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アメリカ 立ち上がった教師たち

アメリカの公立学校の教師は、アルバイトをするのが当たり前だと言います。ことし、ある現象がきっかけで、それが広く知られることになりました。全米6州で教師たちが、待遇の改善や教育予算の拡充を求めて大規模なストライキや抗議デモを起こしたのです。教師たちがいくつものアルバイトを掛け持ちして生計を立てている実態、公立学校の設備の貧弱さがいま、クローズアップされています。いったい、アメリカの公教育の現場はどうなっているのでしょうか?(アメリカ総局記者 佐藤文隆)

立ち上がった教師たち

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5月16日、アメリカ南部ノースカロライナ州の州議会へ続く道を、州の公立学校の教師の6分の1にあたる1万5000人が、教育予算の増額を求めてデモ行進しました。

道路は赤色のTシャツを着た教師で埋め尽くされ、沿道から取材した私は、その迫力に圧倒されました。

教師たちがまず訴えていたのは、学校設備の窮状でした。

さらに印象的だったのは、教師だけでなく、大勢の生徒やその親たちも、“子どもの教育を守れ”とデモに参加していたことです。

彼らの訴えは切実なものでした。

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「学校にはエアコンも暖房もなく、紙も用具もありません」「図書館には1500冊の本がありますが、ほとんどがガレージセールで集めたものです」

教師が教材や本を自力で集めなければならない現実が、いま、世界一の経済大国・アメリカで広がっているのです。

日本で言えば教職員組合に当たる州の教員協会は、このデモに合わせて、公立小学校の女性教師が副業で生計を支えている現実をユーチューブでアピールしました。

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アメリカ政府の統計によりますと、ノースカロライナ州の公立学校で働く教師の去年1年間の平均賃金は4万9970ドルで、全米50州中39位。

1位のニューヨーク州の8万1902ドルの6割程度に過ぎません。

教師が自腹を切らねばならない実態

デモの後、私はユーチューブで紹介された教師を訪ねました。

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チェルシー・アンダーソンさん(28)です。

教師である母親を身近に見ていて、自然に自分も教師を志したと言います。

州の西部、カナポリス市にあるフォレストパーク公立小学校で、夢だった教職に就き、美術を教えています。

しかし現実は違っていました。

生徒たちが授業で使う消耗品の画用紙や絵の具を自費で購入せざるを得ないのだと言います。

「この1年で、少なくとも400ドルを自己負担しました」

実はアメリカの公立学校の教師が教材を買うのに“自腹を切る”のは珍しくありません。

アメリカ教育省が5月に発表した調査によると、年間・平均479ドル、日本円で5万3千円を自己負担しています。

これは、教師になってまだ5年目のチェルシーさんにとっては、少なくない負担です。

チェルシーさんの月給は2600ドル、日本円でおよそ28万円。教師には無料だった医療保険料が去年から有料になり、移動に欠かせない自家用車のローンや大学時代の奨学金を返済すると、給料の半分が消えてしまうと言います。

さらに夏休みの3か月間は、給料が一切支払われません。

このためチェルシーさんは、アルバイトを掛け持ちしています。

平日は学校勤務の後に、大人向けの絵画教室で講師を務め、土日はスポーツ量販店で店員として1日8時間働いています。

1週間全く休みがない状態です。

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チェルシーさんは、「このままでは教職に就く人がいなくなるのではないか」と、率直に将来の不安を語っていました。

教育予算の削減が背景に

アメリカでは、どうしてこのような事態が起きているのでしょうか?背景には、2008年にアメリカで起こった金融危機=リーマンショックがあります。ほとんどの州が、税収の減少に直面した結果、教育予算をカットしました。

その後、景気が回復していく中でも、減税が優先されて、その財源を確保するためにさらに教育予算が減らされたのです。アメリカのシンクタンクによりますと、ノースカロライナ州の教育予算は、2008年から2015年までのあいだ、物価が上昇しているにもかかわらず、12.2%減りました。

チェルシーさんの学校を含む学区の広報担当、エレン・ボイドさんは、「子どもが学校で使う教科書は学校で貸し出されますが、新しいものを買う予算がなく、古い教科書を使い回さざるをえない」と嘆きます。

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ボイドさんが私に見せてくれた算数と社会の教科書は2005年に購入したもので、すでに角がすり切れて、ページがとれかかっていました。

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生徒の人数分の教科書を購入できず、コピーで間に合わせている学校もあると言うことです。

予算が減らされたため、この10年間で州は3000人の補助教師やカウンセラー、保健士を解雇せざるを得なかったそうです。

ボイドさんは、このままでは教育の質がどんどん下がってしまうと危機感をあらわにしていました。

「このままでは公教育が立ち行かなくなる」

ことし2月、全米で最初に立ち上がったのは、南部ウェストバージニア州の教師たちでした。公立学校の教師、およそ2万人が、州都チャールストンの州政府や議会を取り囲み、8日間にわたって授業をボイコット。実に28年ぶりのストライキに州政府や議会は驚がくし、翌3月、共和党の知事は、教師の給料を5%引き上げる条例案に署名し、事態の収拾をはかりました。

実力行使で一定の成果を勝ち取ったことがメディアで大きく伝えられ、教師のデモは、うねりとなって各地に波及し始めました。

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ウェストバージニアからコロラド、アリゾナ、オクラホマ、ケンタッキー、ノースカロライナへと拡大したのです。

これらの州はいずれも教師の賃金が低く、全米で49位、31位、44位、50位、29位、39位と下位に低迷しています。

苦肉の策“学校週4日制”

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このうち、南部オクラホマ州では、苦肉の策とも言える対応を取り始めています。

“学校週4日制”です。

減税を優先する共和党の強固な地盤で、さきのシンクタンクの統計では、州の教育予算は10年前と比べて1.5%減と抑えられてきました。

生徒数は増え続けているので、生徒1人当たりの予算で見れば、3割近く減っています。

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このためオクラホマ州では、州全体の2割近くの学区で、おととしから順次、公立学校の授業を週5日から4日に減らす措置をとっているのです。

州中部ブリッジクリーク地区のデビッド・モロー教育長は、「これによって、子どもの食事やスクールバスの経費の節約になる」と話します。

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週5日の時と賃金は同じ水準を維持するので、休みを増やすことを通じて、教師不足を解消したいという期待もあります。

では子どもへの影響はどうでしょうか?

学校では1日の授業時間を延ばすことで、1週間トータルの授業時間は維持し、休みになる金曜日には、両親が共働きなどで子どもの世話ができない家庭のために、民間業者が日中の時間帯、子どもを預かる制度も立ち上げました。

これには肯定的な評価もあります。

その一方で、別のチョクトーという地区の公立小学校の英語教師、アンバー・スプラドリンさんは「隣のテキサス州で教師になれば、給料は年間2万ドル高い。多くの学生はオクラホマ州の大学に来て教師の資格を取り、教師になったら州外へと出て行くのです」と述べて、給与の引き上げは欠かせないと主張します。

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また、この小学校に2人の娘が通う母親のリンジー・ジャッドさんは「週4日制になれば、子どもが本来受けるべき教育が受けられなくなると心配しています」と話していました。

トランプ政権も教育予算カット

トランプ政権の教育政策は、こうした事態をさらに深刻にしています。

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2018会計年度(2017年10月から2018年9月まで)の連邦予算に占める教育予算の額を前年と比べて10%以上削減したのです。

この中には、州への補助金も含まれています。

税収が少ない州には打撃です。

さらにトランプ政権は、私立学校の学費を公的資金で補助するバウチャー制度や、公的資金を投入して特色ある教育を目指すチャータースクールを普及させていく方針です。

これには、学校の選択肢が増えると歓迎する声がある一方で、全米の8割の子どもが通う公立学校に本来振り向けるべき予算がさらに減ることになるという反発もあります。

中間選挙の争点になるか

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今回、教師たちはみずからの運動を「Red For Edu」(教育に投資を)と呼んでいます。

二大政党制のアメリカで赤色は、共和党のシンボルカラーです。コロラド州を除き、デモはいずれも、“レッド・ステート(赤い州)”と呼ばれる、共和党支持者が多く、共和党が議会の過半数を握っている州で起きました。

共和党は伝統的に“小さな政府”を志向し、政府の干渉を嫌い、減税を重視してきました。その影で教育費が削られてきた経緯があります。

一連のデモやストライキの現場では、民主党の支部がビラやステッカーを配り、「教育予算の充実に反対の議員を落選させ、推進派に投票しよう」と呼びかけていました。アメリカでは夏休みに入り、教師の動きはいったん収束しました。

しかし、州政府や議会による公教育の充実が実現しなければ、9月の新学期以降に再びデモが再燃する可能性があります。

6月に首都ワシントンで講演した、長年選挙分析に携わるジョン・ソグビー氏は、ことし11月に行われる議会の中間選挙では、医療制度改革、移民問題、銃規制とならんで、教育問題が焦点の1つになるという見通しを示しました。

ソグビー氏は、選挙への影響は現状では一部の州に限られるだろうとしたうえで、教師は一般に“1人で16票を集める”とも言われるほど、強力な集票力を持つので過小評価すべきでないと強調していました。

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デモで取材した教師たちからは、公教育の充実こそ喫緊の課題だという強い焦燥感と、州政府への根強い不信感がうかがえました。

アメリカの公教育がどこに向かうのか、トランプ政権下のアメリカの揺れる教育現場を今後も定点観測していきます。

佐藤 文隆
アメリカ総局記者
佐藤 文隆