ニュース画像

WEB
特集
揺れ動くサウジアラビアと若きプリンス

日本が輸入する石油の3分の1を依存する中東のサウジアラビア。世界最大規模の埋蔵量を誇る原油を背景に大きな影響力を持つ国が、今、変わろうとしています。先月には、有力な王族らが一斉に逮捕され、原油価格も変動しました。サウジアラビアでいったい何が起きているのでしょうか。(国際部記者 鮎合真介)

突然の逮捕劇

衝撃のニュースが世界を駆けめぐったのは、先月4日。

サウジアラビアで、11人の王族や現職の閣僚、それに世界に名だたるビジネスマンなど数十人が、汚職や横領の疑いで一斉に逮捕されたのです。この国始まって以来の異例の出来事で、その後、逮捕者の数は一時200人を超えました。

ニュース画像

「一体、何が起こっているのか…」

メディアでさまざまな臆測が飛び交う中、原油市場では先物価格が高騰。一時、2年4か月ぶりの高値水準をつけました。政情不安から原油の供給に影響が出ることへの懸念が広がったのです。

若きプリンス

一連の逮捕劇を主導したのは、32歳のムハンマド皇太子。実は日本のアニメ好きでも知られ、公式訪問だけでなく、お忍びも合わせて数回、日本を訪れたこともあります。

ニュース画像

ムハンマド皇太子は、どういう立場にあるのでしょうか。

まず、サウジアラビアという国を簡単に見てみます。人口3200万のサウジアラビアを統治するのは、「サウド家」という王族。「サウジアラビア」という名前自体、「サウド家のアラビア王国」という意味で、統治する王家の名称を国名に冠した世界でも非常に珍しい国です。1932年、アラビア半島の大半を征服したアブドルアジズ国王が建国しました。

王位は、その子どもの世代が兄弟の間で継承してきました。現在の国王は7代目のサルマン国王で、ムハンマド皇太子は、その実の息子です。国王から特別のちょう愛を受けていると言われています。

ニュース画像

20代から政府の重要な役職をいくつも掛け持ち、ことし6月には、次の国王になる権利を持つ「皇太子」に就任。政治、経済、軍事、外交などほぼすべての権力を掌握し、メディアからは「ミスター・エブリシング」と形容されるほどです。

逮捕されたのは誰か

そのムハンマド皇太子が主導した逮捕劇。世界が驚いたのは、王族でも国際的に知られた有力な王子や閣僚が含まれていたからです。

ニュース画像

例えば、軍とは別に国境警備や治安維持にあたる国家警備隊のトップを務めていたムトイブ王子(写真左)。アブドラ前国王の息子で、前国王の存命中は有力な後継候補と言われていました。

世界屈指の投資グループを率いるワリード王子(写真右上)。総資産は日本円で1兆8000億円を超えると推定され、高級ホテルチェーンや投稿サイト「ツイッター」の株を大量に保有しているとされています。

現職閣僚のファキーフ経済・企画相(写真右下)。ムハンマド皇太子が引っ張ってきたとされる元ビジネスマンで、日本との経済協力の推進役の1人でした。

関係者の資産は没収される見通しで、その総額は日本円で11兆円にのぼると見られます。

狙いは何か

今回の大量逮捕の狙いについて、専門家の見方はさまざまです。

そのうちの1つは、「王位継承に向けた地ならし」。

ムハンマド皇太子の王位継承の障害となりうる人々を排除しようとした、という見方です。

ただ、すでにほぼすべての権力を手にしたムハンマド皇太子にもはや抵抗勢力はおらず、わざわざ敵を作るような手荒いことをする必要があるのかという指摘もあります。

もう1つは、ムハンマド皇太子が中心になって進めている改革を必ず実行するという強い姿勢を示すため、というものです。

サウジアラビアといえば石油。国の収入の7割以上を占める財政基盤です。医療費や教育費は基本的に無料。ガソリン代や水道料金も、補助金で安く抑えられています。

ニュース画像

一方で、国内に1万人以上いるとも言われる王族など特権階級の人たちが、汚職などあらゆる手段で石油からあがる利益を懐に入れ、豪華なクルーザーやヨーロッパの豪邸を購入するなど、豪勢な暮らしをしているなどと指摘されています。

ムハンマド皇太子は、改革の一環として、そこにメスを入れようとしたと見られています。

少し話はそれますが、そもそも王族がこれほど多いのはなぜでしょう。その背景には1度に4人の妻を持てる「一夫多妻」が許されていることがあります。

初代のアブドルアジズ国王は、一説によると、生涯で30人の妻と結婚し、36人の王子と24人の王女をもうけたとされます。王子たちが複数の妻を持ち、たくさんの子どもをもうけて、その子どもも…。王族のメンバーはどんどん増えることになりました。

これだけ多くの王族を抱えるサウジアラビア。今のままでは、王族も国民もこれまでのような豊かな生活を続けることはできないのではないかと、ムハンマド皇太子は危機感を抱いています。

というのもサウジアラビアの財政状況は、原油価格の低迷で年々悪化。さらに地球温暖化対策として、電気自動車の導入が進むなど、石油が使われなくなる時代も確実に近づいています。いつまでも石油に依存しているわけにはいかないのです。

ビジョン2030

そこで打ち出されたのが「ビジョン2030」という改革。

石油以外の産業を育成、または導入して産業の多角化を図るとともに、古い慣習を排除して、社会を変革し、産業構造を大きく変えるという野心的な改革です。

再生可能エネルギーの導入やIT企業の育成などが掲げられているほか、これまで宗教的な理由で規制されてきた「娯楽産業の振興」も大きなテーマとなっています。

先月、首都リヤドで開かれた、漫画やアニメなどのポップカルチャーを紹介するイベントです。日本のアニメは結構人気があり、登場人物をあしらったグッズが展示・販売され、人気のキャラクターにふんした若者らでにぎわいました。

ニュース画像

「堕落した文化」だとして映画館さえ1軒もないサウジアラビアで、こうしたイベントが開かれるようになったこと自体、大きな変化です。

さらにこのイベントで注目されたのが、地元の女性クリエーターだけで作ったゲーム。アラビア半島のある町を舞台にした謎解きアドベンチャーで、高い評価を受けていました。

ニュース画像

メンバーは「私たちは、どうすれば成功できるのか、経験を学びたい」と話し、特に日本のゲーム開発技術に興味を示していました。

改革では、女性の社会進出も、経済の活性化につながるとして重視されています。サウジアラビアでは、女性は夫や父親などの承認がないと働いたり、旅行したりすることもできず、行動は厳しく制限されてきました。

その象徴的なものが、女性による車の運転の禁止です。このために女性は外出もままなりませんでした。こうした中で、運転する姿をインターネットに投稿して、サウジアラビアの現実を世界に訴える、勇気ある女性たちもいました。

ニュース画像

ムハンマド皇太子は、女性の社会進出によって、サウジアラビアを「現代国家」に生まれ変わらせると宣言しています。

その一環として、女性の車の運転は、来年6月、解禁されることになりました。

イランへの対抗心

ムハンマド皇太子がこうした改革を進める背景には、紛争が絶えない、この地域独特の理由もあります。

サウジアラビアは、同じく産油国で、ペルシャ湾を挟んで向かい合うイランと長らく対立し、地域での影響力を競い合ってきました。

ニュース画像

イランは、人口8000万の中東の大国。自動車を国内生産するほどの工業力があるうえ、弾道ミサイルを開発する軍事技術もあります。さらに最近は、シリアの内戦などを通じて中東の広い範囲に影響力を拡大し、サウジアラビアにとって大きな脅威となっているのです。

サウジアラビアとしては、将来にわたってイランに対抗するためにも、足腰の強い国へと生まれ変わる必要があるのです。

今後の展望

ムハンマド皇太子が推し進める改革の一環とも言える、王族を含めた今回の大量逮捕。国民の多くは支持しているようですが、「もろ刃の剣」となる危険性もはらんでいます。

外国の投資家や企業の間では、サウジアラビアでビジネスを進めるにあたって、現地のパートナーとなる個人や会社が摘発の対象になるのではないか、といった不安が広がっています。長引けば改革そのものにも影響が出かねません。

日本も石油の多くを依存するサウジアラビア。この国が今後どこへ向かうのか。ますます目が離せません。

鮎合真介
国際部記者
鮎合真介