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タイの“イケメンセレブ” 軍政に対抗へ

タイ料理にタイ式マッサージ、きらびやかな仏教寺院やゾウ。日本人の海外旅行先として常に人気のタイですが、今も軍が主導する政権が続いているって知ってました?軍事クーデターから5月22日で4年。いまだ真の民主化を実現できていない状況に1人の若きエリートビジネスマンが「待った!」をかけました。タイで今、何が起きているのか、最新情勢をお伝えします。(アジア総局記者 小阪田和也)

“イケメンセレブ”からの招待

ことし3月、タイである有名人のフェイスブックの書き込みが話題になりました。そこにはメディア向けのメッセージとして「一緒にコーヒーを飲みましょう」とのお誘いが。

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メッセージをあげたのはタナトーン・ジュンルンルアンキットさん。タイを代表する自動車関連企業「サミットグループ」の経営者の御曹司で副社長です。前髪を立たせたヘアスタイルが目を引く39歳。日本風にいうと“イケメンセレブ”ということになるでしょうか。

軍を追い出す!

そんなタナトーンさんがメディア向けに打ち出したメッセージは、驚くべきものでした。
「軍を政治から追い出す」「二度とクーデターは見たくない」
軍主導の暫定政権にもの申すような発言をしたのです。 さらに、タナトーンさんは、この場で新党の設立も発表しました。

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現政権のもとでは政治集会が厳しく制限されています。「コーヒーを飲もう」とのメディアへの誘いは政治的なメッセージを打ち出すことをカモフラージュするための呼びかけでした。軍批判とも受け取れる異例の表明を行ったタナトーンさん。われわれはその主張に耳を傾けました。

長期にわたる軍主導政権

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軍が政治の表舞台に出る。タイでは珍しいことではありません。異なる政治勢力の対立で国が混乱するたびにタイでは軍がクーデターを行い、政治をいわば“リセット”してきました。国王もそれにお墨付きを与えてきました。
1932年にタイが立憲君主制に移行して以降クーデターは今回を含め13回を数えます。

しかし今回は少し様相が違いました。選挙が4年間の長きにわたって行われず、軍主導の暫定政権が長期化しているのです。

徹底した「抵抗勢力」つぶし

暫定政権が、時間をかけているのには訳があります。それは抵抗勢力と見なすタクシン派の一掃です。

タクシン元首相は2000年代に農村部や貧困層向けのバラマキ政策で人気を集め、選挙では連戦連勝、タイで過去最大の政治勢力を作り上げました。

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一方で軍の予算をカットしたり、人事に口出ししたりするなどして、軍にとっては既得権を脅かす存在でした。タクシン派が勢力を拡大するにつれ、富裕層を中心とした反タクシン派との間で国を二分する争乱が何度も起きました。双方の支持者が着るシャツの色から争乱は「赤シャツ対黄シャツ」とも呼ばれました。

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軍にとっては、自分たちの権益を侵し、国の平安を乱す存在となったタクシン派。クーデターを実行するなどしてタクシン元首相は国外に追いやられ、その後、代わりに政界入りした妹のインラック前首相も、去年、同じように国外逃亡の身となりました。

軍が構築する「権力維持システム」

暫定政権は今、選挙制度そのものの変更を進めています。今後の選挙で常に軍が政治に影響力を保てるシステムを作り上げているのです。

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新憲法では、議会の上院議員を事実上、軍の指名制にしました。また下院では軍に近い政党がいくつも登録されました。
地元メディアは、選挙があったとしても、今の軍主導の政権が影響力を持ち続けるとの見方を強めています。

“赤”でも“黄”でもない勢力に

現政権による締めつけが強まるにつれ、国民の間に少しずつ選挙の実施や真の民主化の実現を求める声が高まりつつあります。
タナトーンさんは、こうした国民の雰囲気を感じ取って、政界デビューしようとしているように見えます。

シンボルカラーは、反タクシン派の黄でも、タクシン派の赤でもない、その中間色のオレンジ。そこには国を二分した対立を和解に結びつけようという意図が見えます。

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総選挙にむけて下院で一定の議席を確保するため、タイ全土350の選挙区のすべてに候補者を擁立する考えを示しました。さらに、政党活動が本格化すれば、副社長も辞め、活動を政治一本に絞るといいます。本気だったのです。

「新たな選択肢」になれるのか?

タナトーンさんは、従来の既存政党どうしの争いこそ、軍の政治介入を許してきた原因だとみています。みずからを「新たな選択肢」と位置づけ、支持拡大を狙っています。
インタビューで「タイの政治には破壊が必要かもしれない。タイをシェイクしたい。そして政治をクリエーティブに、楽しいものにしたい。新党がその火付け役になれればいいと思っている」と語りました。

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真の“ほほえみの国”になるために

タイでは、5月22日でクーデターから4年となりました。軍主導の暫定政権は、民政復帰に向けた総選挙について、「遅くとも来年2月」との見通しを示していますが、一方で「治安が悪化した場合は分からない」としています。加えて、今も政党活動が厳しく制限され政治家、活動家への監視は続いています。真の意味で“ほほえみの国”になれるのか、国民和解を目指すタナトーンさんの取り組みが1つのカギを握っているようにみえます。

小阪田和也
アジア総局記者
小阪田 和也