015年6月。
シリアの内戦を取材するため、トルコ南部から国境を越えてシリアに入ったあと行方がわからなくなり、現地の武装勢力に拘束されたとみられていた。

その翌年の2016年3月には、安田さんとみられる人物の映像がインターネット上で公開され、さらに2か月後には、「助けてください。これが最後のチャンスです」などと日本語で記された紙を持った画像が、インターネット上に投稿された。

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ことし7月には、安田さんとみられる人物が、オレンジ色の服を着て、「私の名前はウマルです。韓国人です。きょうの日付は、2018年7月25日。とてもひどい環境にいます。今すぐ助けてください」と話す動画がインターネット上に投稿された。

「ユニット」の関係者は、安田さんの事件を最重要案件と位置づけ、各地の在外公館で、現地の情報機関と情報交換をしながら、解放に向けた作戦を練っていたと語る。

過去に人質解放の交渉を行ったことがあるイタリア、ドイツ、スペイン、アメリカなどから情報収集を行い、どうすれば解放に近づけることができるかも検討を重ねたという。

働きかけ

安倍総理大臣もことし9月、ニューヨークでの国連総会にあわせて、カタールのタミム首長と会談し、重ねて協力を求めた。さらに旧知のトルコのエルドアン大統領、シリアの後ろ盾でもあるロシア側にも働きかけを行っていた。

「ユニット」の関係者は言う。
「シリアで自国民が誘拐された経験を持つ国を回って、当時の交渉状況について聞いた。安田さんはシリアで行方不明になっていたのはわかっていたので、トルコや他の周辺国、湾岸の人質事案に対応した実績がある国をピックアップして回った。その中にはカタールも含まれていた。交渉状況について教えてくれる国、機微な案件だという理由で教えてくれない国、いろいろだった」

「職員が在外公館にいる国の情報機関とやりとりするケース、その国に駐在する第三国の人とやりとりするケースなど、やり方はさまざまだが、第三国の人の情報がものすごく役に立った。今回は、どこに何をお願いすれば話が進むかなど、他国の過去の交渉の経験から得られた情報が生きた」

なぜこのタイミングで

別の政府関係者は、このタイミングで解放に至った要因の1つとして、シリアの内戦の情勢の変化をあげた。「シリアの反政府勢力の後ろ盾となっているトルコと、アサド政権側を支援するロシアが、シリア内に非武装地帯を作ろうということで、戦闘防止の枠組みが作られた。反政府勢力は完全にイドリブ県に追いやられて、かなり狭い地域に追いやられて、いつシリア政府にやられるかわからないという危機感はあったと思う」

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「拘束していた日本人は安田さん1人だったので、交渉カードという意味で手元に置いておくことは重要だと判断して、解放までに時間がかかったかもしれないが、もうこれ以上拘束する余裕がなくなったのかもしれない」

国際テロ情報収集ユニット

「国際テロ情報収集ユニット」とは、いったいどんな組織なのか。

2015年にフランスで起きたパリ同時テロ事件をきっかけに外務省に設置された。

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テロ対策強化のため、特にイスラム過激派などに関する情報収集や分析を行うのが任務だ。政府は、組織の立ち上げにあたって、ノウハウに乏しいテロ交渉や情報収集の術を学ぶため、同盟国や友好国などの外国機関との交流を通じて、職員の育成を行った。

「ユニット」は外務省に設置されているが、指示はほとんど官邸から降りてくるという。

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背景には、組織を立ち上げる際の主導権争いが尾を引いていると語る政府関係者がいる。
「『国際テロ情報収集ユニット』の立ち上げの際、組織の実権をどこが握るかをめぐって、外務省と警察庁の間で激しい攻防があった。結局、最終的には、安倍総理大臣や菅官房長官と関係の深い、北村内閣情報官が主導権を握り、組織のトップのユニット長は、警察庁出身者から出すことに決まった。このときの外務省の恨みはものすごかった。まさにこの瞬間に、この組織が、外務省に席を置きながら、官邸直轄の組織となることが決まったと言ってもいい」

それを示すかのようなエピソードが、安田さん解放の一報が入った際にも起きていたという。

10月23日。
北村内閣情報官に安田さん解放の一報が入ったのと同じ時間帯に、ある政府関係者は、外務省でテロ対策などを担う官僚ら数人と食事をしていた。

この政府関係者は、このときの様子を不思議に思ったという。
「安田さんが解放されたのが午後9時頃だと言われているが、われわれは、そのころ食事をしていた。しかし、不思議なことに、最後まで誰の携帯にも『安田さんが解放されたのではないか』という知らせが入らなかった。私は店を出てから安田さんが解放されたかもしれないというニュースを知ったが、なんで外務省のテロ対策の官僚がいるのに連絡が入らないのか不思議だった」

増強されてきた組織

「国際テロ情報収集ユニット」は年々増強されてきた。
3年前の発足時のメンバーは約40人。東南アジア、南アジア、中東、北・西アフリカという4つの地域班を作り、4人の審議官がそれぞれトップに立った。各地域の在外公館には、現地の事情に精通し、語学が堪能な職員も派遣した。

翌2016年、バングラデシュで日本人7人が死亡するテロ事件が発生。

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これを受けて、人員は国内外あわせて80人程度に増強された。それから2年後の現在の体制は、約90人だ。

知られざる組織の内情

人員の内訳は、警察庁4割、外務省4割、内閣情報調査室1割、そして公安調査庁、海上保安庁、入国管理局、防衛省があわせて残りの1割だ。

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組織トップのユニット長が、先に紹介した警察庁出身の瀧澤統括官、局長級だ。

90人のうち50人強が本部のある外務省に勤務し、残る40人弱は在外公館で勤務している。

国内にいる職員は、外務省で、地域班、総務班、IT班に分かれて活動している。
地域班の班員は、各国に出向き相手国の情報機関などと情報交換などを行う。
IT班は独自の通信網で海外にいる職員に指示を出したり、職員と連携を取って海外から情報収集を行っている。

一方、海外にいる職員は、現地の在外公館で活動している。
中でも中東班は、テロが起きる可能性が高い上、今回の安田さんの人質事件がまさに起きていたので、ユニット長の瀧澤統括官が班長を兼任した。

世界17の在外公館に職員派遣

4つの地域班からは、世界17の在外公館に職員が派遣されている。
内訳は、警察庁が3分の1、外務省が3分の1、内閣情報調査室、防衛省、公安調査庁をあわせて残りの3分の1という体制だ。

在外公館での仕事は、現地の政府の情報機関と関係を作ることが主な業務。人間関係が命の仕事になるため、最低3年程度は派遣されるという。現地の日本人、日系企業をテロから未然に防ぐことも求められる。海外に職員が派遣されている主な地域と、そこに滞在している日本人と日系企業は以下の通りだ。

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これだけ多くの日本人や日系企業が現地にいることを考えると、テロの脅威は、まさに「いまそこにある危機」だと言える。

国際テロ情報収集ユニットのメンバーの1人はテロ交渉の難しさを語る。
「テロ交渉は、うまく話が進んで『90%解放されるな』というところまでいっても、だめになることもあれば、10%くらいでうろうろしていて、急に解放に至ることもある。つまり『交渉が今、何合目』とは言えない交渉だ。日本は基本的に武力組織と直接交渉せず、間に何人か介して武装勢力と交渉するので、交渉の進捗状況は、その間に入る人の感覚が大きく左右する。時には交渉相手の武装勢力側のリーダーが急に変わり、交渉が振り出しに戻ることもある」

身代金は払われたのか

ところで今回の安田さんの事件、交渉で身代金は払われたのだろうか。

安田さんは、解放後の記者会見で、拘束した武装勢力は日本政府に対して身代金を要求していたと述べた。

これについて菅官房長官は記者会見で、こう述べていた。
「日本政府は、『国際テロ情報収集ユニット』を中心に関係国に協力を依頼し、さまざまな情報網を駆使して全力で対応に努めてきた。事案の性質上、詳細は差し控えたいが、いずれの場合にも身代金を払うことはない」

安田さんは、拘束された直後の2015年7月下旬に「日本政府に金を要求する」と言われ、8月上旬に日本に送るために家族の名前などの個人情報と家族への簡単なメッセージを書いて渡したと語った。

武装勢力はそれらの情報をアメリカにある日本の領事館にメールで送ったということで、それに対し、日本側から「金を払う用意はある」という回答があったとの説明を受けたとも話した。

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しかし12月の末になり、「日本側から連絡を絶った」とする説明を武装勢力から受け、その後、暴行を加えられるようになったという。

そして12月31日になって「妻の連絡先を教えろ、日本政府に圧力をかけさせる」と言われ、妻の電話番号とメールアドレスを書かされたと説明した。

「政府として金の話はしない」

「国際テロ情報収集ユニット」の関係者は次のように話す。
「身代金など金の話は当初から政府として話をしていないし、交渉にも金の話はしないという方針で臨んだ。ただ、こういう事案には、いろいろな素性の分からない人が介在することがあるものだ」

「今回の安田さんの事案でも、当初は『現地と繋がりがある』と称する人や、『セキュリティコンサルタント』と称する人、高額な金を要求して交渉をするといってきた人などがずいぶんいた。勝手に『日本政府の代理人だ』と名乗っていた人もいる。武装勢力が誰とやりとりしていたのかはわからないが、日本政府の人間で金の話をした人間はいないし、金を渡した事実もない」

一方で、別の政府関係者は。
「トルコ、カタール、シリアの関係者と折衝して、陸路でイスタンブールからレバノンに入って、安田さんの解放を待つという戦略を考えていた。トルコ航空の会長に、『帰りの飛行機代をただにしてほしい』という交渉も行って、いい返事も得ていた。今回、身代金は払っていないと思うが、ODA=政府開発援助として、協力国に渡して、暗黙の了解で代わりに払ってもらう方法もないわけではない」

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身代金をめぐっては、トルコのチャウシュオール外相は「トルコはテロ組織に身代金を支払わないし、そのようなことに関与しない」と否定している。

カタールは、武装勢力に高額の身代金を支払ったという見方がある一方、カタール政府が否定しているという情報もあり、真偽のほどは定かではない。

「身代金には応じない」が…

国連の安全保障理事会は、2014年1月に、世界各地でテロリストが活動資金を調達するために身代金目的の誘拐事件を引き起こしているとして、加盟国に対し、身代金の支払いに応じないよう求める決議案を全会一致で採択した。

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2015年3月にも、イスラム過激派組織「イスラム国」の資金源を絶つため、石油の違法な取り引きを封じ込め、人質と引き換えに身代金の支払いに応じないことなどを求める決議が全会一致で採択されている。

カタールが、シリアの反政府勢力を支援してきたことについても、欧米諸国やサウジアラビアなどが「テロ組織に武器や資金が渡るおそれがある」と指摘するなど、シリアでイスラム過激派組織の台頭を招く要因となってきたと批判も受けていた。

今回、身代金が支払われたことを示す証拠は今のところないが、邦人保護の方策として身代金を支払うことは国際的な非難を受ける恐れが強い。一方で、海外では身代金を支払って、人質の解放に至ったと見られるケースもある。

テロ組織などに拘束されれば、身代金の話は常につきまとう。そして、日本政府が独自に解決するのは容易でなく、世界各国の協力や援助が必要となる。

危険地域への渡航規制は難しい

こうした中、外務省は、4段階に分けた危険レベルを用いて、国・地域別の海外安全情報を発信している。

レベル1「十分注意してください」
レベル2「不要不急の渡航はやめてください」
レベル3「渡航はやめてください(渡航中止勧告)」
レベル4「退避してください。渡航はやめてください(避難勧告)」

しかし、これらはあくまで勧告であり、強制するものではない。

憲法22条は「何人も公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」「何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を犯されない」と規定している。危険地域への邦人の渡航を規制することは難しい。ただ、だからこそ危険を回避するための方策は、しっかりと考えておかなければならない。

日本人の事案は無くなった

政府によると、安田さんが解放されたことで、現在、日本人が拘束されたり、被害に巻き込まれたりしたというテロの事案は1つもなくなったという。

しかし、世界的には、テロは今も起き続けている。

政府は「国際テロ情報収集ユニット」を、今後はヨーロッパにも展開し、日本人や日系企業の保護にあたる方針だ。再来年の2020年に東京オリンピック・パラリンピック大会を安全に成功させるため、さらなる人員の増強も検討している。

小口 佳伸
政治部記者
小口 佳伸
平成14年入局。札幌局、政治部、長野局を経て今年7月から再び政治部で官邸クラブに所属。予算委の取材など担当。早朝の取材が多い。
米津 絵美
政治部記者
米津 絵美
平成25年入局。長野局を経て政治部。現在、官邸クラブで総理番、官房副長官番などを担当。深夜の報告が多い。