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名作ゲームに「お宝」アイデア?そして次世代へ

あと半年余りで幕を閉じる「平成」。ことし34歳、人生の大半が平成だった私にとって、時代の変化を感じる身近なものといえばゲームです。ファミコンから始まって3Dのポリゴンゲームの登場に衝撃を受け、今もインクをかけあう人気の家庭用対戦ゲームにハマっています。ゲーム嫌いの妻からは白い目で見られていますが、ゲームを通して平成を振り返り、社会にどのような影響を与えたのか取材提案してみたところ、デスクもかつてはゲーム少年だったようで即採用。大義名分を得て、まずはゲームの最前線を取材しようと、国内最大の展示会「東京ゲームショウ」の会場に向かいました。(社会部記者 村堀等)

ゲームがスポーツ?

最近のゲーム業界の話題といえば「eスポーツ」です。これは主にプロのゲーマーが賞金をかけてさまざまなジャンルのゲームの腕前を競う大会のことで、すでに人気に火がついている海外では、賞金総額が20億円を超える大会が開かれ、オリンピックの正式種目としての議論も始まっています。

とはいえ、ゲームがスポーツ、と言われてもぴんとこないというのが正直なところ。そんな思いを持ちながら、東京ゲームショウの目玉として開催された格闘ゲーム「ストリートファイター」シリーズのeスポーツ大会を取材しました。

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国内では過去最大級の賞金総額1000万円がかかったこの大会。予選には600人以上が参加し、勝ち残った8人による決勝ステージでは600ある客席があっという間に満席になり、大勢の立ち見客が取り囲む盛り上がりぶりでした。

アメリカや台湾など海外の強豪選手も参加し、華麗な連続技が決まるたびに客席からは大きな歓声があがりました。

このゲーム、コンマ数秒の操作が勝敗を分けるシビアさがあり、観客の1人は「自分もプレイしているからこそ選手のテクニックのすごさが感じられて楽しい」と興奮した様子で語ってくれました。

優勝したのはプロゲーマーの30代の日本人男性で、「ゲームの練習に毎日4時間かけ、さらに大会では体力と集中力を消耗するため、空手やメンタルトレーニングにも取り組んでいる」と話していました。

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選手の真剣さも観客の楽しみ方も、確かに野球やサッカーなどのプロスポーツと共通する点が多いなと実感させられました。

リハビリや学校教育の現場でも

もはや「子どもの娯楽」の域を超えたゲーム。その広がりを調べてみると、意外な分野でも活用されていることがわかりました。

例えばリハビリです。
いすから立ったり座ったりを繰り返す起立運動というリハビリは単調で飽きやすいのが難点ですが、その動きをセンサーで感知させ、回数に応じてテレビ画面の木が成長するというゲームソフトが開発され、一部の医療機関で導入されています。

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ゲームのおかげで楽しみながらリハビリに取り組めるようになったお年寄りもいるということです。

また、私が子どものころにはゲームの持ち込みはご法度だった学校でも英文の穴埋めや数学の計算問題などをスマートフォンのアプリを使ったクイズゲーム形式で解かせることで生徒の意欲を刺激する試みが行われています。

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いずれも、ゲームそのものの楽しさを生かした取り組みで、ほかにも車の運転技能の向上や認知症の予防など、さまざまな活用の方向性が模索されています。

平成の時代にゲームはどう進化したのか

こうした社会への広がりの背景には、昭和から平成にかけてのゲームの劇的な進化があります。最も大きな変化はコンピューター技術の向上によるグラフィックの進化です。

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ゲームと言えばドット絵と呼ばれるシンプルな映像を思い浮かべる方も多いと思いますが、今や想像の世界をそのまま形にして、その世界の住人のように自由に動き回ることができるゲームを生み出せるようになりました。

また、平成元年に発売され、世界で1億台以上を売り上げた携帯ゲーム機「ゲームボーイ」を皮切りに、ゲーム機の小型化と高性能化が進みました。

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ここ数年はスマートフォンのゲームアプリの人気で、さらにゲームを楽しむ人たちが増え、国内のゲームの市場規模は去年、推計でおよそ1兆7000億円に急成長しています。(家庭用ゲーム+スマホゲームなど)

海外では覇権を失った「ゲーム大国日本」

国内では今もなお人気の日本のゲームですが、世界に目を向けるとかつての存在感を失っていることがわかりました。

日本のゲームはファミコンが流行した昭和の終わりから平成の初めごろにかけてアメリカなど海外でも空前のヒットを記録しました。

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しかし今、世界で最も売れているのは海外のメーカーが巨額の開発費を投じた大作ゲームです。日本のゲームが好きな私ですが、試しに海外のヒット作をプレイしてみたところ、本当に戦場にいるような映像のリアルさや、映画のような演出の巧みさに驚かされ、日本のゲームにはない魅力を感じました。

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少子化による人口減少が進む中、国内市場の成長には限界があるとして、巨大な海外市場をターゲットに動き出すメーカーが増えていますが、世界全体の売り上げではアメリカなどの海外メーカーを追う立場になっているのが現状です。

過去の名作ゲームに「お宝」アイデアが?

日本のゲームが再び世界で飛躍するためにはどうすればいいのか。そのヒントを探るため、かつての名作ゲームのアイデアを活用しようと動き始めた大手のゲーム開発会社を訪ねました。

対応してくれたのは、さんまの名探偵(FC)やテイルズオブファンタジア(SFC)など数々のヒット作を手がけた、バンダイナムコスタジオの兵藤岳史さんです。

兵藤さんが注目したのは、昭和から平成にかけての名作ゲームの開発資料です。多くは会社の倉庫やクリエーターの自宅で眠ったままになっていたということですが、世界を席けんした当時のアイデアの多彩さを今に伝える貴重な資料として収集・保存するプロジェクトを立ち上げました。

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今回の取材では、これまで見つかった段ボールおよそ300箱分の資料の一部を報道機関として初めて見せてもらいました。

「マッピー」や「鉄拳」、「リッジレーサー」、「太鼓の達人」といったヒット作の開発中の企画書や仕様書など、ゲーム好きにはたまらないお宝の数々。

中には名作が生み出されるまでのアイデアの模索が読み取れる資料も残されていました。

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その1つが昭和58年の人気シューティングゲーム「ゼビウス」です。
戦闘機で宇宙からの謎の侵略者と戦うSF設定が話題となり、大ヒットしました。しかし、開発初期の資料を見ると、ヘリコプターで戦車や空母と戦うという実際の戦争をモチーフにした全く異なる世界観でした。

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リアルな地形や、空中と地上の2層の敵を撃ち分けるシステムはそのまま生かしつつ、最終的には設定をSFにがらりと変えたことで、ゲームの世界観をより深いものにしていました。

兵藤さんは「資料から感じるのはプレイヤーに楽しんでもらいたいという当時のクリエーターの情熱です。今から見るとドット絵のグラフィックは貧相に見えるかもしれませんが、当時としては画期的な新しい技術で、ゲーム作りの肝となる発想は今よりも自由にやっているのではないかと感じます」と、クリエーターとして過去の資料から学ぶべきことがあると語ってくれました。

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また別の資料には、ゲームセンター向けのレースゲームのデザイン画や三国志をモチーフにしたシミュレーションゲームの企画書、格闘ゲームのキャラクター案など、採用されなかった数々のアイデアが書き込まれていました。

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兵藤さんは、過去の資料のもう1つの活用方法として、「当時、形にできなかったアイデアの中には、かえってとっぴな発想があります。今ならAIやVRなどの技術で実現できるものもあるので、ボツネタを今に生かせば新たなヒット作につなげられる可能性もあると思います」と話していました。

兵藤さんは、次の時代を担う若手クリエーターのために今後、資料をデータ化して社外にも広く公表したいと考えていて、次のように期待を語ってくれました。

「1つの会社が抱え込むべきものではなく、ゲーム業界全体、あるいは日本を代表する産業としても貴重な遺産だと思っています。ゲームのれい明期を支えた私たちのような老兵は退いていきますが、生まれた頃からゲームが当たり前にあった若者が新しいゲームを作ってくれる事を信じています」

次の時代にはどんなゲームが生まれるのか

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取材後、テレビでの特集の放送に向けてゲーム映像の編集作業を局内でしていたところ、ふだん接点のないスタッフが何人も足を止め、自分がハマったゲームの思い出を生き生きと語ってくれました。
ゲームはそのときだけの娯楽ではなく、心に残り続けて人に語りたくなるパワーも秘めていると感じました。

国としても平成の次の時代となる2020年度から小学校でプログラミング教育を必修化し、子どものうちからゲームは自分のアイデア次第で自由に作ることができると教えることで、次世代のクリエーターとしての可能性を引き出そうとしています。
次の時代の新たな思い出となるゲームの登場を、私も1人のゲームファンとして楽しみにしたいと思います。

村堀 等
社会部記者
村堀 等