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奇跡ではなかった!? 13人の救出

タイ北部の洞窟から出られなくなっていた地元サッカーチームの少年12人とコーチの合わせて13人は、今月10日までに全員が無事救出されました。

世界中のメディアは、この救出作戦の成功を「奇跡の救出劇」として大きく報じました。

しかし、一連の救出活動を追い続けた現場取材から見えてきたのは、“不可能”を“可能”に変えた、人々の知恵と努力でした。(アジア総局記者 小阪田和也)

劣勢だった「水との闘い」

止まるポンプ

少年たち13人の救出は、まさに水との闘いでした。

現地は雨季の真っただ中。洞窟内はところどころが水没し、水の濁りはひどく、流れも急でした。序盤の闘いは全くの劣勢。行方不明となった13人を捜すことさえままなりませんでした。

捜索が始まって5日目に現地入りした私が目にしたのは、動いているかどうかさえ分からない頼りない排水ポンプの姿。

誰もが事態の深刻さをすぐに理解できる状態でした。

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翌日には、そのポンプも止まってしまいました。電気系統のトラブルでした。水位はさらに上がり、洞窟の外にまで水があふれる事態に。

私たち報道関係者は洞窟から離れるよう命じられ、軍の関係者ですら洞窟の外へ退去せざるを得なくなりました。

「水との闘い」どころか、闘うことすらできない状況に陥ってしまったのです。

「望みはかなり薄い」

「それでも海軍のダイバーがなんとかしてくれるだろう」

現地では、そんな期待が残っていました。

しかし、そうした見方は甘かったということが後でわかりました。救出活動が完了したあとに、NHKの単独インタビューに応じた海軍特殊部隊の司令官は、当時は全く先が見えていなかったと率直に語りました。

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「経験も、装備も十分でなかった」

ふだん活動している海と洞窟とでは、何もかも違っていたというのです。暗く、複雑な地形の洞窟を前に手が出ない状態。水位が下がることを期待していましたが、ポンプも止まりました。

司令官は「表向きには、あきらめないと言っていたが、望みはかなり薄いと感じていた」と振り返っていました。

局面を変えたイギリス人と日本人

きっかけは地元探検家の手紙

「タイ海軍のダイバーでも洞窟での捜索は畑違いだ、困っているだろう」

そのことに気づき、早々と手を打った人がいました。
タイ北部チェンライ県に拠点を置く、イギリス人探検家ヴァノン・アンソワーズさんです。

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洞窟専門のダイバーを送る必要性を感じたアンソワーズさんは、イギリス人のダイバー3人の名前を具体的に挙げたうえで「時間は残り少ない!彼らは世界でベストな洞窟ダイバー。連絡を!」とタイ政府に手紙を送ったのです。

すぐに、バンコクにあるイギリス大使館を通じて、ダイバーたちに支援要請が届きました。

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そして、早速現地入りした3人。豊富な経験を活かし、一気に潜水。5キロ余り進み、助けを待っていた少年たちを発見したのです。

「水の入りを止めろ!」訴えた日本の専門家

少年たちが発見された後も、水との闘いは続きました。

ここで活躍したのが、日本の専門家でした。
タイの王立潅漑局に日本のJICAから出向していた降籏英樹さん。

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現地入りしたあと「排水も重要だが、水の入りを止めるべきだ」と主張。山を登って、洞窟に流れ込む沢を探すようアドバイスしたのです。

王立潅漑局は、そうした沢を2つ発見。土のうとパイプを運び込み、流れを変えることに成功しました。その後、洞窟内の水位は徐々に下がっていきました。
入り口から奥へ1.5キロの地点の水位は、高すぎて測ることすらできないという状況から、救出が開始された7月8日には30センチ以下にまで下がっていました。
日本の専門家が、水との闘いの形勢を一気に逆転させたのです。

雨季にもかかわらず、救出開始まで1週間余りにわたって雨の少ない状態が続いたという幸運にも恵まれました。

洞窟で耐えた13人

「生き残れる」と知っていた少年

少年たちとコーチ、救出された側の努力も救出作戦が成功した大きな要因でした。

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2週間以上も暗い洞窟の中で過ごした13人。
心配されたのが、体力の面もさることながら、いかに心の平静を保ちパニックを押さえるかという、精神の面でした。
たとえ、体力が残っていたとしても生存が危うくなるからです。

少年たちの中で最年長である16歳のポーンチャイ君。

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ポーンチャイ君は、近くにある別の洞窟で遭難した外国人が、1か月以上生き延びたという事例を知っていました。
母親は、1か月ほど前にポーンチャイ君とその話をしたとNHKの取材に答えてくれました。

ポーンチャイ君は、この知識をみんなと共有し、希望を与えたのかもしれません。

コーチは「元僧侶」

さらに大きな役割を果たしたのが、25歳のコーチ、エーカポンさんです。

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10年ちかく仏門に入った経験があります。祖母の看病のため仏門を離れ、その後、サッカーチームのコーチになりました。

洞窟の奥で13人から話を聞き取った海軍によりますと、エーカポンさんは、少年たちが体力を消耗しないよう、むだに動かないようにとか、洞窟の上からしたたり落ちるきれいな水だけを飲むようになどと指示していたということです。

さらに、僧侶時代の経験を活かし、少年たちにめい想させていたというのです。

行方不明になってから10日目に発見された13人。生存は「奇跡」ではなく、適切な行動をとったうえで、勝ち取ったものだったのです。

いざ実行へ

「ウォーターマンになれ!」

13人をどのように無事、洞窟の外へ助け出すのか。

少年たちを発見したあとは、救出活動に向けた準備が急がれました。

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洞窟の奥1.5キロの地点に活動の拠点を置き、少年たちが待機する場所から洞窟の出口まで、道しるべとなるガイドロープがひかれました。さらに、25メートルおきに空気ボンベが設置されました。準備を進めるのにも、空気ボンベが必要ですから、洞窟の外では毎日、空気を充填(じゅうてん)しては、また洞窟の中へと大量のボンベを運び込むダイバーの姿がみられました。

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タイ海軍特殊部隊の司令官は、ダイバーたちに「ウォーターマンになれ」と指示したというのです。ずっと水の中で生活できるよう変身しろという、ちょっとむちゃな指示のように聞こえますが、徹底してダイバーたちに洞窟の環境に慣れさせていったということです。

「横になって、息をするだけ」

実際の救出活動は、100%の結果だけが求められる厳しいものでした。全行程5キロのうち、およそ半分の行程で潜水して移動することが必要という状況のなか、ほとんどの行程でダイバーが少年を抱きかかえるようにして前へ進みました。

そして、ラスト1.5キロ。水位はひざ下にまで下がっていましたが、少年たちは担架に乗せられ、大勢の兵士がその担架を支え、狭くて複雑な地形の中を慎重に運び出していきました。

海軍特殊部隊の司令官は、この区間について「少年たちは横になって、息をするだけだった」と表現し、少年やコーチの負担をできるだけ最小限に抑える方法をとったことを明らかにしました。

勝ち取った成功

「奇跡の救出劇とは簡単に片付けられない」

現地で取材を続けてきて、そう強く感じています。

強じんな精神力を持つ海軍特殊部隊の司令官をしても「望みが薄い」と感じさせた過酷な状況。それでも、多くの人たちが諦めずに知恵と努力を重ね、“不可能”を“可能”にして13人全員の無事救出を達成したのです。

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街中に歓喜の輪が広がりました。

タイはいま、4年前のクーデター以降、軍主導の暫定政権が続き、ほとんどの政治活動が禁止されたままになっています。政治をめぐる国民の分断も根強く残っています。

ただ今回、タイの人々が一体となって13人の救出を願い、成功を成し遂げたことは、今後、タイが1つになって前を進んでいく姿を想像させてくれるものになりました。

小阪田 和也
アジア総局記者
小阪田 和也