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2020へ 切実な願い

2020年、世界中の人たちが東京に集まるオリンピック・パラリンピックを機会に、あることを切実に願っている人たちがいます。「ヘルプマークを知ってほしい」そして「エスカレーターに立ち止まって乗りたい」。(ネットワーク報道部記者 栗原岳史 玉木香代子)

知られていないマーク

赤地に白の十字とハートのマーク。外見ではわからない病気や障害があることを示すヘルプマークです。このマークを多くの人に知ってほしいと願っている1人が、滋賀県彦根市の音瀬伊都子さんです。経営しているカフェに取材に伺いました。

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街を一緒に歩くと見た目では健康そうな音瀬さんの足取りはゆっくりとしていました。目はほとんど閉じた状態で一歩一歩、慎重に足を踏み出していきます。

音瀬さんは、18歳のときに白血病を発症。その影響で白内障や心臓病も患っています。視力が弱く、心臓に負担がかかるため、ゆっくりとしか歩けないのです。

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ヘルプマークをつけていますが、その意味を知っている人に出会うことは少ないそうです。

「外出先で階段をゆっくりとあがっていると、当たられたりします。常に手すりのある所を探しながら歩いていて、緊張感が途切れないんです」
「駐車場で障害者のスペースに止めて怒られたこともあります。世の中には、私のような思いをしている人がたくさんいることを知ってほしい」

2020年までに

ヘルプマークは、2012年に東京都が作りました。

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去年7月にはJIS=日本工業規格で定める標準的な規格に追加され、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け援助や配慮を必要としていることを知らせる全国共通の表示として採用されています。

いま、全国の20の都道府県で配布されるようになりましたがまだ多くの人に知られるにはいたっていません。新宿の街頭でマークを知っているかどうか、50人に聞いたところ知っていたのは11人でした。

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意味を知れば必ず変わる

音瀬さんはさまざまな国や地域から人が集まる2020年までに、見た目ではわからない困難を抱える人が、住みやすい社会を目指すための活動をしていて、「ヘルプマーク」も日本中に広まってほしいと考えています。
すべての都道府県でヘルプマークが配布されるように自治体に働きかけたり、マークの意味を知ってもらう講演を行ったりしています。

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その大切さを次のように話していました。

「以前、電車の中で私のヘルプマークを不思議そうに見ていた若い人がいたんです。するとスマートフォンで何か調べ始めたようでした。画面にはヘルプマークが見えました。そして、ふいに席を譲ってくれたんです」
「社会が必ずしも不寛容なのではない。マークの意味がきちんと浸透すれば、その人が困っているかどうか想像するのが当たり前の社会になってくるかもしれない。そう思います」

エスカレーターの正しい乗り方

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「2020年までに知ってほしいこと」 もう一つは、日々の通勤・通学で利用するエスカレーターの「乗り方」です。関東では、左側に人が立ち、右側は急ぐ人が歩くという乗り方が、″暗黙のルール″として広がっています。
でもこのルールに悩んできた人たちがいます。

“なんで立ってんだよ” “どけよ”

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この春、小学校を卒業した横浜市に住む林姫良さんと母親の太佳子さん。
姫良さんは脳の障害で左半身にまひがあり、思うように左手で″つかむ″ことができません。

このため、エスカレーターでは、緊急停止しても体を支えられるよう「右手」で、「右側」の手すりをつかんで乗るようにしています。

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ここで立ちはだかるのがエスカレーターの″暗黙のルール″。

「なんで右に立ってんだよ」
「どけよ」

姫良さんは、右側を歩いて急ぐ人からこれまでにこんな言葉を浴びせられてきました。そのときの心境について「嫌な気持ちになった」とつぶやく姫良さん。
母親の太佳子さんも「悪いことをしているんじゃないかって、毎回自分を責めますし、すごいストレスになります」と訴えます。

ある日、娘がとった行動とは

太佳子さんには忘れられない出来事があります。
小学校の高学年になった姫良さんはある日、予想外の行動をとりました。いつものようにエスカレーターの右側の手すりにつかまったあと、すぐに左側に移りました。
さらにその場で後ろ向きの状態になって、右手で左側の手すりをつかんだのです。

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そばにいた太佳子さん、思わず「あっ」と心の中で叫んだといいます。
「私も他の人と同じになりたい、娘の気持ちの表れなんだろうか…」

でも、後ろ向きに乗るのはとても危険です。いつかは1人で行動する日が来る娘のことを考えると、いてもたってもいられなくなったと言います。

正解は“手すりにつかまり止まって乗る”

太佳子さんは、エスカレーターが設置されている商業施設や地下鉄の駅などに正しい乗り方を確かめました。
すると「右側も左側も止まって乗る」ことが正しいとわかりました。

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動いているエスカレーターを歩くことで転んだりする危険性があるほか、緊急停止に備えて手すりにつかまって止まって乗る必要があるのです。
メーカーも同じように呼びかけています。

そのうえで母親の太佳子さんは控えめに訴えます。

「たとえ人とは違う乗り方をしていてもそういう人がいるという意識を持っていただきたい。私自身も、自分の子どもを通して知ることができたので、いろんなところに目を配りながらいろんな人に優しい社会になってほしい。それが今の私の願いです」

合い言葉は“止まって乗りたい人がいる”

姫良さんたちのようにエスカレーターの正しい乗り方を広めたいと願っている人たちはほかにもいました。
脳梗塞などで体にまひが残った人のリハビリなどを担当する東京都理学療法士協会の人たちです。

ふだんの通勤でエスカレーターに乗り、歩いてくる人にぶつかられ転びそうになった人など「止まって乗りたい人」が世の中には少なくないことを知っているのです。

協会は先日、姫良さん親子とホームページに載せる写真の撮影会にのぞみました。
エスカレーターの正しい乗り方を訴えるためです。

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合い言葉は「止まって乗りたい人がいる」

東京都理学療法士協会の齋藤弘さんは「東京オリンピック・パラリンピックでは、世界中からさまざまな人たちが東京に訪れることになる。
誰もが安心して移動できる環境をつくっていくことはとても大事でしょうし、変えられるチャンスだと思っています」と活動に寄せる思いを話していました。

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6月には新宿でイベントを開くなど正しい乗り方の普及に向けて活動していく予定です。

ところで、ヘルプマークやエスカレーターについての切実な願いを、なぜ2020年の東京オリンピック・パラリンピックに託すのでしょうか。
その答えは、スポーツの祭典の根本原則を定めた「オリンピック憲章」にあります。

「人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指す」

2020年までの歩みが、私たちの社会をもう一度見つめ直す機会になればと思います。

栗原 岳史
ネットワーク報道部記者
栗原 岳史
玉木 香代子
ネットワーク報道部記者
玉木 香代子