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知ってますか? 南海トラフ巨大地震の新情報

東日本大震災を大きく上回る被害が想定される「南海トラフ巨大地震」。「その発生の可能性が高まった」場合に、国は新たな情報を発表することを決め、去年11月から運用を開始しています。 ところが、専門家の調査で、この情報の内容を8割以上の人が知らないことがわかりました。「命を守るかもしれない大切な情報なのに…」 調査結果にショックを受けた担当記者が徹底解説します。
(社会部記者 森野周・清木まりあ)

新情報「8割以上が知らない」

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「南海トラフ巨大地震」
政府の地震調査委員会は、今後30年以内の発生確率を「70%から80%」と予測し、次の地震が切迫していると指摘しています。

この地震が起きた場合、国の想定では、関東から九州の太平洋沿岸を中心に激しい揺れや大津波に襲われ、最悪の場合およそ32万3000人が死亡するおそれがあるとされています。

この地震について、気象庁は去年11月、新たな情報の運用を始めました。「ふだんと比べて巨大地震が起きる可能性が高まった」と評価された場合、「臨時」の情報を発表することにしたのです(詳しくは、後述)。

しかし、この情報をめぐって大きな課題が浮かび上がりました。

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日本大学がことし2月、インターネットで全国の2000人にアンケートを行った結果、「情報そのものや内容について知っていた」と答えた人は、わずか18%。知らない人が合わせて82%にのぼりました。

「ここまで浸透していないのか…」
この結果には、私たち担当記者も、正直驚きました。

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また、情報について20%の人が「どのように判断すればいいか難しい」と答えるなど、情報が出た際の行動や対応が「わかりにくい」という答えが多くなりました。

「地震予知を諦めた」新情報

「わかりにくい」という答えは、ある意味当然だと思います。この新情報が、もともと「わかりにくい情報」だからです。

どういうことか?
それは、この情報が、国がそれまで可能としてきた「地震予知」を取りやめて導入したことからきています。

新情報の導入前、気象庁が発表することになっていたのは「東海地震」の情報。このうち「東海地震予知情報」は、「ひずみ計」という観測機器で異常な変化が捉えられ、地震の前兆だと判定されると発表されます。政府は「警戒宣言」を発表し、東海地域を中心として鉄道の運行が規制されるなど、社会活動や経済活動が大幅に規制されることになっていました。

つまり、「どう対応すればよいか」が明確な「わかりやすい」情報なのです。

しかし、去年、地震学者などで作る国の検討会は、東海地震の情報につながるような確度の高い予知はできないと結論づけ、国もこの情報の発表を取りやめました。

東海地震の情報の代わりに導入されたのが、南海トラフ巨大地震の新情報。情報が対象とする範囲が広がっただけではなく、「地震を予知する」情報ではなくなりました。それが、「わかりにくさ」につながっています。

ポイントは「ふだんと比べて」

それでは情報をどう理解すればいいのか、詳しく解説します。

この情報には「臨時」と「定例」の2種類がありますが、ポイントは、「臨時」の情報で伝えられる「平常時と比べて相対的に巨大地震発生の可能性が高まっている」という表現。つまり「“ふだんと比べて”高まっている」ということです。

「臨時」の情報が出されることが想定されるケースは、大きく分けると2つ。1つは「地震が起きた後」の情報。もう1つは「地震が起きなくても出る」情報です。

2つの「巨大地震の可能性高まる」とは?

「地震が起きた後」の情報は、南海トラフ沿いですでに大きな地震が起きたあとに、次の巨大地震が起きる可能性がある場合に出されます。

気象庁などの研究では、世界では、大きな地震が続いて起きたことがあり、南海トラフでも過去にそうした事例が確認されています。

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例えば、昭和19年の昭和東南海地震の2年後には昭和南海地震が、また江戸時代の1854年の安政東海地震の32時間後に安政南海地震が発生しています。いずれも大きな被害を出した巨大地震です。

大きな地震が起きたあと、さらに巨大地震が発生する可能性。
これを「ふだんと比べて巨大地震発生の可能性が高まっている」という表現で伝えます。

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2つめは、「地震が起きなくても出る」情報です。
これは、先ほど説明した東海地震の情報と同じ仕組みで、「ひずみ計」が使われます。この「ひずみ計」で、一定以上の異常が捉えられた場合に、「ふだんより巨大地震発生の可能性が高まった」と評価します。

東海地震のような「地震予知」はできなくても、「ふだんと比べて巨大地震発生の可能性が高まっている」と伝えることはできるという判断です。

情報発表で混乱につながる可能性も

では、こうして出された情報で、「ふだんと比べて可能性が高まっている」と、国から伝えられた場合、私たちはどう捉えればいいのでしょうか。

これが示しているのは、巨大地震は「すぐに起きるかもしれないし」、「2年後かもしれない」。それどころか、「何十年も起きないかもしれない」。そのような状況です。

まとめると、新しい情報は「巨大地震が起きるとは明確に言えないが、“ふだんに比べて”可能性が高まっている」ことを伝える情報なのです。

地震学者の中には「巨大地震発生の前にこの情報が出せない可能性の方が高い」と指摘する人が多くいます。

この情報の「わかりにくさ」は、「不確実さ」からきていると言えそうです。

こうした中、国は、情報が出た場合に、住民や自治体などがどう対応すればいいのか、その指針を今も明確に示していません。
防災のための情報が、このままでは防災につながらないのではないか。専門家からは厳しい声も出ています。

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冒頭のアンケートを行った日本大学の中森広道教授は「この情報が出たときに、住民の望ましい対応につながらないだけでなく、混乱につながることも考えられる。国はただ単に情報を出すだけではなく、どう行動すべきかなど地域ごとの対応をしっかり決めたうえで、情報の周知を急ぐべきだ」と話しています。

新情報を生かすには 戸惑う住民も

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この「わかりにくい」情報を、どうすれば命を守ることにつなげられるのか…
そのヒントとして私たちは、ひとつの取り組みに注目しました。 3月10日、京都大学の研究者が開いたワークショップです。
近畿地方の、自主防災組織のメンバーや学校の先生など30人が参加しました。あなたも、参加者になったつもりで考えてみてください。

ワークショップでは、まず、参加者に次のような想定の情報が与えられました。

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この情報を受け取った参加者の反応は…
「こんな不確実な情報もらってもどうすればいいか分からない!」(50代・女性)
「避難した方がいいの?まだしなくていいの?」(40代・男性)
「すぐに生徒たちを家に帰した方がいいのか」(60代・男性・学校教員)

私たちにできることは

「わかりにくい」情報に、戸惑う参加者たち。

ここで、ワークショップを企画した京都大学特定准教授の清水美香さんが、参加者たちに情報の意味を説明し、どのような行動をとればいいか議論を促します。

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「不確実な情報となってしまうのは、最新の科学でも予測できないという限界があるからです。私たちの課題は、この情報とどう向き合って、自分たちの命や暮らしを守るかです」。

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参加者は、自分たちがどう行動すればいいか、改めて話し合います。
「備蓄の食料や機材を確認して、すぐ取り出せるようにしておこう」(50代・男性)
「子どもが心配だから、しばらくは夫婦で交代して、早く帰るような働き方にしようかしら」(30代・女性)
「高齢者や障害者などで早めに避難しておきたい人も出てくるかもしれない。手伝えるように人を集めよう」(50代・女性)

次第に「巨大地震に向けた準備の期間だ」と捉え、備えを見直そうという参加者の声が多く聞かれるようになりました。

参加者たちの意見に聞き入る清水さん。「不確実な情報であっても、その情報を受け取った私たちが事前にできることは、たくさんあると気づかされますね」と話していました。

地域で行う避難訓練だけでなく、こうした話し合いの場も各地に広がってほしいと、取材をして強く思いました。

「命を守るヒント」は

この南海トラフ巨大地震の新情報。その内容を、8割以上の人が知らないという調査結果に、私たち担当記者も驚きましたが、この情報を「わかりにくい」と遠ざけることなく、向き合うことが大事だと思います。それが、将来、自分や大切な人たちの命を守ることにつながるかもしれないからです。

国も検討会を正式に設置し、4月12日に初会合を開く予定で、年内にも情報が出た場合の対応方針が示される見込みです(3月28日現在)。

ただ、実際に行動するのは、私たち住民です。
「事前に備えをしておくことで命が救えるケースがある」。
これは7年前の東日本大震災の教訓です。

「この情報が出た時にどう行動するか」
皆さんも家族や地域の人たちと一緒に考え、話し合ってみませんか。

森野周
社会部記者
森野 周
清木まりあ
社会部記者
清木 まりあ