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このままでいいの?“出せない”天気予報

日本周辺だけが網掛けになっている地図。そして「NO FORECAST(予報なし)」の文字。実はこれ、日本の研究機関が発表している雨の予測です。何か機密が隠されているのか?それともハッカーによるものか?取材を進めると、気象の予報技術が急速に進む一方で、昔からの規制が残っているため、その成果が一般に共有されにくいという皮肉な現実が見えてきました。(社会部記者・災害担当 島川英介)

ここまで来た!雨予測最前線

さきほどの画面は、理化学研究所計算科学研究センターの研究グループが運営する「理研天気予報研究」のホームページです。

現在、「世界の降水予報」と「関西の降水予報」の2つが一般に公開されています。

このうち「世界の降水予報」は、複数の人工衛星のデータから、世界全体で降っている雨の強さを確認。そのデータをもとに12時間先までの世界の雨雲の動きを予測します。

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一方、「関西の降水予報」は、予測が困難で、突如激しく降り始める局地的な豪雨に対応しようというシステムです。10分先までの雨の強さと雨雲の動きを30秒ごとに予測するもので、その範囲はわずか250メートル四方という細かさです。

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この予報に使っている気象レーダーと、計算に使うコンピューターの性能には、気象庁が使っているものと違いがあるのです。

まずはレーダー。気象庁が使っている従来型のレーダーは、さまざまな角度に電波を出しながら回転して観測するため、観測が終了するまでに5分から10分程度かかります。これでは、わずかな時間に急成長する積乱雲の実態を完全にとらえることはできません。

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一方、理化学研究所が使っているのは、最新型の「フェーズドアレイレーダー」。地上から上空まで電波を同時に出しながら回転するため、観測はわずか30秒で終わります。これなら、積乱雲が成長する様子を素早くとらえることができます。

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フェーズドアレイレーダー

ただ、それだけデータの量が膨大になるので、通常のコンピューターでは処理できません。そこで登場するのが、スーパーコンピューター「京」。大容量で計算できるため、膨大なビッグデータによる高精度な天気予報を可能にしたのです。現状は10分先までですが、来年は30分先まで予報できるよう、研究を進めています。

法律の壁が…

ただ、取材を進めると、この計算結果を公開する上で、乗り越えなければならない壁があることがわかりました。昭和27年に制定された「気象業務法」の規定です。

この法律では、『気象庁以外の者が気象、地象、津波、高潮、波浪又は洪水の予報の業務を行おうとする場合は、気象庁長官の許可を受けなければならない』(17条1項)と定められています。

このため理化学研究所は「気象予報業務許可」を取得しました。しかし、これでもまだ、予報を自由に公開することはできません。法律の施行規則では、予報を出す時間の長さにあわせて、原則、「2人以上の気象予報士を配置しなければならない」としています。このため理化学研究所は、ホームページで予報を公開する時間帯を、気象予報士の資格を持つ4人の研究員のうち、2人以上が研究所内に常駐できる時間帯の午前10時から午後5時までとし、日中でも2人そろわない場合は「非表示」とすることにしました。

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さらに、「予報士によるデータのチェック」が求められているため、気象予報士の資格を持つ研究員が予報結果を目で確認してから、予報を公開しています。このため予報を表示するまでに、どうしても10数秒程度、遅れてしまうのです。

なお、確認作業は、出張先や自宅ではダメ。研究所内でなければ認められません。「フェーズドアレイレーダー」が雨雲の動きをとらえ、「京」が最新の予報結果を次々に弾き出しているのにもかかわらず…。

もっと自由にできないのか

この現状をどうとらえているのか、チームリーダーの三好建正さんに話を聞きました。三好さんは気象庁に勤務した経験があります。「やむをえない」と思っているのではないか、と思いながら質問したところ、思いがけない答えが返ってきました。

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三好建正さん

三好さんは「あくまで個人の考えです」と断ったうえで、「このような規制は日本特有で、先端研究においても自由な公開ができないことは非常に残念です」と答えたのです。そのうえで、「緊急時の警報などは、気象庁が一元的に国民伝えるという『シングルボイス』の原則は重要ですが、先端研究の一環としての予測については、もっと自由な活動ができるようにするべきです。気象庁には改善を期待します」と訴えていました。

壁に当たる研究 ほかにも

「気象業務法の規定が壁になっている」と感じている研究者は、ほかにもいます。洪水や気象が専門の東京大学生産技術研究所の芳村圭准教授です。

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芳村圭准教授

芳村准教授の研究グループは、世界中で数日先までの洪水の危険性が予測できる最先端のシステムの開発を進めています。大学のスーパーコンピューターで雨の予報と詳細な地形データを組み合わせ、数日先までの洪水の危険性を計算。日本では、どこで危険性が高まっているのか、5キロ四方ごとに表示できます。

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鬼怒川決壊の前日、午後3時の時点で予測された洪水の危険度。赤のバーが高いほど洪水リスクが高い。極めて危険な状態と予測している。

この画面は3年前、平成27年9月9日午後3時の時点での洪水の危険性を予測した画面です。翌10日の未明から昼すぎにかけて、鬼怒川周辺で洪水の危険性が非常に高くなるという予測になっています。

そしてまさにこの予測が出されてから22時間後の10日午後0時50分に、鬼怒川の堤防が決壊。「関東・東北豪雨」の被害が発生しました。

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ただ、これは、災害が起きたあとに解析したもので、当時は、事前に情報を出すことはできませんでした。しかし、今は、技術が飛躍的に進展したため、事前に情報を出せる可能性があるとしています。

ただ、出せたとしても、理化学研究所と同じように気象業務法の規定の壁に阻まれる可能性があるため、当面は大学内での閲覧にとどめる方針です。

芳村准教授は、「天気予報は数日先まで、多くの人々が信頼するようになっている。実は河川も同じように考えられるレベルになりつつあるんです。でも実際にはそういう情報が無い。2日後の洪水が予測されれば、素早くスムーズな避難につながるのではないでしょうか」と話していました。

そのうえで、「危機的な状況になると、人は情報を集めようとしますし、いまや海外の計算結果などがインターネットなどで簡単に手に入ります。できることを抑える、ということはやめたほうがよいと思います」

考えを転換すべきだと、強く主張したのです。

「このままではよくない」気象庁も検討を明言

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この状況を、気象庁はどう考えているのでしょうか。法律などを担当する企画課に取材すると、「このままでよいとは思っていません」という答えが返ってきました。法律や規則を変えるのかなど、具体的な手段は決まっていないものの、技術革新や時代のニーズにあわせて、何らかの形で、こうした予報の条件を緩和する方向で「今後検討したい」と明言したのです。

ただ、一方で、「何でもよい、ということにはならない。世の中に出ていく情報は、技術的な基準をクリアしてもらう必要はある」として、予報の品質を管理する何らかの手だては講じるべきだとしています。

「後出しじゃんけん」は避けたい 研究者の思い

先ほど紹介した2人の研究者。彼らが最先端の研究を進める背景には、いずれも災害の苦い教訓があります。

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水位が上昇した都賀川

まず、三好さんが研究を進めるきっかけとなったのは、10年前の平成20年7月、神戸市で起きた水難事故でした。突然の大雨で、住宅地を流れる都賀川という小さな川の水位がわずか10分程度で急上昇。小学生を含む5人が死亡しました。

三好さんは、「10分前でも、ピンポイントに『逃げなければいけませんよ』と危険性を伝えられることができたんじゃないか」と研究の必要性を痛感したと言います。

一方、芳村さんのきっかけは、3年前の「関東・東北豪雨」でした。現地を調査したあと、「まさか、これだけの大洪水が東京の近くで起きるとは、正直思っていなかった」と振り返ります。研究室に戻った芳村さんは、ふと開発途中のまま10年ほど手つかずだった洪水予測のシステムを思い出し、見直しにとりかかりました。すると、システムが鬼怒川周辺の洪水のリスクをある程度、はじきだしていたことがわかったのです。

「事前に何か警告ができたのではないか」衝撃を受けた芳村さんは、以来、学生と改良を重ね、今のシステムに仕上げたということです。「『わかっていた』という、いわば『後出しじゃんけん』はやめたい。きちんと公開するという土俵に上がれば、検証がされていく。それこそが重要なのです」と話していました。

“情報をどう使うか”考える時代に

災害時に混乱を避けることは重要で、その点では気象業務法が果たしてきた役割は、もちろんあったと思います。しかし情報の出し方を絞ったとしても、今は、海外などさまざまルートからひとりでに広がる時代です。最先端の研究がはじき出す情報を、人の命を守るためにどう生かすのか。“出せない”天気予報はこのままでいいのか。「壁」になっていると指摘される法律の規定の在り方も含め、検討する時期に来ていると思います。

島川 英介
社会部記者 災害担当
島川 英介