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自分の名前が言えない

「自分の名前が言えない」
そんな悩みを抱える人たちがいます。話し始めるときにことばがつかえたり、同じ発音を繰り返したりして滑らかに話せない「きつ音」、100人に1人が症状を抱えていると言われています。コミュニケーションが難しく、いじめにあったりひきこもりになってしまう人も少なくありません。きつ音と向き合いながら、この夏、新たな一歩を踏み出した女子大学生を取材しました。
(映像取材部 大河原恵理子)

きつ音のある子どもたちのつどい

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ことし6月、埼玉県内できつ音の悩みを抱える子どもたちのつどいが開かれました。

およそ100人が集まり、音楽などを通じて交流を深めました。

このつどいの司会に初めて挑戦した女性がいます。

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都内の大学生、和智南生さんです。

中学生のころからこのつどいに参加していますが、ことしの春からは運営スタッフとなり、司会をすることになったのです。

「…わち…みなみです」

和智さんには、最初のことばがスムーズに出ない「難発」というきつ音の症状があり、緊張すると自分の名前さえうまく話せません。

このときも、自己紹介に6分ほどかかってしまい、手元に用意したメモを見るのが精いっぱいでした。

ちゃんとしゃべれよ!悩んだ小学校時代

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3歳のころにきつ音の症状が出始めた和智さん。

見せてくれた小学2年生のころの日記に、胸が痛みました。

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「わたしはかんげいのもよおしで、こえがでなくてかなしくなった。こころの中でだいじょうぶといいました」

音読が苦手で、題名すら読めない日もあった和智さん。友達にからかわれたり、笑われたりもしました。

「『なんでそんなしゃべり方なの?』『ちゃんとしゃべれよ』と言われました。せめて自分の名前くらいはすらすら話したい、きつ音を治したいと思っていました」(和智南生さん)

母親の思い

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悩む娘の様子を母親の恵生さんは辛抱強く見守ってきました。

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母親 恵生さん

「『娘がきつ音になったのは自分のせいなのかな?』と自分を責めた時期もありました。でも本人が学校でいろいろときつ音について言われるので、気にしないように、うまくつきあっていけるように、どうしたらいいかって考えていました。小学校のころは完璧に手助けしていたけど、親が横から口出ししていると、将来、本人が困ることになるので、中学生になってからは我慢して見守るようになりました」

娘には自信を持って生きてほしいと願っています。

志乃ちゃんから勇気を

今回、最も苦手とする人前で、「司会」にも挑戦した和智さん。

きっかけはある映画に関わったことでした。

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映画「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」

きつ音で悩み、自己紹介さえうまくできない主人公の高校生、大島志乃。友人との交流を通して成長する物語で、漫画家の押見修造さんの実体験をもとにした作品です。

この夏に公開され、SNSなどで大きな反響を呼んでいます。

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和智さんは、監督から、きつ音のある主人公・志乃の役作りの協力を依頼されました。

撮影が始まる前、志乃役の女優・南沙良さんと会い、きつ音についての悩みなどを伝えました。

公開初日の7月中旬、和智さんは都内の映画館で、舞台あいさつのために訪れていた南さんと久しぶりに再会しました。

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南さん「映画いかがでしたか?」
和智さん「自己紹介がうまくできないところとか、すべてのシーンで自分と一緒だなあと思ってみていました」
南さん「私はこの作品に出会うまで、そもそもきつ音というものを知らなくて、和智さんはじめいろいろな方のお話をきいて、きつ音について理解するところから始めました。すごく出そうだけど出ないというもどかしさ・痛さ・つらさを和智さんがお話してくれたので、そういう気持ちをこめて志乃という役を作っていきました」

当初、和智さんは「きつ音について社会の理解が進めば」と思い、映画作りに協力しましたが、逆に、映画から大きな勇気をもらったといいます。

きつ音と向き合う主人公に自分を重ね、なんでも前向きに挑戦する気持ちが芽生えたのです。

「志乃ちゃんの姿をみて、私もきつ音があってもやりたいこととか思ったことは全部やり通したいなと思いました」

くやしい!

初めて挑戦した司会。失敗しても最後までがんばろうと決めていました。

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「10分間の…休憩をします」会の進行中、和智さんが休憩時間の案内をしましたが、ことばがスムーズに出てこないため、みんなにうまく伝わりません。

見かねたほかのスタッフが「休憩です!」と声をかけました。

ほっとした反面、自分の思うようにいかない悔しさも残りました。

悩んでる子どもたちに伝えたい

このあと、きつ音がある子どもたちが悩みを打ち明けました。

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「決まった人たちが『なんでそんなしゃべり方なの』ってずっと言ってくる」
「いつも笑わない人たちが発表のときに急に笑い出した」

それを聞いた和智さんは、中学入学直後のクラスでの自己紹介の経験を話しました。

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名前もうまく言えず男子の笑い声が混じる中、泣きながら自己紹介を続け、最後にきつ音の症状があることをはっきりと伝えたのです。

その後のクラスメートの反応を和智さんはこう振り返りました。

「『わかんなかったから笑っちゃってごめんね』って言ってくれたことがあったので、自分で伝えることでわかってくれるのかな」

子どもたちも和智さんの話をじっと静かに聞いていました。

自分のペースで一歩一歩

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この日、最後まで司会をやり遂げた和智さん。あいさつに思いをこめました。

「緊張や不安で、最初の自己紹介でも前を向いて話せなかったんですけど、今、前を向いて話せているので、自分のペースで一歩一歩進んでいきたいなと思いました」

堂々としたその様子に、参加者たちは大きな拍手を送っていました。

和智さんの表情も達成感に満ちあふれていました。

取材を終えて

私が初めて会った5月下旬、和智さんはとても緊張していました。

質問しても答えが出てくるまでに時間がかかるので、「和智さんは話すことが苦手だから、あまり話しかけないほうがいいかな」と思いこみ、できるだけ母親の恵生さんと話すようにしていました。

ところが、和智さんは突然涙を流しこう切り出しました。

「私はきつ音があってよかったと思っています。きつ音がなかったら、つどいに参加することもなく、自分と同じように悩む仲間たちに出会えなかったからです」

このことばを伝えたかったのに、うまくタイミングがとれず、悔しくて涙を流したのです。

和智さんの気持ちをくみとってあげられなかったことを申し訳なく思うとともに、優しい感情にあふれる芯の強い女性だなと思いました。

私の息子もきつ音があります。

親である私もそうでしたが、本人はなおさら、それを受け入れることは簡単ではないと思います。将来、壁にぶつかることもあるでしょう。

しかし、和智さん親子の姿をみて、本人が踏み出そうとする一歩を辛抱強く待つこと、それが大きな成長につながるのだと強く感じるようになりました。

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和智さんは今、医療系の学部に通い、きつ音で悩む多くの人たちの力になりたいと「言語聴覚士」を目指しています。

これからもその挑戦を応援し続けたいと思います。

大河原 恵理子
映像取材部
大河原 恵理子