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謎の大津波?海底地すべりに迫る

東日本大震災から7年が経過しました。あの大津波を教訓に国や自治体は、今後予想される南海トラフの巨大地震などについて、「想定外の被害」が2度と起きないよう、「科学的に最大」とする地震や津波の想定を作っています。しかし、これに一石を投じる研究がまとまりました。それが「海底地すべり」によって局地的に高い津波が引き起こされるというシミュレーションです。これまで謎に包まれてきた「海底地すべり」の実像と、そのリスクを追求し続けるある専門家の思いを紹介します。(社会部記者 島川英介)

説明つかない津波の記録

「想定ありきでさまざまな対策が進められている現状に、少々、不安を感じています」

この一通のメールが、今回の私の取材のスタートとなりました。

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送信者は静岡県にある常葉大学の阿部郁男教授。津波防災の専門家です。過去の津波の歴史をひもとく中で、従来の想定では説明できない現象があると考えるようになったと言うのです。

伊豆半島の西にある、静岡県の沼津市西浦江梨。高台にある「航浦院」という寺。ここにそのきっかけとなったものが残されています。

「貴重な古文書があるとは父からも伝え聞いていましたが津波のことが書いてあるとは詳しくは知りませんでした」

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去年まで住職を務めていた加藤弘道さんが本堂の奥から出してきてくれたのは、15世紀の豪族、鈴木氏についてまとめられた古文書。この中に「明応7年8月25日に津波が打ち寄せ、人々は数知れず海底に没し、鈴木家の家系図や家宝がすべて失われた」と書かれていました。

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別の専門家の分析では、鈴木家の屋敷は、現在の「航浦院」の近くにあったと見られ、屋敷を襲った津波は、標高およそ11メートルのところまで押し寄せたと見られています。

この津波は、古文書にあるとおり、15世紀末の明応7年に起きた「明応東海地震」という南海トラフの巨大地震によるものとされてきました。

しかし、阿部さんが南海トラフ巨大地震の津波を複数のパターンでシミュレーションしてもこの古文書の記述通りに津波は到達しません。

また、静岡県が東日本大震災のあとに見直した津波の想定でも、この集落には標高およそ5メートル程度までしか津波は来ないことになっています。

「昔の史料だから誤差の範囲では」。そう解釈することもできますが、実は、同じころに、ほかにも駿河湾の周囲の3か所に高い津波を観測したという記録が残されていました。

そこで、阿部さんは誤差の範囲と片づけるのではなく別の要因を考えました。それが海底の土砂が一気に崩れる「海底地すべり」でした。

駿河湾の海底の地形図を見ると、崖のような地形を複数、見ることができます。こうしたものが地震などによって崩れると、海面が大きく変動し、津波が起きるのです。

阿部教授は駿河湾内の4か所で「海底地すべり」が起きた想定でシミュレーションした結果、沼津市や焼津市などに10メートルを超える津波が押し寄せることがわかりました。航浦院に残された記録などともほぼ一致します。

さらにこのシミュレーションでは世界文化遺産に登録されている「三保の松原」がある静岡市の三保半島の大半が浸水するおそれがあるほか、東名高速道路の高架まで水につかると予想されています。県の想定よりもはるかに高いものです。さらに津波の到達は発生からわずか3分程度。しかも今回のシミュレーションは「海底地すべり」による津波だけを対象にしています。地震による津波が重なった場合、さらに高くなるおそれもあるとしていて、想定を上回る厳しい状況が起きる可能性が浮かび上がったのです。

実は過去も起きていた!?海底地すべり

実は、過去の大津波でも海底地すべりが発生していたことをうかがわせる研究結果が出ています。7年前の東日本大震災の巨大地震。宮城県の沖合の海底では地震後に高低差100メートルもの巨大な段差ができていました。複数の専門家が「海底地すべり」が起きたと指摘しています。

また、2004年に発生し死者・行方不明者が22万人以上に上った「インド洋大津波」でも海底を調べると崖が崩れたような跡が見つかっています。

さらに、9年前の平成21年、駿河湾で起きたマグニチュード6.5の地震では静岡県焼津市で地震の規模から考えられるよりも高い、62センチの津波が観測され、海底に敷設されていた管が崩れてきた土砂で壊れました。

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海洋研究開発機構などの調査では、焼津市の東5キロの海底で地すべりが起きたとみられる跡が見つかっています。

各地で発生したのではないかとされる「海底地すべり」。ではなぜ想定に生かされないのか。日本周辺の海底の地質に詳しい産業技術総合研究所の池原研首席研究員に尋ねました。

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その答えは、予想とは少し異なるものでした。

「日本各地には海底地すべりの地形はたくさんあります。その点ではどこで起きても不思議ではない。しかし、過去どのくらい地すべりを起こしてきたのかや、一度あたりの量など詳しいことはほとんどわかっていないのが実情なのです」

これまでの成果で、地域ごとのリスクを見ることは可能ではあるものの、そのためには津波の研究者との議論も必要だ、ということでした。そこで池原さんと阿部さんが意見交換することになりました。

阿部さんは、南海トラフとならんで、巨大地震が切迫していると指摘されている北海道沖の「千島海溝」についても海底地すべりのリスクを調べようとしていたからです。

北海道沖の地すべりが招く意外な津波

阿部さんと池原さんは、「千島海溝」の近くにある「襟裳海山」という海底山脈が陸側のプレートの下に沈み込み始めている付近で地すべりが起きやすい地形になっていることに注目。幅20キロ近くにわたる大規模な「海底地すべり」が発生したと想定し、シミュレーションを行いました。

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発生した津波は、まず、北海道の方向に広がります。発生から30分ほどで襟裳岬の周辺に到達。津波の高さは、▽襟裳岬で20メートル余り、▽釧路町では15メートル前後に達するとみられます。

「さらに意外な結果があります」
そう言って阿部さんが紹介したのは、離れた場所にも高い津波が押し寄せたことです。

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東北北部の海底地形の影響で岩手県宮古市や青森県八戸市などに高い津波が押し寄せます。高さ15メートル前後。岬などでは局地的にさらに高くなるおそれがあります。

海底地すべりのリスクは全国に

さらに池原さんは、日本海側でもそのリスクがあると指摘。

石川県や京都府の丹後半島、それに兵庫県などの沖合に地すべりの地形があります。阿部さんがそれぞれ計算すると、北陸や近畿、中国地方にも局地的に大津波が押し寄せる危険性があることがわかりました。

今後、地質や地形を詳しく調べ、起こりやすい場所を特定していく必要があるという意見で2人は一致しました。

「海底地すべり」による津波は、崩壊する範囲やそのスピードによって、大きく変わります。

今回は、あくまで試算のため、津波の高さは高くも低くもなりうるということですが、これまで注目されてこなかったエリアに大津波が襲うおそれがあることは東日本大震災を教訓に、しっかりと受け止めなければならないと思います。

海底地すべりの津波にどう備えるか

では、「海底地すべり」の津波にどう備えたらよいのか。今の技術では、地震直後に「海底地すべり」が起きたかを把握することは不可能です。そこで阿部教授は沖合での監視の重要性を訴えています。

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東北や近畿、四国などの沖合では人工衛星を利用していち早く津波をとらえる「GPS波浪計」や、海底ケーブルを使った観測網が整備されています。

このデータを生かせば、「海底地すべり」による局地的な津波を捉えることも可能だということです。

ただ、それでも避難が間に合わない場合があります。このため阿部教授は、自宅や学校などからの避難のあり方をもう一度見直す必要があると指摘します。

「場合によっては、いま考えている避難場所よりももっと高いところに避難することも必要になると思います。今の想定が、これから起きる津波そのものだったり、起きうる最大の津波だと捉えることはものすごく危険なことではないでしょうか」

“想定外”を繰り返さないために

なぜ阿部教授は、ここまで「海底地すべり」による大津波にこだわり続けるのか。実は、阿部教授は岩手県山田町の出身。ふるさとは、7年前の大津波によって甚大な被害を受けました。阿部さんも実家が損壊。小学校の同級生を亡くしました。

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阿部教授は、震災が起きる前、東北大学で津波の研究活動に携わり、過去に三陸沿岸を繰り返し襲った大津波の実態や今後の対策についての研究をしていました。
この中で、17世紀に東北を襲った「慶長三陸津波」で、ふるさとの山田町には当時の県と町のいずれの想定よりも大幅に高い津波が来たことを示す記録があることを知り、防災対策にいかせないか、研究を進めていました。

そのさなかに東日本大震災が発生。これを教訓に、被害が出たあとに「想定外だった」とされる状況が再び起こることを強く懸念し、今回の「海底地すべり」の研究に着手したと振り返ります。

あの東日本大震災の大津波から7年余り。確かに、科学的な知見は大幅に進展しました。しかし、私たちはまだ津波の全貌を知りません。今回の取材を通して、そのことを、改めて心にとめておきたいと思うのです。

島川英介
社会部記者
島川 英介