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地震は予知できない?防災対策なぜ大転換

国内で唯一、予知が可能とされてきた「東海地震」。9月26日、国はこの予知を前提とした東海地震の情報の発表を取りやめ、新たに南海トラフ全域を対象に巨大地震発生の可能性を評価する新たな情報を出すことを決めました。
40年近くにわたって、予知を柱の一つに進められてきた国の防災対策。なぜ今、大きく転換されることになったのでしょうか。また、これをきっかけに、私たちは巨大地震にどう備えればいいのでしょうか?(内容は10月10日現在)
(社会部 災害担当 藤島新也)

“予知”とは?

そもそも、「予知」とは何を指すのでしょうか?
『広辞苑』には、「予知」は「前もって知ること」と書かれています。

一方、気象庁は、▽地震の起きる時期 ▽地震の起きる場所 ▽地震の規模の3つの要素を「発生前に科学的な根拠に基づき精度よく限定して予測すること」と定義しています。

つまり、地震の予知とは「いつごろ(数日程度)、どこで、どのくらい大きな地震が起きるかを前もって絞り込むこと」を指します。

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東海地震と予知

この「予知」について、国が国内で唯一可能だとしてきたのが「東海地震」です。気象庁は、その理由として大きく2つを上げています。

一つは、東海地震が起きる直前にプレートの境界がゆっくりとずれ動く「プレスリップ(前兆すべり)」という前兆現象があることです。その根拠としては、岩石を使った実験でプレスリップが確認されたことや、コンピューターによる複数のシミュレーションでも地震に先行してプレスリップが起きるという結果が出たことがあります。

さらに、昭和19年に発生した「昭和東南海地震」の際に、静岡県掛川市で地震の直前に観測された地殻変動が、プレスリップの可能性があると指摘されたことも根拠の一つとなりました。

もう一つの理由は、東海地震の想定震源域の一部が陸地の真下にあるなど、「近い」ということです。震源域が「遠い」海底の場合、観測機器が設置しにくいのですが、陸地に近いために多くの機器を設置し、活動を監視できるからです。

このため気象庁は、これまでに東海地域などの27か所に、「ひずみ計」という観測機器を設置してきました。このひずみ計は、地下数百メートルの穴の中に設置され、わずかな地殻変動を捉えられるということで、気象庁は、こうした機器のデータを24時間態勢で監視しています。

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工場で検査中の「多成分ひずみ計」

「大震法」を制定

これにあわせて国は、予知ができた場合の防災体制も整備してきました。今から39年前の昭和53年には「大規模地震対策特別措置法」いわゆる「大震法」を制定。

東海地震が予知された場合、内閣総理大臣が警戒宣言を発表し、鉄道の運行や高速道路の通行の規制、銀行やデパートの営業中止、学校の休校など、地震による被害を抑えるために社会活動や経済活動を大幅に規制する仕組みを整えたのです。

さらに国は、激しい揺れや高い津波などで被害が予想される8都県の157市町村を「強化地域」に順次指定し、対策を支援。「ひずみ計」など東海地震の予知のための観測機器の設置や、「強化地域」での防災対策に多額の予算が投じられ、予知の実現に向けた態勢整備とそれをもとにした対策が急ピッチで進められてきました。

背景には、大きな被害をもたらす東海地震の発生が切迫していて、「あす起きてもおかしくない」と多くの人が考えていたことに加えて、被害を減らすには「予知」が重要なうえ、地震学の進歩で予知が可能になるという期待感が非常に高まっていたことがありました。

予知からの大転換 でもなぜ今?

しかし国は、この予知を前提とした東海地震の情報の発表を取りやめることを決めました。40年近くにわたって、予知を柱の一つとして進められてきた国の防災対策が大きく転換されることになりますが、なぜ、今なのでしょうか?

実は、転機となったのは22年前の平成7年に起きた阪神・淡路大震災です。
それまでは「予知」が被害を減らす上でのいわば切り札として重点が置かれていました。しかし、住宅の倒壊によって多くの犠牲者が出たことで、突発的に地震が起きることを前提として、耐震化など被害を軽減するための事前の対策が強化されるようになりました。

さらに、8年前(平成21年)にイタリア・ラクイラで発生し、およそ300人が死亡した地震をきっかけに、国際的に「予知」についての議論が行われ、地震予知に成功した確実な事例はないことや、地震の発生を警告できるほど、確実性の高い前兆現象は見つかっていないため、地震発生の時期を特定するのは困難だという認識が示されました。

このように、大震法ができた当時とは「予知」をとりまく環境が大きく変化する中、6年前の平成23年に東日本大震災が発生しました。この巨大地震は、国の予知の対象ではありませんでしたが、東海地震と同じようなメカニズムで起きたにもかかわらず、「プレスリップ」のような前兆現象は確認されませんでした。

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予知は簡単ではない

震災の翌年、地震の研究者などをメンバーとする国の検討会が設置され、予知を前提とした防災体制の見直しの議論が本格的に始まりました。

この中で、長く東海地震の予知ができる根拠とされていた、昭和19年の東南海地震の前の地殻変動が、実は観測の際の誤差だった可能性があり、本当にあったのか「疑わしい点がある」などと指摘されたほか、シミュレーションでも、プレスリップが起きても必ずしも巨大地震につながらないという結果が出ました。

また、各地に展開された地震計やGPSなどの機器がとらえた数多くの観測データから、地震が発生するまでには、さまざまな現象が起きることがわかり、プレスリップだけで予知できるのか疑問も出ました。

当初、地震についての研究が進めば、予知が可能になると考えられてきましたが、逆に簡単ではないことが明らかになってきたのです。

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こうした状況を踏まえて国の検討会は、9月26日に報告書を国に提出。この中で、「警戒宣言を出すような東海地震の確度の高い予測はできないのが実情だ」という見解を示したのです。

これを受けて、政府は従来の防災体制を改めることを確認。気象庁も東海地震の予知の情報の発表を取りやめることを決めました。このため40年近い歳月を経た、このタイミングでの見直しとなったのです。

国が公式に「地震予知はできない」と認めたことになり、警戒宣言も発表できなくなる見通しです。

これからどうなる?

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気象庁は、11月1日から、新たに「南海トラフ地震に関連する情報」を発表します。新たな情報が発表される対象は、これまでの東海地域だけでなく、東海から九州にかけての「南海トラフ全体」に広がりました。

情報には「臨時」と「定例」の2つがあり、このうち「臨時」の情報は、南海トラフ沿いで、異常な現象が観測され、巨大地震と関連するかどうか調査を開始した場合などに発表されます。

具体的にどのような場合に発表するか、今後、気象庁が検討しますが、予知との決定的な違いは「いつごろ、どこで、どのくらい大きな地震が起きるか」と絞り込んだ情報ではなく、「いつもに比べて大きな地震が起きる可能性が高まっている」として、あくまでも可能性の高まりを伝えるという点です。

このため「臨時」の情報が出た場合、今のところ▽関係省庁は情報収集をするための警戒態勢をとり、▽内閣府は、避難場所や避難経路、家庭での備蓄などを改めて確認するよう国民に呼びかけるということです。

一方、現時点で国は、予知を前提としてきた「大震法」を廃止するのか、形を変えて残すのかについては結論は出ていません。国の検討会の委員からは、「一斉に避難を開始する大震法に基づく『警戒宣言』のような仕組みは必要だ」という指摘も出ていて、国は引き続き検討する考えを示しています。

どう備える?

では、新たな情報が出た場合、私たちはどのように行動すればよいのでしょうか?

現時点で国は、各自治体や住民がどう対応し行動すべきかまでは、方針を示していません。

ただ専門家は、この情報が出た場合、ふだんに比べて巨大地震の起こる確率が高くなっているのは間違いないため、その後、実際に起きても大丈夫なように、▽避難場所や避難経路はどこか ▽食糧や水など備蓄が最低でも3日分あるか ▽家族との連絡手段や集合場所をどうするかなどを改めて確認することが重要だと指摘しています。

また、こうした情報が出ないまま、巨大地震が起きることも十分ありうるので、ふだんから住宅の耐震化や家具の固定などの備えを進めておくことが重要です。

地域の特徴に応じた対策を検討へ

今後、国は、静岡県と高知県をモデル地区に指定し、中部経済界とも連携して新たな情報を受けた防災対策を検討することになります。

例えば、短時間で津波が到達してしまう地域では、新たな情報が出た場合、高齢者など移動に時間がかかる人はあらかじめ高台に避難しておくなど、地域の特徴に応じた対策の検討が進められる見込みです。

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私は、静岡県の出身で、小さい頃から東海地震を想定した避難訓練を繰り返したり、家族とともに自宅に非常食が備えられているか確認したりした記憶があります。こうした経験から、地震に対する意識を高めるという点では、予知を柱にした防災体制にも一定の効果はあったと感じます。

一方で、「予知」のための観測や研究に投じられたばく大な費用にどんな効果があったのかや、「東海地震は予知できる」という見通しを国が長く国民に伝え続けてきたことによる影響については研究者も含めて、しっかり検証する必要があると思います。

いずれにせよ、突然、大地震に襲われても命を守ることができるよう、ふだんから備えを進めておくことが、昔も今も変わらない防災の基本です。国が正式に「予知はできない」と認めたことをきっかけに地域や企業、家庭での防災対策を再点検してほしいと思います。

藤島新也
社会部記者
藤島新也
平成21年入局
盛岡局をへて
現在は災害と国土交通省を担当