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スー・チー氏は変わってしまったのか

ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問。民主化運動のリーダーで、おととし3月からは、事実上のトップとして政権を率いてきました。少数派のイスラム教徒、ロヒンギャの人たち、推計70万人が隣国への避難を余儀なくされている問題をめぐり、国際社会から厳しい批判を受けています。「スー・チー氏は変わってしまった」という声もあがる中、5年ぶりとなるNHKの単独インタビューに応じました。見えてきたのは、苦悩するリーダーの姿でした。(アジア総局記者 杉本織江)

スー・チー氏との出会い

インタビューは6月7日、首都ネピドーにあるミャンマー外務省で実現しました。

72歳のスー・チー氏。少数民族の刺しゅうをほどこした鮮やかなエメラルドブルー色の民族衣装を身にまとい、姿を見せました。

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長年にわたってミャンマーの民主化を率いたカリスマのオーラは、今も健在です。NHKのカメラマンに「あなたとは前にも会ったことがあるわね」と笑顔で話しかける優しさもありました。

国を揺るがす問題に…

まず聞いたのが、この1年近く、スー・チー氏を悩ませているロヒンギャの人たちをめぐる問題です。

去年8月、西部ラカイン州で治安部隊とロヒンギャの武装勢力の戦闘が起き、国連の推計で70万人が隣国バングラデシュに避難しています。

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軍の指揮下にある治安部隊がロヒンギャの住民を虐殺・暴行した疑いもある中、ミャンマーとバングラデシュは、去年11月、避難した人たちの帰還に向け、早期に手続きを始めることで合意しました。
しかし、帰還は今も始まっていません。


「ロヒンギャの避難民は、ミャンマーに戻ればまた暴力を受けるかもしれないと恐れ、自発的な帰還が進まない原因になっています。ミャンマーは今後、どうやってロヒンギャの人たちや国際社会の信頼を回復していくのですか?」


「信頼構築はミャンマーだけの仕事ではありません。バングラデシュ側にもやるべきことがあります。例えば、バングラデシュでは、帰還を希望する人が記入する書類が、きちんと配られていないと聞きます。これでは手続きを始められません。
ミャンマーは果たすべき責任はすべて果たしてきました」

スー・チー氏は、帰還が進まないのはバングラデシュ側の対応に問題があるからだと主張。治安部隊による迫害の疑惑については説明を避けました。

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自己弁護のような、かたくなな発言に終始するスーチー氏でしたが、食い下がると、厳しい現実が見えてきました。

「ミャンマー国民も理解していない」

「これは数世紀前から続く問題で、数か月で解決することはできません。ミャンマー国内でさえ、歴史的な背景をすべて理解している人はほとんどいません。最も重要なのはなぜ対応することが必要なのか、ミャンマーの国民が理解することです。
問題のさまざまな側面を考慮せずに先を急ぐのは危険です」

仏教徒が大多数のミャンマー国民の間には、イスラム教徒のロヒンギャの人たちに対する根強い差別意識があります。「イスラム教徒に国を乗っ取られる」と根拠のない恐怖心を抱いている人もいます。

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ロヒンギャの人たちの救済を一足飛びに進めると、国民が反発し、ようやく民主主義が根づき始めた国全体の安定が揺らぐかもしれない。
スー・チー氏は、国際社会からロヒンギャの人たちの人権状況の改善を求められても、まずは時間をかけて国民の理解を得ないと、国内が分裂する危機もあるという苦しい胸のうちを明かしました。

「軍をコントロールできない」

「軍の影響力がミャンマーの課題を複雑にしています。今のミャンマーは完全に民主的であるとは言えません。憲法が真に民主的ではないからです。
憲法では、選挙で選ばれた政府が、軍事作戦を指揮することができないと規定されています。真に民主的な国家のように、政府がすべてをコントロールすることはできないのです」

印象的だったのが、軍との関係について語った言葉です。ここにも、スー・チー氏の苦悩が感じられました。

今の政権は、民主化勢力が率いていますが、かつて50年以上にわたって国を主導していた軍は、今なお、強い影響力があります。

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非常にデリケートな問題であり、これまでスー・チー氏が軍との関係について明言するのを聞いたことはありませんでした。

ミャンマーの現在の憲法では、議員のうち、選挙で選ばれるのは全体の4分の3。残りの4分の1は軍に割り当てられています。国防や国境警備、警察も、スー・チー氏が率いる政権ではなく、軍の指揮下にあります。この憲法の改正はスー・チー氏の最大の課題となっていますが、政権発足から2年余りたっても、その課題を解消する道筋すらみえていません。

日本への期待

「ラカイン州の支援と問題解決に向けて、日本は前向きに、現実的な支援をしてきてくれました。大変感謝しています。この先も長く、理解ある友人でいてくれることを期待しています」

ミャンマー政府や軍と強いコネクションがある日本。ロヒンギャの問題について、欧米諸国のように声高に批判するのではなく、ミャンマー側の事情を考慮したうえで支援するという対応をとってきました。
隣国バングラデシュに避難した人たちのための財政的な支援のほか、国連との協力を助言するなどの働きかけも行っています。それだけに、日本に対する期待の高さを改めて感じました。

ことし1月には、外国の閣僚として初めて、河野外務大臣がラカイン州を視察。

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先月は、スー・チー氏自身から「現地を見て、解決に向けた助言をしてほしい」という要望を受けた丸山市郎ミャンマー大使が現地を訪れて、ロヒンギャや仏教徒の住民から直接、話を聞きました。丸山大使は、ミャンマーとの関係について、こう話します。

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「日本が問題の解決に向けて協力するために、まずはわれわれの話を聞いてもらえる関係を作っておくことが重要だと思います。ロヒンギャ問題でスー・チー氏をより困った立場に追い込むのではなく、政権が成功するよう、いかに協力できるのかを考えていくべきです」

日本に求められているのは、ロヒンギャの問題で孤立するミャンマーと国際社会とをつなぐ橋渡しとしての役割なのかもしれません。

理想のミャンマーとは

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「すべてのコミュニティーが平和に共存し、信頼し、慕いあう」

スー・チー氏が、みずから思い描く理想のミャンマーについて語った言葉です。インタビューで、国民感情や軍の影響力に配慮しながら、問題に対処することの難しさをにじませたスー・チー氏。

とはいえ、治安部隊による迫害行為の訴えがあとを絶たず、70万人が過酷な避難生活を続ける現実を忘れるわけにはいきません。国際社会に背を向けるようなスー・チー氏の言動が、事態を行き詰まらせてきたことも事実です。

スー・チー氏には、国のリーダーとしての力を生かして、描いてきた理想を現実のものとしてもらいたい。そう願いながら、これからのミャンマーを注視したいと思います。

杉本 織江
アジア総局記者
杉本 織江