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ノーベル物理学賞受賞 『重力波』は何がすごいのか?

ことしのノーベル物理学賞に、「重力波」を世界で初めて捉えることに大きな貢献をしたアメリカの研究者3人が選ばれました。発表があった日本時間の3日午後7時前。国内でも東京大学など各地の研究機関で大勢の研究者が、選考に当たったスウェーデン王立科学アカデミーの発表を固唾をのんで見守り、受賞決定の瞬間には、割れんばかりの大きな歓声があがりました。

初の重力波観測は、世界15か国の研究者が参加した巨大プロジェクトで、日本人研究者も多数参加し、大きな貢献をしたことが興奮の理由の一つですが、それだけではありません。重力波を捉えられるようになったことで、今後、宇宙物理学の世界では、ノーベル賞級の新たな発見が続々と報告されるだろうという大きな期待感が高まっているからなんです。

「重力波」初観測に秘められた可能性。それは、人類が、これまで見ようとしても見れなかった宇宙の本当の姿を明らかにし、宇宙誕生の謎にも迫れる大きな武器を手に入れたことにあります。日本でも来年度中に本格的な観測が始まる重力波。何がそんなにすごいのか。深遠なる「重力波」の世界に皆さんをお連れします。
(科学文化部記者 大崎要一郎)

「ことしは間違いなく重力波だ」

「彼らの発見が世界を揺るがした。全く新しく、これまで見たことのない世界を切りひらくものだ」

10月3日、ノーベル物理学賞の発表会見で、スウェーデン王立科学アカデミーの選考委員は興奮気味にアメリカの研究者3人の功績を称えました。今回、受賞に輝いたのは、マサチューセッツ工科大学名誉教授のレイナー・ワイスさん、そしていずれもカリフォルニア工科大学名誉教授のバリー・バリッシュさんとキップ・ソーンさんの3人です。

去年2月の観測初成功の発表からわずか2年足らずというスピード受賞ですが、実はそのこと自体にほとんど驚きはありません。NHKは、毎年ノーベル賞の発表にむけてさまざまな研究者にその年の注目点などを取材していますが、ことしほど1つの成果、つまり「重力波」が最有力と言われることはありませんでした。それほど重力波への注目は高く、受賞は当然のことと受け止められていたのです。

時間や空間は伸び縮みするもの

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この「重力波」、いったい何がそんなにすごいんでしょう。そこには20世紀最大の物理学者アインシュタインが深く関わっています。

私たちはふだん生活していると、時間や空間が伸び縮みするなんて、感じることもイメージすることも難しいですよね。しかしアインシュタインは、時間や空間はゆがむもので、そのゆがみは水面を伝わる波のように、宇宙を伝わっていくと予言しました。その波が「重力波」です。100年も前の予言ですが、「重力波」を捉えられるようになったことで、私たちはようやく時空のゆがみを現実のこととして実感できるようになってきたんです。

初検出には日本人が貢献

「重力波」を世界で初めて観測したのは、アメリカにある「LIGO重力波観測所」です。観測は、世界15か国から1000人を超える研究者が集まる国際プロジェクトとして進められ、日本からも多くの研究者が参加しています。

その1人、東京大学宇宙線研究所の川村静児教授は、アメリカで10年近くLIGOの建設に携わり、今回ノーベル賞を受賞することになった3人の研究者とも、家族ぐるみのつきあいをするなど親しい関係です。

「重力波」を検出する仕組みは次のとおりです。LIGOには、長さ4キロメートルもある2本のパイプがL字形に交わった形で設置されています。2本のパイプの中で同時にレーザー光を放ち、パイプの端に設置した鏡で反射させると、通常は、レーザー光は同時に跳ね返り、L字型のパイプが交わり合った場所に戻ってきます。

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ところが、重力波によって時間や空間がゆがめられると、パイプの長さが変わるため、中を通る光がわずかにずれて到達するのです。このずれ方を捉えることで、重力波が来たのかどうか、またどんな重力波だったのかも検出する仕組みです。

川村さんの仕事はその検出の感度を上げることでした。地球で観測できる重力波は、通常、宇宙空間で巨大な質量をもつ星の爆発などによって引き起こされることが多く、何億光年も離れているため、地球に到達した時点では、ゆがめる空間の大きさは、水素原子1個分よりもはるかに小さくなっています。あまりにも小さいため、その存在を予言したアインシュタイン自身が観測は不可能ではないかと言ったほどです。

雨や風などわずかな振動でも観測の邪魔になります。試行錯誤の中、川村さんは検出器の感度を1000倍も向上させることに成功し、今回の重力波観測成功に大きく貢献したのです。受賞の一報に接した川村さんは、「一緒に研究してきた仲間が受賞したことがうれしいです。受賞は95%大丈夫だと思っていましたが、もし外れたらどうしようとドキドキしていました。ノーベル賞の受賞で世界的に重力波観測の意義が認められたことは大きいと思います。私も研究への意欲が一層強くなりました。今度彼らに会ったときは、おめでとうと10回くらい言いたいです」と喜びを語ってくれました。

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東京大学宇宙線研究所 川村静児教授

宇宙空間はダイナミックに揺れていた!

重力波観測の真の意義は、単に難しいことを実現したということではありません。私たちの宇宙観を今後、大きく変えていくと考えられていることです。

おととしの初観測以降、わずか2年足らずの間に、LIGOは4回も重力波を観測しました。波形を分析すると、いずれも、太陽の数倍から数十倍という重さのブラックホールが互いに衝突し、合体するという宇宙空間の大イベントで生じた「重力波」でした。

ブラックホールは、これまで存在することはわかっていても、直接、地球から観測されたことはありません。光さえも飲み込んで出れなくするブラックホールの前では、これまでの望遠鏡のような光を使って観測する技術では限界があったからです。

そのブラックホールが、広大な宇宙空間でたびたびぶつかり合い、合体し、地球を含めた宇宙の時間と空間を大きく揺らすという、これまで思いも寄らなかったダイナミックな宇宙の姿を、重力波によって私たちは見られるようになって来たのです。

アインシュタインには脱帽…

ちなみに、なぜ検出された重力波がブラックホールの衝突・合体によるものだとわかるのか、気になりませんか。実はこれもアインシュタインのおかげです。

研究チームは、アインシュタインの理論(一般相対性理論)に基づいて、星の爆発やブラックホールの衝突などで、どのような重力波が生じるか、またその波は地上で観測するとどのような波形になるのか、シミュレーションを行っていました。

初観測の時に観測された重力波の波形をこのシミュレーション結果に当てはめてみると、太陽の36倍と29倍という重さのブラックホールどうしが衝突し、合体したことを示す波形と、ほぼ一致したんです。さらに合体によって太陽3つ分軽くなっていて、そのエネルギーが重力波として宇宙空間に放出され、時間と空間を揺らしたことまでわかったんです。アインシュタイン最後の宿題と呼ばれる重力波の検出は、アインシュタイン自身の遺産によって、豊かな情報を伴った価値ある形で実現されたわけです。

まもなく日本でも観測開始へ

LIGOによる世界初の重力波観測に世界中が興奮する中、ことし8月にはヨーロッパでも新たな重力波観測施設=VIRGOが動き出しました。先月27日には、4回目の重力波観測が発表されていますが、これは、VIRGOとLIGO、同時に成し遂げたものです。VIRGOが加わったことで、重力波がどの方向から来たか、これまでの10倍も詳しくわかるようになったということです。

欧米を追いかける形で、日本も重力波の観測に向けて準備を進めています。東京大学の宇宙線研究所などが、岐阜県飛騨市にある神岡鉱山の跡で建設を進めるKAGRAです。KAGRAは来年度中の本格稼働をめざし、建設が最終段階を迎えています。

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KAGRA

KAGRAの特徴は、雨や風といった振動の少ない地下にあるため、重力波を観測しやすいこと。そして、装置を極低温まで冷やすことで、熱による振動も抑えて非常に高い感度で検出できると期待されていることです。

LIGOの観測に貢献し、現在はKAGRAの中心的なメンバーである川村静児さんは、「世界の観測ネットワークにKAGRAが加われば、さまざまな現象をさらに詳しく調べることが可能になり、『重力波天文学』の質が格段に向上する」と話しています。

重力波による新たな天文学への期待

では今後どのようなことが期待されるのか。川村さんは、重力波を使えば、光を出さない星など、これまで見ることのできなかった宇宙のさまざまな現象を知ることができると言います。

たとえば、宇宙は今も膨張し続けていると言われているのですが、重力波を調べることで、それがどれくらいのスピードで進んでいるのかを知ることができます。そのスピードがわかれば、宇宙がどこまで大きくなるのか、このまま消えてなくなってしまうのか、それともどこかで小さくなるのか、といった宇宙の将来を知る手がかりにもなると期待されているのです。

それだけではありません。ちょっと想像することも難しいのですが、物理学の世界では、私たちの生きている縦横高さの3次元に時間を加えた4次元の世界以外に、5次元、6次元と別の次元が存在しているという理論があります。私たちはその存在を見ることも聞くこともできませんが、なんと重力だけは次元を超えることができると言うのです。将来、重力波の観測が進むと、地球に届く重力波が予測よりも少ない事実がわかるかもしれません。それが重力波が別の次元にしみ出している証拠になるのではというのです。

川村さんは「われわれがまだ考えていないようないろいろな物が見つかると思います。それによって今のわれわれの宇宙に対する理解ががらっと変わると思います」と今後の成果への期待を述べていました。

最大の挑戦「原始重力波」

さらに、世界中の重力波の研究者が、検出に挑戦しようとしているのが、宇宙の始まりからの重力波、「原始重力波」です。

現在の有力な宇宙理論では、私たちの宇宙はとてつもなく小さな状態から、ほんの一瞬で膨張し、火の玉の状態(ビッグバン)になったと考えられています。しかし、人類がこれまでに見ることができたのは、宇宙が誕生してから38万年後の様子までで、それより前は宇宙があまりにも高温高密度で、光が出てこられなかったために、今見ることはできないのです。

ところが重力波には、あらゆるものを突き抜ける性質がありますから、「原始重力波」が今も宇宙を漂っていると考えられています。これを捉えることができれば宇宙の始まりの頃にどんなことが起きていたのかもわかると期待されているのです。先ほどの川村さんによれば、「原始重力波」が見つかれば間違いなくノーベル賞級の成果だということです。

理論提唱の日本人研究者は

実は、宇宙の始まりを説明したこの理論を提唱したのは、日本人研究者の佐藤勝彦東京大学名誉教授です。1981年、アメリカ人研究者と同時期に発表した理論は「インフレーション理論」と呼ばれます。今や多くの研究者に支持される有力な理論となっていますが、その確からしさを裏付ける最後のピースが、インフレーションによって生じたと考えられている「原始重力波」の検出なのです。

すぐにでも見つかってほしい「原始重力波」ですが、これまでに検出された重力波よりもはるかに弱いため、今ある設備での検出は難しいのが実際です。そこで、宇宙に重力波検出器を作ろうという計画もあります。日本の計画では、3機の人工衛星を打ち上げ、1000キロもの間隔でレーザーの光をやり取りすることで、ほんのわずかなゆがみもキャッチしようとしています。具体化するのはまだ先ですが、実際に重力波が観測できるようになったことで、夢物語から現実的な目標になったと言えるかもしれません。

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佐藤勝彦 東京大学名誉教授

アメリカの研究者3人の受賞決定を受けて佐藤さんは、「心からお祝いを申し上げたい」としたうえで、「研究が進んで宇宙のはじまりから出た『原始重力波』が観測され、私が提唱した『インフレーション理論』が証明されることになれば、理論物理学者としてこれほどうれしいことはありません」と話していました。

重力波観測は私たちにどんな意味が

重力波の初観測は、それ自体すばらしい成果ですが、その先には多くのノーベル賞級とされるような成果が期待されていることが取材を通じてわかりました。ただ、そうした研究は今や何百億、何千億とも言われる予算を必要としています。こう書くと、「その研究が私たちにとってどんな意義があるのか」という声が聞こえてきそうです。もちろんすぐに何かの役にたつということはないでしょうし、一般の人たちに理解されない研究は、続けていくのが容易ではないとも思います。

私は取材の中で、佐藤さんにこの問いを投げかけました。佐藤さんは「私たちが暮らすこの宇宙がどのような成り立ちを持っているのか。そして、これからどうなっていくのかといった問いは、私たち人類が本能的に知りたいと願うことなのではないでしょうか。実際に多くの人たちが興味を持ってくれていることに感謝したい」と話していました。ノーベル物理学賞の発表を機に、今後どのように科学研究を続けていくのか、その意義も含めて議論が進むことを期待したいと思います。

大崎要一郎
科学文化部記者
大崎要一郎