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ICAN事務局長インタビュー 原点は? 原動力は?

ことしのノーベル平和賞の受賞者、ICAN=核兵器廃絶国際キャンペーン。核兵器禁止条約の実現を働きかけてきた国際NGOです。事務局長を務めるベアトリス・フィンさんにとって、活動の原点とは。また活動の原動力は何なのでしょうか。授賞式を前に行ったインタビューの全文掲載です。

小さい国ゆえに国際問題に関心

――― きょうはお時間を作ってくださりありがとうございます。まずは、ノーベル平和賞の受賞、おめでとうございます。さて、きょうは根本的な質問から始めたいと思います。その中には、NHKに対してここ数年にわたってすでにお答えいただいている質問もあるかと思いますが、ぜひ改めてお答えいただけたらと思います。ではまず、NGOの活動家としての活動について教えてください。きっかけや動機についてお願いします。

フィン氏: 考えてみたら、私自身は昔から国際問題に関心を持っていました。その理由はおそらく、小さい国で育てられたというのがあると思います。常にほかの世界やほかの国に意識を向けています。ご存じのように私はスウェーデン出身です。スウェーデンは世界に対して単独では何の力もないのです。何もできないのです。ですので、ほかの国に共感を持たなければいけないのです。そのことが私にとって大きな影響力を与えたかと思います。私がずっと興味を持っていたこと、仕事ならおもしろいなと思っていたのは、政治や国際問題に関わる仕事でした。ですので、大学では国際関係を専攻していました。その時、国連や人権問題、女性の権利、そして軍縮問題に取り組んでいる組織と出会いました。それが始まりでした。私はインターンとしてジュネーブに来ました。2006年でした。その時はさまざまな問題の取り組みをしていました。とにかく、おもしろいと思いました。とてもエキサイティングでした。

国際会議で核問題は重要と感じる

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――― なぜ軍縮問題に取り組もうと考えたのですか。

フィン氏: 意識的に決めたわけではないのです。核兵器に関しては、特にはじめはそれほど重要な問題だとは思っていませんでした。私は人権問題や環境問題に取り組みたかったのです。しかし、核兵器に関する取り組みをしている組織と接点を持つことになりました。そして、NPT=核拡散防止条約の再検討会議やジュネーブの軍縮会議を傍聴しました。核の問題は、国際社会において無視してはいけない問題だと感じるようになりました。とても大切な問題なのに、浴びるべき注目を浴びていないのです。ですので、私はとにかくもっとこの問題に関わりたいと思うようになりました。

――― もう少し詳しく教えてください。

フィン氏: 初めて出席した軍縮の国際会議にはアメリカ、ロシア、中国など各国の代表が一堂に会していました。その時に新参者としてこう考えたのを覚えています。彼らの話を聞いていると、本気で軍縮を進めたいのだなと考えたのです。聞いていてなるほどと思える発言内容でした。

その頃、軍縮の現場で数年の経験を持つ友人がいたのですが、彼らに「それは違う。彼らの発言に意味があるのではなく、彼らが言わないことが重要なのだ。彼らの発言に意味はない。彼らの政策、行動、現実はまるで違う」と言われました。外交の世界とはどういうものかとか、各国の政府は聞こえのよいことを言うが、その水面下の事情はまるで違うんだということをその時に理解しました。

――― だから不条理だと感じたのですか。

フィン氏: スイスやニューヨークの立派な会議室では、無差別に数十万人もの命を奪う大量破壊兵器の問題で句読点や段落について議論しますが、それは現実の世界とは何の関係もないことです。そんなことを考えてこの問題に関わるようになりました。

被爆者の話から本質が見える

――― ICANは被爆者のサーロー節子さんとともに活動をしてきました。被爆者、特にサーローさんからは影響を受けましたか。

フィン氏: 大きな影響を受けました。この問題は得てして技術的な話になりがちです。そんな時に被爆者の経験や気持ちを聞くことで問題の本質が見えてきます。そして「これはクレージーだ。こんな兵器を持つ必要がどこにあるのか」と理解できるのです。被爆者は動機を維持するうえで重要な存在であり、何が大切であるかを教えてくれる存在です。

――― 子どもができる前から核軍縮に取り組んでいますが、2児の母親になり、考え方に変化はありましたか。

フィン氏: 多分そうだと思います。1つは将来の世代を心配するようになります。もう1つは被害者に対する思いやりが大きくなります。今年に入って核兵器禁止条約の交渉が始まった頃、アメリカのニッキー・ヘイリー国連大使が子を持つ母親として核兵器が必要だと思うという趣旨の発言をしました。それを聞いて被ばくした女性のことを考えました。子どもが出来なくなったり、流産したり、病気を持つ子を産んだり、死産になってしまった女性たちのことです。広島や長崎で被爆した女性や核実験によって被ばくした女性です。母親になったことで自分の子どもという観点を持つようになり、そのようなことを2度と許してはならないと考えるようになりました。

――― ヘイリー国連大使が核兵器禁止条約の交渉会議の議場前で行った記者会見を、私も覚えています。

フィン氏: ICANのスタッフとしてフィジーの女性がいたのですが、彼女も母親として核兵器が必要だという理屈に憤慨していました。彼女は「私の家族や友達の中にも母親になりたい女性がいるがそれができない。核実験のせいで死産になったり、子どもが重い病気を持つ」と言っています。核兵器は人を守るのではなく人に害を及ぼすものです。

よりよい世界に貢献と実感

――― 日本では、NGOで働くという選択肢はまだまれです。

フィン氏: 正しいと思うことを仕事にして、それで世界に貢献できるなんて最高の仕事だと思います。もちろん、仕事ではなく、空いた時間を使って貢献している人もたくさん知っています。問題解決に貢献できるとか、よりよい世の中を作るために貢献する仕事をしていると思えば、大きなやりがいを感じることができます。

もちろんそれで世界を救えるわけではありません。うまくいかなくて、いらいらすることもあります。空回りだと感じることもあります。それでもよりよい世界を作るために貢献していると感じることのできる仕事に就いている自分は恵まれていると感じています。すばらしい仕事です。

こういう問題に取り組みたいという希望を持つ若者はたくさんいると思います。今の世代は全世界の情報に日常的に接する環境で育っています。今起こっていることをスマートフォンで、リアルタイムでフォローすることができる時代です。そんな時代ですから、ほかの国の文化や問題に対する認識も高まります。この傾向は今後ますます高まり、ほかの国との関わりも大きくなる一方だと思います。

――― 大学院を修了した後、たとえば国連職員を目指したり一般企業に就職したりすることは考えなかったのですか。

NGOの仕事に就くことができなかったので1年間銀行で働きました。国連かNGOで仕事をしたいと思っていたので少し悲しかったですね。3、4年間学生をやっていたので稼がなければなりませんでした。月々の支払いもありましたからね。必ずしも生涯この仕事を続けるというものでもなくて、やれる時にやるというスタンスもあると思います。とは言え、誰にも選択肢があるというものでもありません。選択肢を持つ人はそれを大切にするべきだと思います。なぜなら選択肢のない人だっているからです。

――― NGOで働くことは、世界をよりよくすることにつながると考えますか。

フィン氏: はい、そう考えます。お金を稼ぐためだけに働いているのではないと実感できるのはとても気持ちのよいものです。たとえはるか遠くの目的であれ、そこに向かって努力している。よりよい世の中を作るために頑張っているのだという気持ちが大切だと思います。世界には改善できることがたくさんあります。そこに関わることができるのはとてもすばらしいことです。

協力があったからこそ実績に

――― ノーベル平和賞の選考委員会は、発表時に選考理由を説明しましたね。選考理由をどのように受け止めましたか。

フィン氏: 選考委員会による授賞理由の説明は極めて明快でした。理由の1つは核兵器がもたらす人道的被害に関する啓発活動でした。これはICANのキャンペーンの中核に位置するものです。もう1つの理由は、核兵器禁止条約です。受賞がICANにとってたいへんな栄誉であったことは言うまでもありませんが、ほかの人たちや組織も人道活動のイニシアチブと条約において力を尽くしてきました。

ICANが実績を挙げることができたのは、各国政府そして国連や赤十字といった国際組織の協力があったからこそです。また学者や専門家からの協力もありました。授賞理由は極めて明快でしたが、ICANだけでなく多くの個人や組織の尽力があったことを指摘したいと思います。ノーベル賞受賞という栄誉をほかの個人や組織と分かち合いたいと思います。条約締結に向けて尽力した各国政府そして条約に最初の弾みを与えてくれた赤十字などと栄誉を共有したいと思います。

選考委は後押ししたかったのでは

――― 個人的には、選考委員会はなぜ、ことしの受賞者にICANを選んだのだと考えますか。

フィン氏: 今核兵器に対する危機意識が高まっています。米朝の対立を背景に、核兵器使用のリスクがこれまでになく高まっています。東西冷戦時代よりリスクが高いと指摘する人もいます。核兵器の問題の重要度が高まる中で、核保有国の問題が悪い方向に進んでいます。その一方で、核兵器禁止条約が締結されたり若い世代が運動に加わったりするなど、よい方向にも進んでいます。ノーベル賞の選考委員会はその動きを後押ししたかったのでしょう。北朝鮮とアメリカが対立しているからといって、すべてが終わりというわけではありません。あきらめる必要はありません。対立があるからこそ、より私たちの闘いを強化しなければならないのです。また対立と逆行する動きもあります。核兵器禁止条約の締結もそうですし、人道的イニシアチブもそうした動きです。

禁止条約は分断をさらけ出す

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――― 一方で、核保有国や核の傘下にある国の中には、禁止条約が双方を分断したと主張する国もあります。そのような主張をどのように考えますか。

フィン氏: それは事実ではないと思います。確かに分断はありますが、分断の元凶は核兵器禁止条約ではなく核兵器です。世界には大量破壊兵器を保有しても構わないと考える国があります。大量破壊兵器で民間人を殺害しても構わないと考える国があります。それを使用する用意ができているという国もあります。その一方で、大量破壊兵器を受け入れることはできないという国もあります。長い間そうした世界情勢が続いています。

アメリカをはじめとする核保有国は一貫して核保有を擁護してきました。それは核の傘で守られている国も同じ論理を展開して核保有を助長してきました。核兵器禁止条約は分断を生み出すものではなく分断をさらけ出すものです。私たちはこのことについて発言することによって、核保有国の言動不一致を白日の下にさらしているだけです。核保有国の国民に彼らの国がやっていることを明らかにしているだけです。

核保有国は核軍縮にコミットしていると口で言っているだけで、実は核兵器保有を擁護しているのです。核兵器保有を肯定し、安全保障のために重要であると信じ込んでいるのです。状況を変えるためには核保有国の国民にそのことを理解してもらう必要があります。私たちが分断を深めたとは思いません。私たちは核保有国の立ち位置を明確にしただけです。そこをこれから変えていくことが必要です。

条約てこに加盟を働きかけ

――― 日本を含めた核の傘下にある国は条約に署名しないと言っています。今後、どうしますか。

フィン氏: 政治家や政策決定者と協力して民主的なプロセスで活動していきたいと思っています。また一般大衆を巻き込んで、政府に働きかけるよう彼らを促していきたいと思っています。核兵器禁止条約は私たちの活動の追い風になります。締約国を増やすための活動をしていきます。この条約をてこにして、未加盟国に加盟を働きかけて行きます。

――― 核軍縮をめぐってはすでにNPT=核拡散防止条約があり、核兵器禁止条約との整合性を疑問視する声もあります。いくつかの国はそう主張しています。

フィン氏: NPTを損なうと言う人もいますが、それは奇妙な理屈です。そう言う人に「具体的に何を損なうのか」と聞けば、何の説明もすることができません。根拠もなくそう言っているだけなのです。そもそも「非核保有国は今後も核を保有せず、核保有国は軍縮に努力する」というのがNPTの趣旨です。どこをどう解釈すれば核兵器禁止条約がNPTの趣旨を損なうことになるというのでしょう。核兵器禁止条約が損なうのは一部の国が核兵器を永久に保有する権利だけです。

これは結構なことじゃないですか。なぜなら、核兵器は必要でありこれを放棄する気はないという国があれば、ほかに核兵器保有を目指す国が出てくるからです。たとえば、日本や韓国が核兵器で防衛する必要があるならば、北朝鮮だって同じように考えるはずです。そう考える北朝鮮を責めることはできません。それがよいと言っているのではないんですよ。私が言いたいのは、ある国が安全保障上、核兵器が必要だと考えれば、ほかの国だって同じように考えるということです。

被爆者は核を語る真の専門家

――― 核兵器禁止条約に対する日本政府の姿勢をどう思いますか。

フィン氏: 日本は核兵器がどういうものであり、人類にどのような害を与えるかを直接知る国です。広島と長崎の市民がそれを、身をもって経験しました。被爆者は核兵器を語ることのできる真の専門家です。皮膚の感触、臭い。私たちは核兵器を直接経験した彼らの話に耳を傾けるべきです。広島と長崎の市民の経験をほかの国の人たちに味わわせるための計画や準備に、日本政府が加担していることを私は理解できません。民間人に対して核兵器を使用するという考えに日本が加担することを私は理解できません。それを受け入れることはできません。

――― 日本は核の傘下にある国でありながら、核兵器をめぐる世界の現状を改善することに貢献できると考えますか。

フィン氏: 日本ができることはたくさんあると思います。日本は初日、核兵器禁止条約交渉に参加していたのですが、その後取りやめました。日本政府が条約に署名するかどうかは別にして、日本も交渉に参加するべきだったと思います。日本政府は全面的に交渉に参加して、将来的に署名可能な形の条約作成にするために努力する義務を、国民と被爆者に負っています。

とは言え、今の形でも日本が条約に署名することは可能だと思います。私は日本の署名を待ち望んでいます。それはそれとして、日本は核兵器廃絶の努力を批判するべきではないと思います。日本が本当に核兵器廃絶を望むのであれば、こうした努力を妨げるべきではありません。現時点では条約に署名することができなくとも、少なくともそれを支持するべきだと思います。

実質的な場面で日本にできることはいくらでもあります。たとえば核兵器禁止条約には、具体的な義務、被害者支援システムに関する条項、環境回復などについて明示されています。そういう実質的なことが重要だと私は考えます。日本はそういう分野で貢献できると思います。今すぐに条約に署名できなくても被爆者に関する知見を生かして貢献することができるはずです。そうした知見を核実験の被害者を持つ国に提供することができます。また各国政府と協力して核兵器の被害者の権利を擁護することができるはずです。

――― トランプ政権の発足後、日本政府の対応は変化したと考えますか。

フィン氏: 日本の姿勢は硬化していると思いますが、日本は以前からそうでした。それが、核保有国が核兵器放棄の方向に進むことを妨げているように思います。日本でさえ核兵器を放棄できないというのに、ロシア、アメリカ、中国にそれを望むのは無理な注文です。誰かが(核廃絶の)先頭に立たねばなりません。私たちがまず先陣を切ります。核の傘に守られている国の方が保有国より核兵器の必要性を認識していると思えることすらあります。そして核兵器による民間人に対する威嚇行為の正当性を是認していると思えることもあります。

条約不参加国と対話重ねる

ーーー 核保有国や日本のように条約に署名していない国に対して、今後どのように働きかけていくのですか。

フィン氏: そういう国とはできるかぎり対話を重ねていきたいと思います。NPTをはじめとして世界各国と対話をする場はありますが、あくまで核兵器禁止条約の観点から対話を重ねていくべきだと思います。現状では核兵器の使用、開発、製造も核兵器による威嚇も禁止されていません。そこに目を向ける必要があると思います。また日本が核兵器禁止条約に対する違反行為をした場合は、それを特定して禁止条約の立場からそれを批判するべきだと思います。ほかの諸国が禁止している行為を、なぜ日本はまだやっているのかと批判してそれに歯止めをかけるべく圧力をかけるのです。

核兵器の衝撃を語る人が必要

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――― 授賞式でのスピーチについての質問に移りましょう。もう準備はできましたか。

フィン氏: いいえ。今スピーチを準備しています。サーロー節子さんと私が受賞記念講演をします。今から待ち遠しくてなりません。広島で身をもって経験した彼女の話は強い説得力があります。すばらしい機会になると思います。彼女と2人で演壇に立てることを光栄に思います。

――― なぜICANの事務局長であるあなただけでなく、サーローさんもスピーチをするのでしょうか。

フィン氏: ICANは大きなキャンペーンです。ジュネーブのスタッフは小規模ですが、そのネットワークは世界中に広がっています。またICANが広範で多様なグループであることを国際社会に示すことが重要です。核兵器の人道上の衝撃が、ICANを突き動かす原動力だったことを示すことも重要です。この衝撃こそ、468のパートナー組織を1つにまとめる求心力になっています。この人道上の衝撃、そして核兵器の禁止が人間を守るという考えこそが、これらパートナー組織を結束させる求心力なのです。私たちはそう考えて活動しています。核兵器がもたらす被害、また核兵器を使用するとどんなことになるのか、そういうことについて語る者がいることが重要なのです。それは私たちのキャンペーンの核心にあります。ですから被爆者に受賞記念講演の演壇に立ってもらうことは極めて自然なことなのです。

――― 授賞式でのスピーチは、2人で1つのスピーチを行うのですか。それとも別々のものだと考えたほうがいいのでしょうか。

フィン氏: 2人交替で講演をすることになると思います。講演が2部に分かれているということです。双方につながりがあれば良いと思っています。

世界は変えられる

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――― スピーチはまだ執筆中だと思いますが、どんなメッセージを伝えたいですか。

フィン氏: 私たちが核兵器をコントロールしているのであって、核兵器が私たちをコントロールしているのではないことを国際社会に示すことが重要だと思います。核兵器のコントロールは可能なのです。今核兵器による世界の破滅の危機が高まっています。永遠に核兵器の保有を続ければ、いずれ使用することになるでしょう。統計的に考えれば、いずれ使用される時が来ます。したがって、核を廃絶するか人類が滅びるか、2つに1つの選択ということです。私たちはそのようなメッセージをもって国際社会に問いかけているのです。

ICANのキャンペーンは普通の人を基盤にしています。大統領や外相ではなく、ごく普通の人が力を結集することによって、世界の大国が阻止しようとした条約を成立させることに成功したのです。アメリカ、ロシア、中国、イギリスなどがこの条約に反対し、条約を阻止しようと躍起になりました。しかし普通の人が力を合わせることによって、それを達成しました。これをもって私たちは世界を変えることは可能であるという啓発的メッセージを発信したいと思います。これは世界の人が耳を傾けるに値するメッセージだと思います。

世界各地で脅威が高まり、政治が行き詰まり、反民主主義的傾向が強まり、ネオナチが行進する時代にあって、政治家が行動を起こすのを待っていることはできません。自分で行動を起こすべきなのです。私たちは自分の力でできる。私たちはそういうメッセージを発信したいのです。

――― 確かに、あなたたちはことし7月に禁止条約を実現させましたね。ICANの活動は、対人地雷やクラスター爆弾の禁止条約にも影響を受けているのでしょうか。

フィン氏: 間違いなく影響を受けています。私たちはICAN立ち上げの当初からICBLと地雷禁止の国際キャンペーンをモデルにしたことを明確にしてきました。人道問題の枠組み変更や、多くのNGOを動員して1つの連合に束ねる手法などを参考にさせてもらいました。そういう形で啓発されたことは間違いありません。1つ1つの課題が別個のものであってそれぞれの特徴があり、課題によって旗振り役の国が違うのはもちろんですが、私たちは軍縮関連で成功した活動から多くを学び、それを可能な限り活用させてもらいました。

またICANのパートナー組織の多くがそうした活動に参加しており経験を持っています。そうした組織が関わった禁止条約としては今回が3回目になります。パートナー組織もICANの活動を歓迎してくれました。その一方でこれまでこうした活動に関わったことがないという人も多くいました。そういう人たちの熱気が私たちに伝わってきて、条約成立は可能だという気持ちを持つことができました。大切なのはインスピレーションを集め、過去の成功に学ぶことだと思います。だからといって何でもかんでもまねをすればよいというものではありません。個々のキャンペーン独自の主張を明確にして、それを実現する手法を見つけることが重要だと思います。

人権 民主主義で世界を安全に

――― 何があなたをそれほど人道問題にのめり込ませるのでしょうか。

フィン氏: この30年、40年の政治の変化に伴う自然な成り行きでした。おそらく冷戦の影響もあったと思いますが、国家中心主義から人権、人道法、個人の人権に重点が置かれるようになり、国が安全保障の名の下に勝手なことができなくなりました。拷問が禁止され、様々な人権の協定ができて、安全保障に対する見方がより幅広くなったのです。

国家だけではなく、国民も守られるようになりました。国家と国民は対立することがあるという人もいますが、人権、人道法、民主主義を促進することによって、世界をより安全な場所にすることができると思います。

――― 賞金はどのように使いますか?

フィン氏: 条約の施行を強く後押しするために使いたいと思っています。条約が発効・施行され、非加盟国にも影響を与えるようにしたいと思います。どのように使うかは決まっていませんが、永遠に残るものを作るために私たちはこのキャンペーンを行っています。 私たちは最終目標を設定したいと思っています。核兵器を廃絶したいと思っています。それが達成できたら、私たちの運動は終わりにすることができます。もちろん、条約を発効し、非加盟国にも影響を与えるものにする仕事を促進させるために使うことができると思います。

――― それは受賞後のミーティングで決めるのでしょうか。

フィン氏: 今後数週間で決まると思います。今、話し合いを行っています。状況次第です。どのお金を何に使うのかということですが、もちろん、すべてのキャンペーンの強化のために使われます。

――― ICANの今の財政について教えてください。

フィン氏: いくつかの国の政府と財団、個人の寄付などがわれわれの資金源です。いろんなものがあります。ノルウェー、アイルランド、オーストリア、スウェーデン、アメリカとヨーロッパの両方のいくつかの財団、EUからも資金提供を受けたこともあります。もちろん、パートナー団体からもたくさんの支援を受けています。それが大きな助けとなっています。

――― ノルウェー政府から、今も資金援助を受けているのですか。

フィン氏: いつこれが放送されるのかにもよりますが、議会は2018年の資金提供について決定を下しました。

――― あなたは事務局長として雇われていますが、どのような契約なのでしょうか。

フィン氏: 終身契約ですが、この仕事を続けるためには自分で資金を集めなければなりません。それも含めて、やりがいのある仕事なのですが、安定した安全な職場環境とは言えませんね。プレッシャーも大きいし、労働時間も長いです。楽しいですが、不安定です。常に資金集めのプレッシャーがあります。

――― プレッシャーがありながらも、ICANで働き続けるのはなぜでしょうか。

フィン氏: 楽しいからです。10月6日にかかってきた電話ですべてが報われました。夜遅くまで働いたりこのキャンペーンで大変な思いをしたりしたことが報われました。すばらしいキャンペーンです。このキャンペーンに参加している人達もみんなすばらしい人々です。真剣に運動に取り組む世界中から集まった人々と一緒に働くことができて私は幸運です。彼らは世界のすべての大陸から集まっています。このキャンペーンに参加している活動家やパートナー団体はとても熱心で、絶対にできるという姿勢で取り組んでいるので、気分がよいのです。

勝利すればともに喜びます。すべての国が人道支援を約束してくれれば、「やった!」と思います。すべての国が条約に署名することになれば、自分の国はまだ署名することを受け入れていなかったとしても、自分が成果を上げている運動の一部だと実感することができます。ICANは、上手にポジティブに喜ぶことができていると思います。これは非常に重く難しい問題ですが、それに落ち込むことなくできる、成功させることができる、というポジティブな姿勢を保つことができています。

――― もしも世界中でNGOが今以上に活動できるようになれば、世界はよりよい場所になるのでしょうか。

そう思います。この数十年間でNGOは重要性を増していると思います。アムネスティ、ヒューマンライツウォッチといった、今非常に力があり、影響力のある組織が存在します。市民社会がより多くのリソースを手に入れ、活動のために時間を使える人がもっと増えれば、より多くのことができるようになります。組織が増え、人が増え、こういった組織がより多くのリソースを手に入れることができれば、絶対により大きな影響を与えることができます。

――― あなたの今の考え方は、幼少期や学生時代の経験に基づくものなのでしょうか。

フィン氏: 私はずっと、少しこういう仕事をして、それから政府側の仕事をするだろうと思っていました。でもNGOの仕事をすればするほど、政府で働きたいとは思わなくなりました。最終的な決断を下すのは政府だというのは確かです。政府で働けばある程度の影響力を手に入れることができます。でも、政治家の言いなりにならなければなりません。私たちは政府関係者と緊密に仕事をしますが、選挙が終わると、彼らはまったく違う意見へと次々に考えを変えなければならないのです。彼らの意見ではありません。上の人の言うとおりにしているだけです。

信念のままに生きられる

――― 政府で働けば、権力や影響力はあっても自分がやりたいことはできません。それに対してNGOで働いていれば、自分の信念のままに生きることができます。影響力は少ないかもしれませんが。でも、今は分かりませんよね。かなり私たちにも影響力がありますから。それほど妥協しないでよいのはうれしいことです。もちろん、妥協は必要なのですが、自分が個人的に信念を持っている側に立っていることができます。

――― 日本では今、若い人たちの外国への関心が薄れ、留学する人も減っています。日本の若い人たちへのメッセージはありますか。

フィン氏: チャンスを見逃していると思います。ほかの世界の人に会えば会うほど、私たちは、みんな同じなんだと強く感じます。多くの人に会えば会うほど、異なる国、文化、言語、年齢層、異なる性に対する尊敬の念が強くなります。

私は移民が多い地域で育ちました。7歳の時に、突然、学校にバルカン諸国の生徒が大勢入ってきたのを覚えています。全員がたいへんな経験をしていました。生徒たちの喧嘩の原因が母国の紛争だったりしました。親が革命を経験したイラン人の友だちもいました。親がピノチェト政権から逃れてきたというチリ出身の友だちもいました。干ばつを逃れて親がソマリアからやってきたという友だちもいました。彼らと出会い、彼らの話を聞き、それを実際に体験した彼らの親に会ったりすることで、外国の紛争や危機が、ある意味、身近なものになったのです。

私は、彼らが望んでいることは私たちが望んでいるのと同じだということに気づきました。子どもたちによりよい環境を与えたい、よい人生を送って欲しい。食べ物、住む場所など、必要なものを手に入れたい。私たちはそれほど違わないのです。自分の国に閉じこもって国境を閉じてしまうことは、自分たちのためにはなりません。互いの理解を失うことになります。理解できなければ、残念ながら衝突は増えます。ですから、旅行したり海外の文化を勉強したり、外国で何が起きているかを勉強してほしいと思います。白と黒、善と悪などないことがわかると思います。状況が異なるだけです。世界にはさまざまな濃さのグレーが存在するのです。

――― あなたが7歳の少女だった頃のその経験は、NGO活動家としての今に生きているのですか。

フィン氏: そう思います。子どもの頃は、何のための戦争なのか、なぜ戦争が起きたのか理解していませんでしたが、戦争は起きていました。世界のさまざまな場所から、突然スウェーデンに来て、新しい言葉を学ばなければならない人たちがいました。私は、今住んでいる国の言葉があまりしゃべれません。娘は学校に通っています。彼女はフランス語が堪能です。ここでは私が移民です。社会の仕組みを理解していなかったり書類を書き込むのに苦労したりしているのは私です。これはどういう意味、わからないわ、と。6歳の娘に「この言葉はどういう意味?」、なんて質問しているのですよ。たとえばですが。だから、人生の最後までつきまとうのですよ。そういう事に対する理解が持てるようになるのです。私は典型的な中流階級出身ですが、さまざまな人が世界中から集まっている地域に暮らしていました。その影響を受けているのは確かですね。

――― ありがとうございました。

(11月27日スイス・ジュネーブにて取材 国際部記者 古山彰子)