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実は…国籍ないんです

タイ北部の洞窟から救出された地元サッカーチームの少年たちとコーチ。実はこのうち3人の少年は国籍がなく、コーチもタイの国籍を持っていませんでした。FIFA=国際サッカー連盟やヨーロッパのビッグクラブは少年たちにサッカーの試合を観戦させてあげようと招待状を送っていますが、国籍がなければ少年たちがタイ国外に出ることはできません。タイには50万人近くの国籍のない人たちが暮らしています。少年たちの一部もそうした人たちに含まれていたことがわかると、これをきっかけにタイ国内では無国籍の問題に対する社会的な関心が高まっています。
(国際部記者 曽我太一)

英語を話す少年

タイ北部チェンライ県の国立公園にある洞窟で、地元サッカーチームの少年12人とコーチの合わせて13人が大雨で流れ込んだ大量の水に阻まれて出られなくなったのは6月23日。イギリスから駆けつけた洞窟専門のダイバーが少年たちを見つけたのはそれから10日目のことでした。

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ダイバーが英語で「何人いるか?」と尋ねると、少年の1人がしっかりとした英語で「Thirteen」と答え、13人全員が無事だとわかりました。

この少年はさらに「おなかがすいている」と訴えたり、「きょうで何日目か?」と尋ねたりして、ほかの少年たちとダイバーとの間の通訳の役割を果たしました。

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アドゥンさん

少年の名はアドゥン・サムオンさん。タイ語と英語のほかに、中国語、ミャンマー語と、なんと4つの言葉を話すことができます。

同じ学校に通う友人は「アドゥンはふだんはあまりおしゃべりではないけど、外国語の授業でわからない友達がいると手助けしてくれるんです」と話していました。

学校の教師も、アドゥンさんの評定平均は最大で4のところ3.9を超えているとして「非常に優秀な生徒で、成績優秀者に送られる奨学金ももらっている」と説明してくれました。

アドゥンさんが多くの言葉を話すことができるのは、勉強熱心であることに加えて出自や生い立ちにも関係があることがわかりました。

アドゥンさんはタイとミャンマーの国境地帯に住む少数民族の出身です。貧しい家庭に生まれ、キリスト教の団体の支援によってタイで学校に通う機会を得ています。日常的に複数の言語に触れ、あるいは使う必要に迫られて言葉を覚えていったとみられます。

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タイ チェンライ県メーサーイ

そして、アドゥンさんは国籍を持っていませんでした。少年たちが住むチェンライ県のメーサーイはミャンマーと国境を接し、多くの民族が住んでいます。アドゥンさんの両親を含めて少数民族は国籍を持たない人が多く、その子どもも国籍を得ることは難しいということです。

洞窟から救出された13人のうち、アドゥンさんのほかにも2人の少年が少数民族の出身で国籍を持たず、さらにコーチのエーカポン・チャンタウォンさんも、少なくともタイの国籍は持っていなかったことがわかりました。

試合を見ることはできない?

13人を救出する活動は世界中で大きく報じられたことから、FIFA=国際サッカー連盟やヨーロッパのビッグクラブが少年たちの憧れの一流選手の試合を観戦させてあげようと招待状を送っています。

しかし国籍がないとパスポートを作ることは難しく、国外へは出られません。せっかく招待状が届いたのに、試合を見に行くことができないのです。

国籍のない少年たちには、ほかにもさまざまな活動の制限があります。原則として、暮らしている地域から遠くへ離れることが認められていません。このためサッカーチームの試合でほかの県に遠征に出ることができません。

また、仕事に就くことも制限されています。少年たちの中には将来プロになることが期待されている選手もいますが、無国籍のままではプロの選手にはなれません。

先ほど紹介した語学堪能なアドゥンさんは医者になりたいという夢を持っているということですが、どんなに優秀でもこの夢をかなえることはできないのです。

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エーカポンさん

コーチのエーカポンさんも、いろいろな制約の中で生活していることがわかりました。定職に就くことができないので、寺に住み込みをして掃除などの奉仕活動を行い、サッカーコーチはボランティアでやっています。

サッカーチームのマネージャーによりますと、エーカポンさんはタイのサッカー連盟が発行する正式なライセンスを持っていますが、どんなによいコーチでもプロのコーチにはなれないということです。

高まる関心

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タイでは、国境地帯を中心に50万人近くの無国籍の人たちが暮らしています。いわゆる不法滞在とは異なり、タイに住むことは認められていますが、移動や就職などの制限を受けています。

サッカーチームの少年たちの一部やコーチも、そうした人たちに含まれていたことがわかると、これをきっかけにタイ国内では無国籍の問題に対する社会的な関心が高まっています。

現地のメディアは連日、無国籍の問題を報じていました。私がアドゥンさんが通っている教会を訪れたときにも、テレビ局の記者が取材に来ていました。

話を聞いたところ「何かが起きなければ、この問題には誰も目を向けない。いまは多くの人たちがこの問題に関心を持っている。無国籍の少年たちに同情し『彼らに国籍を与えるべきじゃないか』と考える人が多くなっている」と話していました。

こうした世論の後押しもあって、地元政府は必要な調査を進め、今月8日になって4人に国籍が付与されたことを発表しました。今後、4人の未来が明るく切り開かれていくことを期待したいと思います。

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国籍申請の相談に訪れた人たち

また、連日の報道に触発されて、より多くの無国籍の人たちの問題解決を目指そうという機運が高まっています。役所には、国籍を取ろうと相談に来る人たちの姿や、そうした人たちを支援しようと書類の準備などを手伝うボランティアの姿がありました。

無国籍の人たちを支援している団体は山間部にある少数民族の村を訪れ、実態調査を行っていました。

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支援団体の代表 ウィーラ・ヨーラムさん

団体の代表のウィーラ・ヨーラムさんは、少年たちの問題が解決するだけでなく、50万人全員に国籍が与えられなければならないとし、「無国籍の人たちは社会のなかでいわば『見えない存在』『いない存在』なんです。まずは彼らを国民として登録し、社会のなかの1人の存在として認めなければならない」と話していました。

13人が洞窟で遭難した際には、タイ国内の各地で人々が無事を祈り、現場には多くのボランティアが駆けつけて国民が一体となって救出活動を支えました。その後は、無国籍の問題の解決に向けて、タイの人たちが出身地や民族の違いを乗り越えて一体となる、そんな動きが芽生え始めているように感じます。

国際的にも課題

タイのように、国籍を持たない人が大勢暮らしている国はほかにもたくさんあります。

UNHCR=国連難民高等弁務官事務所によりますと、ミャンマーではロヒンギャの人たち80万人以上、アフリカのコートジボワールでは70万人、旧ソビエト連邦を構成していた国々ではいまも60万人を超える人たちが無国籍です。

日本にも600人余りの国籍を持たない人がいて、全世界で合わせると1000万人に上るということです。

UNHCRは「無国籍問題は重大な人権侵害だ。解決方法があるにもかかわらず、その苦痛を負わせるのは極めて非倫理的だ」と解決の必要性を訴えています。

2024年までに無国籍の人たちをなくすという目標を掲げ、各国政府に対し、出生時に国籍を取得できるようにしたり、差別で国籍を失うケースをなくしたりするよう働きかけを強めています。

曽我 太一
国際部記者
曽我 太一