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“ひきこもりながら働こう”

「ひきこもりたいなら、ひきこもっていてもいいんだよ」。そう言われたこともあった。でも親もいい年だし、今後どうやって生きていくのか不安だ。会社に行ってフルタイムで働くのは急には難しい。でも本当は働きたい。それなら、ひきこもりながら働くことはできないか。新しい生き方を模索する「ひきこもり」の人たちの話です。
(ネットワーク報道部記者 高橋大地)

“ひきこもりながら働く”

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「おはようございます。本日は、50%で始業します」

午前10時すぎ、自宅のパソコンに向かう平野立樹さん。その日の体調をチャットサービスを使って、会社の上司や同僚に知らせます。無理せずに働くためのルールです。

平野さんは34歳。高校時代から神奈川県内の自宅でひきこもりの状態にありましたが、去年から東京都内の会社に所属し、自宅でリモートワークの仕事を始めました。

主に担当しているのは、ホームページの制作や管理など。出社はせずに、自分のペースにあわせて仕事を生き生きとこなしています。

「ほかの人とコミュニケーションしたい時もあれば、したくない時もある。家だと人それぞれのペースでできるのがよいですね」

受験のプレッシャーでひきこもりに

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平野さんがひきこもりになったのは、大学受験のプレッシャーからでした。東京の中高一貫の進学校で、中学生のうちは成績はトップクラス。しかし、高校1年の時に母親を亡くし、高校2年になって大学受験の本格的な勉強が始まる中で、精神的なバランスを崩してしまいました。

「先生から『早慶だったら確実、東大にも入れる』と言われたこともありました。毎日、強くストレスを感じるようになって。ある日、学校に行こうと思って電車に乗ろうとしたら急に気持ちが悪くなってしまった。その後も駅に行くことすらできなくなり、やがて通学できなくなってしまった」

高校を中退した平野さん。専門学校に通ったり、通信制大学で学んだりもしましたが、その後も、なかなか就職することができず、断続的にひきこもりの状態が続きました。

「ずっとこのままで、将来は生活保護で暮らしてもいいと思うときも正直ありました。今は父親と2人暮らしですが、ゆくゆく父親が亡くなったら、どうしようという不安はいつもありました。でも行動に移す気力がなかなかわいてきませんでした」

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不安や焦りの中、去年の4月、あるひきこもり当事者の交流の場で知りあったのが、今の会社の社長、佐藤啓さんでした。

社員全員がひきこもり 日本初の会社

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平野さんが勤める佐藤さんの会社は、東京・千代田区にあります。社員10人すべてが、平野さんのようにひきこもりの当事者や経験者です。

会社名は「ウチらめっちゃ細かいんで」、略して「めちゃこま」。ひきこもりの人たちの「きめ細かさ」や「まじめさ」を生かしたいと言う意味が込められています。

佐藤さんが会社の立ち上げを思い立ったのは、いとこがひきこもりだったことが1つの要因でした。

「ひきこもりの人に対してネガティブなイメージはありませんでした。コミュニケーションに苦手意識があるけれど、むしろ能力は非常に高いという印象を持っていました」

もともと、オンラインのパソコン講座のサービスなどを提供する会社を経営していた佐藤さん。ITの人材不足を感じていましたが、こうしたITの仕事は在宅でもできることも多く、ひきこもりの人たちに任せられないかと考えたのです。

病気で退社しひきこもりに

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ひきこもりの人の中には、まじめな一方で、コミュニケーションが苦手という人が多くいます。そのため、「めちゃこま」での仕事は、基本的に在宅です。

ホームページのデザインやプログラミング、スマホアプリの制作など、いずれも、リモートワークです。

ことしの4月からこの会社で働きはじめた新潟県に住む40代の男性は、週3日のペースで仕事をしています。

社長や同僚とのやり取りもすべてネットで行います。

現在、主に担当しているのは、パソコンのオンライン講座のシステムメンテナンス。

男性は病気を患い、3年前に以前の会社をやめてからひきこもり状態でした。

独学でプログラミングなどを勉強し、再就職を目指していましたが、雇ってもらえる自信が持てない日々が続いていたと言います。

「今後、どう生きていけばいいかわからない状態の中で、会社に道を示してもらえたと思っています。経験を積んで、ゆくゆくは個人で仕事を受けられるようにもなりたい」

職場の配慮は

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ひきこもりの人たちを雇うにあたって気をつけているのは、体調管理やお互いのコミュニケーション不足を補うことです。体調不良などの連絡はチャットでもOK。気兼ねなく言い出せる雰囲気作りや、突然の欠勤にもカバーし合える体制の確保に気を使っています。

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佐藤さんは、ひきこもりの人たちのスキルアップ、人材育成も目指しています。プログラミングの知識がない人でも、基本的なスキルを3か月程度で身につけてもらう講座を開設。ひきこもりの人でも安心して受講できるよう、ひきこもりの経験がある人も講師になってもらっています。

講座の修了後は、「めちゃこま」にインターンとして仕事を保証するコースも用意。これまでに25人が講座を修了、このうち4人が「めちゃこま」で働いています。

「在宅で仕事を続けるには強い意志がいります。オン・オフをしっかりしないといけない。顔を合わせる機会が少ないので、コミュニケーションを取るのがそもそも難しいという点もありますが、みんなが安心して働ける場にしたい」(佐藤さん)

自分でも驚いている

平野さんも、プログラミング講座を受講したあと、この春、正社員になりました。フルタイム、1日8時間働くのは人生で初めての経験です。

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まだ体力的にきついところもあるため、途中、つらくなったら、横になったり音楽を聴いて休んだりすることもあるといいます。

でも、自分でうまくペースを配分しながら、着実に仕事をこなせるようになりました。

「自宅だとしても毎日コンスタントに働くのはきついし、土日はぐったりして寝てしまいます。でも、1年半くらい前までの自分のことを考えると、本当に考えられないくらいで、自分でも驚いています。ここまで来られてよかった」

広がる“ひきこもりながら働く”

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ひきこもりの人たちは、内閣府の推計で39歳までだけで54万人。40歳以上も含めると100万人近いのではないかとの見方もあり、ひきこもりの長期・高齢化が大きな課題になっています。

これまで働いた経験がないひきこもりの人たちが、いきなり会社勤めをしたり、中高年になってからひきこもりになった人が再就職するハードルはけっして低くありません。

そうした中で、今回紹介した会社以外にも、宿泊業や建設会社など、ひきこもりの当事者や経験者が能力を生かせる雇用環境を整備しようという企業も次第に増えてきています。

ひきこもりの人たちが抱えている不安や孤独感、望む生き方は、当然、人それぞれ。多様です。「働くことが正解で、働かないことはダメ」とも言えません。

でも、働くこと、生き方を真剣に悩み、模索しているひきこもりの人たちの選択肢が少しでも増えればいい。取材を通じてそう感じました。

高橋 大地
ネットワーク報道部記者
高橋 大地