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「避難所でわが子は生きていけない」

未曽有の被害をもたらした7月の西日本豪雨災害。その災害から私たちを守ってくれるはずの避難所で、命の危険を感じて被災した自宅に引き返した人たちがいます。「食物アレルギー」がある人や、アレルギーのある家族がいる人たちです。避難所にアレルギーに対応した食品がなかったため、避難所にとどまることができなかったのです。災害大国とも呼ばれる日本で、なぜ教訓が生かされないのか?被災地の1つ、広島県の自治体を通して見えてきた課題を取材しました。(広島放送局記者 寺西源太)

週1回だけの給食

私が取材したのは、ことし7月の西日本豪雨で被災した、広島県尾道市に住む寺尾由倫さんと小学3年生の長女 友杏さん親子です。

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友杏さんには生まれつき卵や牛乳、魚介類などにアレルギーがあります。
寺尾さんは、小学校の給食の献立を確認するのが日課です。材料の中にアレルギーのあるものが1つでも含まれていると、友杏さんはその日の給食が食べられません。

アレルギーのある食品を食べると、最悪の場合、命に関わることもあるため、献立の確認は欠かせません。

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寺尾さんは「1つでもアレルギーのある食品があるとお弁当を持たせています。週に1回、給食が食べられたらいいほうで、他の子どもたちと一緒に食事ができない娘を見るのは親としてはとてもつらいです」と話していました。

アレルギー対応食「ありません」

寺尾さんが友杏さんの食物アレルギーを再認識させられたのが、7月の西日本豪雨でした。

被災地では断水が長期間続き、道路も寸断され満足に食料が手に入らなくなりました。

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寺尾さんは、災害など万が一に備え、アレルギーに対応した食品を自宅に備蓄していましたが、災害9日目にはとうとう底を尽きました。

このため、避難所の備蓄を担当していた尾道市の部署にアレルギー対応食の提供を依頼しました。
ところが…。

担当者からは「対応食が必要だという声が被災者から無かったので、特に用意していません」という返答だったといいます。

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寺尾さんは「本当に悔しくて悲しかったです。まだまだ食物アレルギーに対して理解されていないと痛感しました」と話しています。

この時は、同じようにアレルギーの悩みをもつ人たちから、対応食を支援してもらうことで、なんとか乗り越えました。

教訓はどこへ?

国は東日本大震災や熊本地震で同じような事態が起きていたことを教訓に、すべての自治体に対して、避難所などにアレルギー対応食を備蓄するよう求めてきました。

広島県が作成した地域防災計画でも、県内の市と町はアレルギー対応食の備蓄に努めるよう定められています。

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しかし、NHKが広島県内すべての自治体に取材したところ実態は違っていました。地図上で青色で表示されているのは、アレルギー対応食を備蓄している自治体です。
一方で、赤色で示された8つの市と町は全く備蓄をしていませんでした。
黄色は、粉ミルクのみアレルギー対応の備蓄をしている自治体です。

備蓄体制は、自治体によって大きな差があることがわかりました。この結果を反映するかのように、西日本豪雨の被災地ではアレルギー対応食の不足が各地で起きていました。

「わが子は生きていけない…」

取材を進めると、いったんは避難所に行ったものの、対応食の備蓄がないことがわかり、被災した自宅で避難生活を送らざるをえない人たちも多くいました。

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広島県東広島市の一部の地域では、ため池が決壊するおそれが出たため、豪雨から5日後に避難指示が出され、食物アレルギーのある1歳の長男の母親は避難所に向かいました。

しかし、避難所に着いてみると、アレルギー対応食が全くないことを知りました。幸い、避難指示はその後、解除されたため帰宅できましたが、この母親は「もし長期間避難所で生活を送らなければならない場合、わが子は生きていけないことがわかりました」と深刻な様子で話していました。

ほかにも、アレルギー対応食が避難所で手に入らないため、避難所を飛び出し、県外まで行って対応食品を確保した人もいました。

食物アレルギーの悩みは、子どもだけではありません。広島県三原市に住む60代の男性は、避難所に行ったもののアレルギーに対応した食品が無かったことから、ほとんど食事ができず体調を崩したといいます。

備蓄の差を県が検証へ

こうした問題は、広島県だけの問題ではありません。

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私がこの問題に目を向けるきっかけとなったのは、9月の北海道地震で、応援として現地に派遣された時のことです。

「避難所にいる食物アレルギーの子どもたちが食べるものが何もない。ボランティアが何度もピストン輸送しているが、全然足りない」

一本の電話が、視聴者からかかってきたのです。

地震から4日目となり、支援物資も現地に届き始めているはずなのになぜ?と思いながら聞いてみると、そもそも避難所にはアレルギー対応の備蓄が全くなく、全国からの支援物資にもアレルギーに配慮したものがほとんど無かったといいます。
国内の多くの自治体でも、アレルギー対応食の備蓄に課題がある可能性があります。

国の計画に定められているのに備蓄があまり進んでいないのは、予算の制約もありますが、なによりも意識の差や理解不足が原因だと考えられます。

広島県では、県内の防災倉庫に4万食余りのアレルギー対応食を備蓄し、各自治体の要請に応じて避難所などに送ることにしています。

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しかし、今回の豪雨災害では、自治体側からの要請はなかったといいます。広島県では今回の事態を受けて、アレルギー対応食が必要な人のもとに確実に届くよう、今後の態勢を検証することにしています。

ひと事ではない食物アレルギー

命に関わる重要な問題がこれまで、あまり表面化しなかったのはどうしてでしょうか?食物アレルギーの子どもがいる母親は、「避難所には親族が犠牲になったり、自宅が流されたりした人もいる。そうした状況の中で、アレルギー対応食はありますか?とは聞きづらい」と漏らしていました。

表面化していないのは、多くの人が声をあげることができず、堪え忍んだ結果かもしれません。食物アレルギーの子どもがいる家庭は「食」に対してとても敏感です。

災害時のことも人一倍考え備蓄をきちんとしていますが、長期間の避難生活になった場合は、個人の力で対応するのには限界があります。
また子どもだけでなく、大人になってアレルギーを突然、発症することもあります。

食物アレルギーの問題は決してひと事ではなく、命に関わる重要な問題です。災害はいつか再び起こります。その時に備えるために、今回のことを教訓になにができるのか、社会全体で考える必要があると感じました。

寺西 源太
広島放送局記者
寺西 源太