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羽生さんが語る平成の将棋とこれから

将棋の羽生善治さんが大一番に臨んでいる。平成元年から積み重ねてきたタイトルは通算99期。いま行われている将棋界の最高棋戦「竜王戦」七番勝負に勝って防衛に成功すれば、前人未踏の100期を達成する。一方、負ければ、現在保持している竜王の冠を失い、平成3年以来の無冠に。節目となる大勝負に“平成の大棋士”は、どのような心境で臨むのか。これまで、そしてこれからの将棋界をどう見ているのかー。対局が始まる3日前にインタビューした。(科学文化部記者 国枝拓)

歩いてひょっこりと

10月8日の昼下がり。東京 渋谷のNHK放送センターの玄関に、羽生善治さんが姿を見せた。

私はこれまで、会見などで大勢の記者のひとりとして質問したことはあるものの、対面して話をするのは初めて。将棋界のスーパースターだ。タクシーか黒塗りのハイヤーで到着するに違いないと考えていた私は、拍子抜けしてしまった。一般の通行人に交じって、徒歩で、しかも1人で現れたのだ。

「羽生でございます」

笑顔で手渡された名刺の肩書は、ただ、「棋士」とだけ記されていた。

平成の王者として

羽生さんは昭和60年、加藤一二三さん、谷川浩司さんに次ぐ史上3人目の中学生棋士として、15歳2か月でプロ入りした。

4年後の平成元年には、初めて挑んだタイトル戦の竜王戦を制し、当時の最年少記録となる19歳2か月で初のタイトルを獲得。

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その後もタイトルを積み上げ、平成8年、25歳のときに、当時の七大タイトルすべてを独占した。

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若手棋士が台頭する中でもタイトルの保持を続け、去年12月には、将棋界の7つの永世称号の資格をすべて獲得して前人未到の「永世七冠」を達成。

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ことし2月には将棋界初となる国民栄誉賞を受賞した。

極力フラットの状態で

インタビューでは、ニュースウオッチ9の有馬、桑子両キャスターが聞き役となり、約1時間にわたって話をうかがった。

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まずは大一番を前にした心境は?

徐々に緊張感、テンションといいますか、いよいよ始まるんだなというところです。何十年やっていてもそういうものは変わらずにあります。ただ、対局が始まってしまえばそういうことを考えずに集中して臨むのではないかと思います。もちろん喜怒哀楽のようなものはありますが、あまりそれにとらわれすぎてもいけないことは経験則として分かっているので、極力フラットの状態、平常心に近いところで、日々の生活も過ごせて行けたらいいなと思っています。

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竜王戦の相手は広瀬章人八段(31) その印象は?

今30歳前後で強い棋士が大勢いるわけですけれども、その中の1人です。終盤の切れ味というか、そこにすごく特色があるタイプの棋士だと思っています。最近はやっているような型が出やすいと思っているんですけれども、最後の最後まで競り合う感じの展開になると思います。

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「100期か無冠か」の対局 特別な思いがあるのでは?

勝負の世界なので浮き沈みもありますし、結果が変わるというのは当然のことです。そうなったらまた新たに挑戦していくということになるとは思います。棋士の世界は基本的にはずっと続いていきます。たとえばスポーツのアスリートの人は、4年に1回のオリンピックに競技人生のすべてがかかってしまう場合がありますよね。でも棋士は、タイトル戦もずっと続いていくし、活動期間が何十年と続いていきます。もちろん勝てばうれしいし、負ければ悔しいですが、そういうことよりも、全体的な地力を上げる、コンスタントに活躍を続けることができるかということのほうが、重みとしては大きいのかなと思っています。

対局中の食事やおやつへのこだわりは?

対局が行われる場所で、地元のものを食べようということはありますが、対局中は食べ過ぎちゃうと考えづらくなるので、ふだんよりはちょっと少な目にしています。最近は写真入りのメニューのようなものを渡されて、何か選んでと言われることが多いです。2日分の食事、おやつをお願いしますと言われて、一生懸命選んでいます。おやつは、洋菓子も和菓子も両方好きです。将棋って時間で終わるわけではないので、エネルギー切れにならないようにすることも結構大事な要素なので、途中でおやつを食べて栄養を補給するということも大切なことかなと思っています。

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一から勉強し直している

平成元年に初タイトルの竜王 そして今回は平成最後の竜王戦 感慨は?

30年前はさすがに昔すぎて記憶もおぼろげですが、ずいぶん変わったなというのが率直な感じです。昭和と平成の将棋の違いは簡単に言ってしまうと、アナログからデジタルの時代になったというところです。以前は対局室には棋士2人と記録係、観戦記を書く記者の4人しかいなくて、そこの風景はその4人でしか共有していなかったんです。今は、本当にたくさんの人がインターネットの中継を通じて見ていて、ちょっと隔世の感があります。これも幅広くいろんな人たちに将棋を楽しんでもらうためにはとてもよいことなんじゃないかなと思っています。将棋の世界は江戸時代からあるので、きちんと継承していかなくてはいけないところもあるとは思うんですが、それと同時に、今あるものを取り入れて、変化していくということも求められているので、うまく取り入れながらやっていけばいいのかなと思います。

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タイトル100期を目前に2回チャンスを逃すなど苦戦している いま将棋界で何が起きている?

ここ2、3年で、将棋の世界は戦術的に大きく変わっているんです。一見すると、和服を着て、駒の並べ方も同じで、伝統的な場所で対局している点では10年前も20年前も風景はほとんど全くと言っていいほど変わっていない。ただ、将棋の中身に関して言うと、本当に大きく変わっている。分かりやすく言えば、将棋ソフトがすごく強くなった。今まではコンピューターの世界で生まれている将棋と人間が指している将棋とは全く別世界の出来事で、交わることも影響しあうこともなかったんですね。ただこの2、3年は人間の将棋がかなり大きな影響を受けていて、400年の歴史が積み上げた体系的なセオリーが根本から作り直されています。過去に私が経験したり勉強したりした型は、残念ながら最近の将棋では意味がない。今、それを一から勉強し直している感じです。自分をモデルチェンジしていかなければいけないし、新しい時代の将棋に適応していくことを迫られています。

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オリジナルの確立を

AIが指す将棋と人間が指す将棋は何が違う?

人間にとっては『新しい』『古い』という感覚はありますが、AIにとってはそれがない。ですので、人間が見るとAIの将棋が実はとても古めかしく見えたりするんですね。大正、昭和のころによく指されたような型が、この21世紀に入った今の将棋でメインストリームになっているようなケースもあるんです。そんなことが起こっています。今のAIの学習はとても人間的なんです。いかにして考えなくて済むか、いかにしてむだな思考を省くか。感覚的にどういう手がよい例なのかを学習させているので、人間が学んでいるプロセスと似たようなことをコンピューターにさせているということですね。AIは怠けないし疲れないし、電力さえあげればずっと働くので、それで結構すごい手が生み出されているということですね。

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棋士はAIとどう向き合う?

AIをさまざまな局面で分析に使うんです。AIは自分が考えた手を点数づけしてくれますが、難しいのは、必ずしもその手が正しいとは限らない。その『揺らぎ』の部分を人間の視点でどういうふうに見切るかということをしている。もちろんAIは非常に便利で優秀ですが、それと同じことをやっていてもしょうがない。そうした中で、どういうふうに自分なりのオリジナルのスタイルや指し方を確立するか。そこからまた新しいものが生み出されるのかどうかということが、問われているのかなと思います。

棋士とは何かが問われる時代に

将棋界は8つのタイトルを7人が分け合う「群雄割拠」と呼ばれる時代を迎えている

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タイトルを持っているトップ集団は、ここ近年の将棋界の変化にうまく適応しているということだと思います。ふだんの対局を見ていてもわかりますが、タイトル保持者であっても、この対局を勝ち上がるのは大変だというケースが結構あります。今までだったらなんとなく格付けのような感じで順調に勝ち進むところが、結構苦労する。実績があってもランキングが高くても順調に勝ち進めるかというと、ちょっと分からなくなってきている。

これから先の将棋界はどうなっていくのか?

『棋士とは何か』が問われることになると思います。対局を見た将棋ファンから『AIが指すほうが面白いね』と言われるようになったら棋士という職業は終わると思うんですね。でも、人間同士の対局のほうがやっぱり面白いねということであれば、たぶん続いていく。どっちのほうがより社会的な価値や意義があるのかということを問われていて、それは今まで人間同士の将棋しかなかったものから、もうちょっと頑張って、魅力的なものを作り上げることができるかどうかが、問いかけられていることなのかなと思います。

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あまり先は考えずに

どんな将棋を指していきたいか 理想の将棋というものは?

どんな将棋が価値があるんだろうとか、どんな将棋が自分にとって意義があるんだろうということは、結構考えることがあります。でも答えがないので、やっていく中で自分なりの手応え、実感を得ていくような作業なのかと思っています。雲をつかむような話じゃないですか、抽象的すぎて。やってみてこれがよかったとか、やっぱりだめだったのかなとかっていうことを考える繰り返しなのかなと思っています。

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羽生さん自身の今後の目標は?

そのつど、自分の持っているものを出して行けたらいいなと思っています。あまり先のことは考えていないということもありますが、去年引退された加藤一二三先生が、現役生活63年だったんですね。私はまだ30年ちょっと。同じ年数をやっていこうとすると、マラソンでいえばまだこれから折り返し地点なのかと思うと、結構やる気がうせるというところがあります。でも先のことは分からないので、目の前の竜王戦を頑張ります。

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羽生さんは、竜王戦第1局では広瀬八段を下して勝利。このあとの対局で先に4勝すれば竜王のタイトルを防衛して、通算100期を達成する。今期好調の実力者を相手に地力を発揮できるのか。勝負の行方から目が離せない。

国枝 拓
科学文化部記者
国枝 拓