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ひきこもりの部屋から

現代美術家の渡辺篤さん。
みずからのひきこもり経験をもとにしたアート作品を発表してきました。
いま、ひきこもりを続けている人たちから『ひきこもっている部屋』の写真を集め、アート写真集として出版するプロジェクトを進めています。そのねらいはどこにあるのか。聞きました。(ネットワーク報道部記者 高橋大地)

ひきこもりアート

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渡辺篤個展 「止まった部屋 動き出した家」より(2014)©Atsushi Watanabe/ Photo: Keisuke Inoue/ Courtesy of NANJO HOUSE

コンクリートで作った広さ一畳ほどの小屋。その中に渡辺さん自身が1週間閉じこもって生活、その後、小屋の壁を金づちでたたき割って出てくるという作品です。

こちらは、「わたしの傷/あなたの傷」という作品。渡辺さんが生まれ育った実家のミニチュアをハンマーで壊したうえで、バラバラになった破片を、母親と一緒になって組み合わせ、「家」を作り直す、というものです。

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《わたしの傷/あなたの傷》(2017)©Atsushi Watanabe/ビデオ・インスタレーション

ひきこもっていた時の、お互いのつらい思いについて、母親と語り合いながら、関係を修復していった過程を表現しています。

現代美術家の渡辺さんは、みずからのひきこもりの経験をもとにした作品を作り続けています。

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“じわじわと自殺している” 感覚

渡辺さんがひきこもったのは、8年前の夏、実家で両親と暮らしながらプロの美術家として踏み出そうとしている時でした。それ以前から患っていたうつ、恋人の裏切り、美術家として生きていくことへのプレッシャーや不安などから、部屋にひきこもりました。親と顔を合わせたくなかったためトイレにも行かず、日中は、おしっこをペットボトルにためていたと言います。風呂にも何か月も入らず、髪の毛も伸び放題、どんどん太っていく…。そんな日々が続きました。

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“2011年当時、渡辺がひきこもりをやめた日の部屋の写真”©Atsushi Watanabe/ © I'm here project

「1日のうち23時間くらいはベッドにいました。ゆっくりと長い時間かけてじわじわと自殺している、そんな感覚でした」

当初は声をかけてくれた母親も、次第に部屋の扉をノックしてこなくなりました。「親からも見捨てられた」と感じた渡辺さん。ひきこもってから7か月ほどたったある日、母親への怒りが爆発。自分の部屋から飛び出て、居間の扉を蹴破ります。

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《自分の部屋の扉を切り取る》(2014)/ ビデオ二面(各3分)/ ©Atsushi Watanabe/ Video editing: Noboru Kamata/ Photo: Keisuke Inoue/ ...服装、髪、髭などひきこもり当時の容姿を再現しておこなったパフォーマンス映像。

その時、渡辺さんは、居間に、ひきこもりに関する専門書が、たくさん置いてあることに気がつきました。実は、母親も苦しんでいたことを、初めて知った瞬間でした。そのあと、母親と何時間にもわたって話し合い、お互いの気持ちを吐露し合うことで、ひきこもりから脱する決心ができたといいます。

脱出、自分のひきこもり部屋を撮影

部屋を出ると決めた渡辺さんは、その日、伸び放題になった髪の毛やひげをはやした自分の顔、閉じこもりきりで荒れ放題だった部屋の様子を写真に収めました。

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《自画像》(2014)/ ©Atsushi Watanabe/ Production cooperation: Yuzu Nakayama/ Photo: Keisuke Inoue/ ...渡辺がひきこもりだった頃、その最後の日に撮影したセルフポートレート

渡辺さんは、そのとき、『自分はこの瞬間のためにひきこもっていたのではないか』と強く感じたと言います。

「ゴミが散乱している、とても人に見せられないと思っていた自分の部屋を撮るという行為は、自分のこれまでを客観視して、ありのままを受け入れることにつながりました。ひきこもっていた長い日々は、自分の姿や部屋を写真におさめる、この瞬間のために必要な制作期間だったのだと思えたのです」

大切なのは客観視

渡辺さんが、この秋から始めたアートプロジェクトは、現在、部屋にひきこもっている人たちに、自分の部屋を撮影してもらい、その写真を集めて写真集を出版したり、展示会を開いたりしようというもの。みずからの体験が元になった取り組みです。

「アイムヒア」(=「僕/私はここにいる」)プロジェクトと名付けました。

「ひきこもっている人たちが、自分の部屋の写真を撮ることは、みずからの生活を客観視することになります。声も上げられずに苦しんできた、ひきこもりの人たちが、そこにいる。それをありのままに肯定することから始めたい」

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ツイッターやホームページを通じて呼びかけると、これまでに20人余りから写真が寄せられました。それぞれの写真には、可能な範囲でひきこもりの状況についての説明を添えてもらっています。

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《アイムヒア プロジェクト》(2018)/© I'm here project

こちらは、大量の本が積み上がった部屋の写真。10年間大学に通ったものの、研究職としての進路が絶たれ、ひきこもったといいます。「好きな漫画を何十回も読み返し、専門書をたまに見返えす日々を怠惰に過ごしております。いまだに何百冊もある専門書が手放せません」というメッセージが添えられていました。

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《アイムヒア プロジェクト》(2018)/© I'm here project

缶酎ハイの空き缶や菓子の袋など、ゴミが山のようになった部屋の写真も。この部屋に暮らす人は「部屋にゴミがあることで自分を罰している気がして安心できる」と話しているといいます。

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《アイムヒア プロジェクト》(2018)/© I'm here project

また、ハンガーのラックや扇風機が置かれているくらいで、きれいに片づけられた部屋の写真もあります。こちらは、学校に行けなくなって断続的にひきこもり、10年が過ぎた人だといいます。

それぞれの写真に写し出されていたのは、その部屋で長い年月を過ごしてきた人たちの日々の暮らしの積み重ね、リアルな現実でした。それは、10人いれば10とおり、100人いれば100とおり。もちろん、どの写真も本人でなければ写すことができないものでした。

部屋の中に閉じこもり、社会から“見えない存在”になっている人たちが発する「ここにいるよ」という『声にならない声』が、聞こえてくるようでした。
渡辺さんは、写真を送ってくれた人に、『あなたたちもクリエイターだ』と伝えたいと、3000円の謝礼と、できあがった写真集を渡すことにしています。

「写真を送ってくれるやり取りを通じて、ひきこもりの生活リズムに変化が生まれたり、社会とつながってみようというきっかけになったりするかもしれない。そうした行為を含めた全体が“アート”で、そのアートの力が、ひきこもりを続けている人たちの助けになるのではと考えています」

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声なき声を拾い上げる

ひきこもりの問題は、長い間、ひきこもりの本人、当事者抜きで語られてきた側面があります。部屋にずっと閉じこもっている人たちは、「声を上げられない人たち」だったからです。

ここ数年、ひきこもりの当事者の人たちが、SNSやWEBメディアを立ち上げたりして、みずからの経験や思いを発信するようになってきてはいますが、その一方で、声を上げられないひきこもりの人も数多くいます。
社会と長い間、接点を失ってしまったことで、他人との接し方が分からない、外の世界への一歩が踏み出せない。そうした人たちの思いを、どう受け止めるのか。

「アイムヒア=僕はここにいるよ」という声なき声。

写真集の出版と展示会は、来年2月の予定です。
(写真の募集は12月1日まで・展示会は2月16日から横浜市で開催予定)

高橋 大地
ネットワーク報道部記者
高橋 大地