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誰にも相談できなかった~精神疾患の親に育てられて

「カッターナイフを自分の首に突きつけて『死なせてくれ!』って。ものすごく怖くて、母と必死で止めました」こう体験を話してくれたのは15歳の少女です。この10年、父の病に悩んできました。精神疾患。偏見などをおそれ、周囲に言いづらいとされています。親が病のために子育てどころでなかったら子どもはどうしたらいいのでしょうか。(さいたま放送局記者 清有美子 あさイチ ディレクター 捧詠一)

精神疾患の患者 392万人

うつ病や統合失調症など精神疾患の患者の数は全国で392万人、その数は増え続けています。この中には数は分かっていませんが、病気によって不安定な状態で子育てをしている人もいます。

そして、その影には親の言動や態度などに翻弄されて悩む子どもたちがいます。こうした子どもたちの抱える悩みや問題が少しずつ分かってきました。

“誰にも言えなかった”

精神疾患の父親に悩む15歳のみほさん(仮名)が話を聞かせてくれました。

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父親の様子が変わり始めたのは10年ほど前、みほさんが5歳の頃でした。仕事を休んで引きこもるようになりました。落ち込んだかと思うと異様なハイテンションになり「そう状態」と「うつ状態」を行ったり来たりする双極性障害でした。

「気分が悪いとか頭が痛いとか言って部屋の中で寝てばかりで、機嫌を損ねると何をされるのか本当に分からないので、家にいても話はしないし、避けるようになってしまいました。もの知りで、優しくて尊敬できる父だったのに本当に変わってしまって最初は信じられませんでした」父親は通院を続けますが症状は悪くなる一方で、みほさんも母親も父親の症状に振り回されるようになります。そして、父親の状況は家族だけでは受け止められないまでに悪化していきました。2年前、父親はカッターナイフを持ち出し自分の首筋にあてて「死にたい、死にたい…」と暴れ始めたのです。

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身長が180センチ以上ある父を小柄なみほさんと母親で大慌てで止め、みほさんみずからが警察に通報しました。父親は総合病院に搬送され、その後、精神科病院に入院することになりましたが退院の際、病院からは、今後どのように過ごせばよいのか家族へのアドバイスはありませんでした。

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「相談する場所や具体的な支援を紹介してくれればもっと違ったと思うんですけど…。結局、父親を家族だけで支える環境はなにも変わらず、状況も改善しないままです。2年前の父親の自殺騒動はもちろんですがこの10年父のことは誰にも話したことはありません。精神疾患って『変な人でしょ?』って感じでイメージが悪くて家族まで遺伝するのではないかと差別されかねないのでうかつに話せませんでした」(みほさん)

みほさんの話から精神疾患の患者と暮らす家族が社会から孤立しがちな現状が見えました。

“見えづらい”“言いづらい”

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「みほさんのように精神疾患の親がいる子どもへの支援はほとんど行き届いていません。そもそもどこに困っている子どもがいるか把握できていないのです」こう話すのは精神疾患の患者の家族支援に詳しい大阪大学大学院の蔭山正子教授です。背景にあるのは精神疾患という病ならではの「見えづらさ」と「言いづらさ」だと言います。


親の精神疾患に子どもたちは学校を長い間休んだりするなどの兆候をつかみやすいケースばかりではなく、見た目で分からないことも少なくありません。そして、病をより見えづらくしているのが「言いづらさ」です。蔭山教授は、親など周囲の大人が子どもに、「親の精神疾患については人に話してはいけない」と伝えているケースも多いと指摘しています。また、大人が病気についてひそひそ話す様子を見て“人に話してはいけないことだ”と思い込んで隠そうとする傾向が強まり、「誰かに相談する」という行為自体を思いつかない子どもが多いといいます。

“子ども”の全体の6割精神的リスク高い

こうした子どもたちを巡って気になるデータがあります。精神障害がある人の家族会などで作る全国組織、全国精神保健福祉会連合会(みんなねっと)がことし3月にまとめた報告書によると、精神疾患の親のもとで育ち、成人した人のうち63.9%が、うつ病や不安障害の可能性が高いなど、精神的な健康状態が悪い傾向にあることがわかったのです。

大変だった子ども時代、語り合える場も

実際、取材した中でも心のうちを誰にも言えず、相談する場もないまま大人になったという人たちが数多くいました。

こうした中、同じような境遇で育ち大人になった“子どもたち”が当時の気持ちを打ち明け、共有できる場が開かれ始めています。

ことし6月に東京・清瀬市で開かれた日本精神保健看護学会で、あるワークショップが開かれました。

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主催したのは精神疾患の親がいる人たちで作る家族会「こどもぴあ」です。医師や看護師、研究者たちおよそ40人に向けて、子ども時代のつらかった思いや当時の悩みを話し精神疾患のある患者だけでなくその家族である子どもにも目を向けてほしいと訴えました。

「こどもぴあ」はことし1月に設立され、大人になった“子どもたち”が定期的に集まっています。集まった人たちの中には、「自分の経験を初めて他の人に話せた」という人や「同じような境遇で育った人と初めて出会った」という人もいて、参加した人たちは思いを打ち明けたことで心が軽くなったと話していました。

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こうした集いについて精神疾患の患者の家族支援に詳しい蔭山教授は、自分の気持ちをすべて吐き出すことは、自分の過去と向き合い、未来に向かう力を得るために大切なことだといいます。「こどもぴあ」はこうした集いを東京や大阪、そして福岡などで行い、今後、全国に広げようとしています。

周囲の大人は 何ができる?

今、まさに親の精神疾患に苦しんでいる子どもたちに私たちは何ができるのでしょうか。

蔭山教授は、まず、周囲の大人が「親の変化」や「子どもの変化」に気付いてほしいと話します。例えば、最近、出歩く姿を見かけなくなった、いつも来ていた集いに来なくなったなど、親の体調の変化を感じ取る機会は日常生活にあります。

また同様に、子どもがサイズの合わない服を着続けているとか、以前より笑わなくなった、爪をかむようになったなど、言葉で訴えなくてもSOSを発信していることはあるといいます。

そのうえで、蔭山教授は子どもに対して、“気にかけている”“心配している”という姿勢を示してあげてほしいと訴えます。

「話を聞いてもらえるだけでも、“救われた”と感じる子どもはとても多いのです。子どもは、なかなか心を開けないかもしれませんが、『何かあったら相談してね』『困ったら言ってね』など何度でも気にかけている、心配しているという姿勢を示してあげてください。子どもたちは精神疾患に対する周囲の反応にこれまでに傷ついてきた可能性があるので精神疾患という言葉に対し、過剰に反応せずに子どもたちの言葉を受け止めてあげてほしいです」

どこに相談?

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気になるケースが身近であったり精神疾患の患者の家族が相談できる窓口もあります。

「市区町村の窓口」「保健所」
患者の家族は福祉や児童福祉関係の窓口に尋ねてみてください。保健所も相談にのってくれます。

「チャイルドライン」
18歳以下の子どもは、NPOによる子ども専用の窓口「チャイルドライン」が電話で対応してくれます。
(電話番号)0120-99-7777

「こどもぴあ」
精神疾患の親に育てられ、大人になった人たち向けの問い合わせ窓口です。
(問い合わせ先)「kodomoftf@gmail.com」
(ホームページ)「https://kodomoftf.amebaownd.com/」

今回の取材にあたり、小学生から成人した“子どもたち”まで多くの人に話を聞かせてもらいましたが皆さんが共通して言った言葉があります。

「早く大人になりたい」「早く大人になりたかった」大人に守られ健やかに楽しく過ごせるはずの子ども時代がない、なかったと彼・彼女たちは話していました。子どもたちの悩みや苦しみに大人がいち早く気づき、温かい目を向けることが求められていると感じます。

清 有美子
さいたま放送局記者
清 有美子
捧 詠一
あさイチ ディレクター
捧 詠一