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父から受け継いだ“笑顔のジャズ”

日本のジャズ発祥の地とも呼ばれるほど、ジャズが街にあふれる神戸。その神戸ジャズの発展に人生を捧げたピアニスト、小曽根実さんがことし2月に亡くなりました。その死をしのんで、先月末に追悼のコンサートが開催されました。父に代わって演奏したのは、その息子たちでした。ジャズに人生を捧げた父の思いを、子どもたちがどう受け継いだのか取材しました。
(神戸放送局カメラマン 宮田峻伍)

日本ジャズ界の″父″の人生

小曽根実さんは1934年4月20日、神戸市に生まれました。小曽根さんとジャズの初めての出会いは戦後間もない頃。神戸にやってきた進駐米軍がキャンプ地で頻繁にパーティーを開いていました。

その会場で流れていたのがジャズでした。当時のジャズは鑑賞よりも、踊るための音楽だったそうです。そのため小曽根さんの奏でるジャズは、踊り出したくなるようなキャッチーなフレーズのメロディーが多いのです。

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独学でピアノの腕を磨き、レパートリーは6000曲を超えたそうです。万人に受け入れられやすい曲調だったため、テレビ番組のテーマ曲から小学校の校歌の作曲まで、神戸では小曽根さんの作った曲が街中から聞こえていました。

身近に小曽根さんの曲を感じるられることが、ジャズ界の“父“といわれる理由の1つでした。

父から受け継いだもの

そんな日本のジャズ界を代表する父の元に生まれたのが、長男の真さん(57)でした。

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父の弾くジャズを子守歌のように聞いて育った真さん。家でも楽しそうにピアノを弾く父の姿を間近で見るうち、4、5歳の頃には鍵盤に向かうようになったといいます。

その後、アメリカ・ボストンにあるジャズの名門バークリー音大を首席で卒業。アメリカの音楽レーベルと日本人初の専属契約を結んだほか、ことしは紫綬褒章を授与されるなど、世界的なジャズピアニストとして活躍しています。

一方、次男の啓さん(54)は高校からサックスを始め、兄同様バークリー音大でジャズを学びました。今はプロのサックス奏者として神戸を拠点に活動を続けています。

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こうして小曽根さん一家は、生粋のジャズ一家として知られるようになりました。阪神・淡路大震災の数年後からは、年に1度、家族勢ぞろいでコンサートを開くことが恒例になっていました。

辛いときこそ明るいジャズで笑顔になってもらいたいという思いは、今も変わっていません。

ことしも変わらず恒例のコンサートを開こうとしたやさき、突然の父の訃報でした。残された息子2人はコンサートをいつもどおり開催すること決意します。いつもと違うのは、父・実さん作曲のジャズを、たくさん演奏することでした。

子が探す 父の音

コンサートで披露する11曲のうち、7曲が父、実さんの曲です。本番5時間前のリハーサルのとき、真さんは思い入れのある「夜は君のもの」というバラードに一工夫することにしました。

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この曲は、若かりし頃の実さんが真さん達のお母さんへの愛を表現した曲です。

真さんは、父・実さんの愛用していたオルガンを使い、父になりきって演奏することにしました。その音をあらかじめ録音し、本番のステージで会場に流そうと考えたのです。
オルガンの音色に合わせて、演奏することで父・実さんとの“セッション”を実現しようとしたのです。

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ところがいざ演奏しようとした時、父親がどんな音色で弾いていたか思い出すのに苦労しました。真さんは、よく周りから言われていた言葉を思い出していました。

「マー坊(真さん)はうまいねんけど、ミー坊(実さん)の音楽は優しいなあ」

真さんは、いつも通りひとつひとつの音をしっかりと弾いていました。しかし、父の音色は、ソフトタッチで優しい音色でした。聴いている人を楽しませたいという、実さんのまっすぐな気持ちが、音に表れているように感じたといいます。

真さんは、父が弾いていた「ハモンドオルガン」の音色を微妙に変え、いつもよりソフトな音がでるように調整しました。
そして、真さんはいつも以上に優しいタッチで、父の曲を弾き録音したのです。

父の音を引き継ぐ

コンサートの幕が上がりました。
ステージの上には、実さんの遺影が飾られています。

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画像提供:神戸新聞社

2曲目が、「夜は君のもの」です。

父愛用のオルガンだけにスポットライトが当たります。響いてきたのは、事前に真さんが父になりきって演奏したオルガンの音。

真さんはその音色についていくように、そばでピアノを弾きました。途中、何度も遺影を見上げ、目元は涙ぐんでいるようにも見えました。

真さんはその時の演奏について、「僕を使って親父が弾いていたんやないかなって感じでした。父親の音楽を弾いた時に、ああ、ここに親父がおるわって感じるんですよ」と話していました。

そして弟の啓さん。曲がいちばん盛り上がる場面では、父と兄の音に寄り添うように、サックスを奏でました。

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「親父とは音楽のことでたくさんけんかをしたけれど、いまなら心からその良さを感じることが出来る」

父親顔負けの優しい音色で、啓さんは今回はじめてこの曲を演奏しました。この瞬間に初めて、「夜は君のもの」で親子3人のセッションが実現しました。

追悼のコンサート。後半は明るい曲調になっていきます。わかりやすいメロディーで、踊り出したくなるような実さんの曲です。
体を動かしたり、手拍子をする観客もでてきました。
「人を笑顔にするジャズ」を目指していた実さんの思いが、会場にあふれているようだったと話す観客もいました。

父が残した″笑顔のジャズ″を後世に

小曽根実さんが残した曲の数々を披露した息子たち。改めて父親の曲が自分の原点にあると感じたようです。“笑顔のジャズ”は、人を笑顔にするだけではなく、前を向く力を与えてくれるのかもしれません。
神戸ジャズの父、小曽根実。これからはその息子たちが偉大な父が目指したように楽しく優しい音楽で人々の心をひきつけていきます。

宮田 峻伍
神戸放送局カメラマン
宮田 峻伍