2020年税制改正 -暮らしどう変わる-

  

2020年度の税制改正のねらいをひと言でいうと「投資への流れ」を生み出すことです。企業がためこんだ内部留保を、成長につながる投資に回しやすくすることや、「人生100年時代」とも言われる中で、個人の資金を安定した資産形成に振り向けることに力点を置きました。今後はねらい通りの成果を引き出していけるかが問われることになりそうです。われわれの暮らしに関係の深い内容を中心に、詳しくみていきます。

目次

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未婚のひとり親の負担軽減、老後の資産形成

今回の税制改正では、未婚のひとり親の負担軽減や老後の資産形成に向けた税制上の措置も焦点となりました。

未婚のひとり親支援

新たな控除の対象範囲

未婚のひとり親の負担を軽減するため、配偶者と死別したり、離婚したりしたひとり親を対象とした「寡婦控除」を未婚のひとり親にも適用します。

所得が500万円以下の未婚のひとり親を対象に所得税は35万円を、住民税は30万円を課税対象となる所得から差し引くことで税負担を軽減します。対象となる未婚のひとり親がいわゆる「事実婚」の状況にないかは、住民票の続柄の記載で確認します。一方、未婚のひとり親に児童扶養手当を年1万7500円上乗せしている臨時の措置は取りやめます。

また、「寡婦控除」をめぐっては、現在、男性だけに所得制限があり、「不平等だ」という批判があることを踏まえ、女性にも500万円の所得制限を設けます。さらに、女性よりも低く設定されていた男性のひとり親の控除額を、所得税は27万円から35万円に住民税は26万円から30万円に引き上げ、女性と同額にします。

確定拠出年金

資産運営セミナー

老後の資産形成を後押しするため、公的年金に上乗せする確定拠出年金の加入期間の延長や条件の緩和に合わせ、新たに広がる加入者も税制上の優遇措置を受けられるようにします。

今回の見直しでは、勤め先の企業が掛金を拠出する「企業型」と、個人が任意に加入する「個人型」の「iDeCo」について、これまで原則60歳未満までとなっている加入期間の上限を、「企業型」は70歳未満に、「個人型」は65歳未満まで、それぞれ延長し、現在60歳から70歳までの間で選べる受給開始年齢の選択肢を70歳以降にも広げます。

また、「企業型」に加入している会社員について、本人が希望すれば、労使の合意などがなくても「iDeCo」に加入できるよう要件を緩和するほか、企業年金のない中小企業で、「iDeCo」に加入している従業員に、企業が掛金を上乗せすることができる「iDeCo+」という制度について、対象を従業員100人以下の企業から、300人以下の企業に広げます。

これらの見直しで新たに広がる加入者についても、掛金の全額が課税対象となる所得から差し引かれる措置や、年金や一時金として受け取る際の税制上の優遇措置などを受けられるようにします。

「NISA」見直し

NISA比較の図

個人投資家向けの優遇税制の「NISA」について2024年以降、比較的リスクの低い投資信託などに優先的に投資する仕組みに改め、安定した資産形成を促します。 新たな制度では、比較的リスクの低い投資信託などに対象を限った年間、最大20万円の「積み立て枠」を新たに設けたうえで、従来のように株式に投資できる最大102万円の「投資枠」を作り、5年間で合わせてわせて最大610万円の投資が非課税になります。

原則、「積み立て枠」に投資を行った場合に「投資枠」を使えるようにしますが、株式投資の経験がある人などは、「積み立て枠」に投資しなくても株式に投資できる例外措置が設けられ、その場合、非課税の総額は510万円になります。

一方、年間、最大40万円の投資が非課税となる長期の資産運用向けの優遇税制「つみたてNISA」は、2037年までの期限を2042年まで5年間延長し、2023年までに始めれば、20年間の投資期間を確保できるようにします。

親や祖父母が未成年の子や孫のために年間80万円まで非課税で投資ができる「ジュニアNISA」は投資期限を迎える2023年末で制度を終了します。

ベビーシッター非課税

子育て支援では、ベビーシッターなど1日に預かる乳幼児の数が5人以下の認可外の保育事業についても指導監督の基準を満たせば、認可保育施設と同様に保育料にかかる消費税を非課税にします。

企業の投資、技術革新促す

また、企業が利益をため込まず、新たな技術革新などへの投資に回すよう促すための措置も柱となっています。

オープンイノベーション税制

事業会社からベンチャーへ出資

企業が配当などに回さずに蓄えとして内部に残している利益剰余金、いわゆる「内部留保」は、2018年度は463兆円に膨らみ、企業が保有する「現金・預金」も2018年度は223兆円にのぼっています。こうした資金を企業が投資に振り向ける環境を整えるため、設立後10年未満で上場していないなど、一定の要件を満たした国内のベンチャー企業に対し、国内の大企業が1億円以上を出資した場合、2020年度から2年間、出資額の25%を課税対象となる所得から差し引く税制上の優遇措置を講じます。中小企業が出資する場合は、1000万円以上の出資で同様の優遇を受けられるようにします。

その一方で、5年以内に出資先の企業の株式を譲渡した場合や配当の支払いを受けた場合には、優遇措置を受けられないようすることで、短期的な利益をねらった投資に悪用されるのを防ぎます。

財源は、飲食のために支払う交際費の半分を経費として認め、税負担を軽くする制度の対象から資本金100億円を超える大企業を外すことで捻出します。

設備投資要件の厳格化

さらに収益が拡大しているのに設備投資に消極的な大企業に対しては優遇税制の適用を厳しくします。企業が投じた試験研究費に応じて法人税の負担を軽減する「研究開発税制」などは現在、設備投資額が減価償却費の1割以下だと税の優遇を受けられなくなりますが、この基準を「3割以下」と厳しくすることでより活発な資金の活用を促します。

また、大企業に賃上げや投資を促す税制も優遇を受けるための設備投資の要件を引き上げます。

「5G」整備促進

5Gのスマートフォン

さらに、次世代の通信規格、「5G」の導入を促進するための優遇措置を設けます。携帯電話会社が、5Gの基地局を計画よりも前倒しで整備したり、地域の企業が5Gの技術を工場や建設現場などに活用してサービスを独自に展開する「ローカル5G」の設備を整備したりする場合に、2020年度から2年間、税負担を軽減します。具体的には投資額の15%を法人税から差し引くか、1年間に損金として処理できる額を30%に拡大して、法人税を軽減するかのどちらかを認めます。政府に提出する導入計画の審査で安全保障上のリスクがある部品が使われていないと認められることなどが条件です。

納税回避対策、企業の税務申告の負担軽減

企業による行きすぎた節税を防ぐ対策や企業の税務申告にかかる負担を軽減するための措置も盛り込まれました。

利益も“法人税ゼロ”回避

株式帳簿

企業が納める法人税をめぐっては決算上は、多額の利益を上げている企業が、海外にある子会社との間で株式の配当や譲渡によって巨額の損失が生じた形を取って税務上は、赤字を計上し、国内での法人税を支払っていなかったケースが問題視されています。このため、企業が50%を超える株式を保有する子会社から、1年間に、株式を取得した際の価格の10%を超える額の配当を受けた場合、株式の価格から配当額のうちの非課税分を減額して株式の評価を引き下げます。これによって、配当を支払ったあと価値が下落した子会社の株式を譲渡することで、巨額の損失を生じさせるといった納税を回避する行為ができないようにします。

富裕層の税逃れ対策

富裕層による税逃れを防ぐため、海外に資産を持つ富裕層が申告漏れを指摘された場合に、海外預金の出し入れなどの取引記録を期限までに提出できないと加算税を重くするなどの対策を強化します。また、海外の中古不動産の貸し付けで、賃貸料収入を上回る減価償却費を計上し、損失が生じた形を取って所得を少なく見せるケースがあることから、こうした損失はなかったものとみなして適正な課税が行えるよう制度を見直します。

企業の税務申告の負担軽減

企業の税務申告にかかる負担を軽減するための措置も盛り込まれました。企業は事業年度が終わって2か月以内に税金を申告することになっていますが、株主総会を開くのがそれよりあとで、決算が確定できない場合などは特例で、法人税の申告を1か月延長できます。消費税についても、同様の措置をとって申告時期が異なることによる事務負担の軽減を求める声があることから、法人税の特例を受けている企業であれば、消費税の申告も1か月延長できる特例を設けます。

また、キャッシュレス決済などの普及を受けて、企業の税務申告に必要な請求書や領収書について、データを勝手に書き換えられないシステムに保存していれば、紙で保管しなくても済むようにして、企業の事務の効率化を促します。

人口減少対策、地方活性化、その他

急速な人口減少で地域経済の縮小が進んでいることから、地方を活性化するための税制上の優遇措置なども盛り込まれました。

所有者不明土地への課税

土地の相続の際に、登記などの手続きが行われずに、所有者が分からなくなるケースが増え、所有者を探すのに膨大な手間がかかることが各地で問題になっています。こうした所有者不明の土地を減らして固定資産税を適正に課税するため、各自治体が条例で土地を相続した人に対し、登記をする前に、氏名や住所などを自治体に申告することを義務づけることができる制度を新たに設けます。また、調査を尽くしても所有者が見つからない場合には、土地を使用している人を所有者と見なして固定資産税を課すことができるようにします。

増える空き地の売却促進

地方を中心に空き地が売却されずにそのまま放置されるケースが増えていることから、空き地の売却を促して有効活用を図るための税制上の優遇措置を講じます。保有期間が5年を超えていて売却額が500万円以下の比較的低価格の土地を対象に、土地の売却益から最大100万円を差し引いて、課税対象になる金額を減らします。

企業版ふるさと納税の拡充

一方、地方の活性化に向けては、地方創生につながる自治体の取り組みに企業が寄付する「企業版ふるさと納税制度」の活用を促すため、制度を5年間延長したうえで、税額から一定の金額を控除する「税額控除」の割合を現在の3割から6割に拡大します。この特例措置とは別に、企業が自治体に寄付した場合は全額が損金に算入されるため、これを合わせると、寄付額のおよそ9割に相当する税負担が軽減されることになります。

地方拠点強化税制の拡充

また、地方に拠点を移したり拠点を強化したりする企業が、法人税などの優遇を受けられる制度についても、2年間延長したうえで、税額の控除額を引き上げるなど優遇の措置を拡充します。

日本酒の輸出拡大

海外で需要が増している日本酒の輸出拡大に向けて今は事実上、新規参入が認められていない日本酒の製造を輸出向けに限って可能にします。製造免許の取得にあたっては輸出向けであることや、国産米を使用していること、それに定期的に品質チェックを行うことなどを条件とする方向です。

自販機免税店

外国人旅行者の消費の拡大につなげようと、免税品を自動販売機で売ることができるようにします。これまで免税品の売り場には来店客の本人確認をする店員の配置を求めていましたが、地方では、人手不足でそうした人員の確保が難しいのが現状です。このためカメラや通信機能を備えた自動販売機で顔認証やパスポートの確認ができれば人を配置しなくてもよいことにします。化粧品やキャラクターグッズ、時計などの販売が想定されています。

ゴルフ場利用税見直し

ゴルフ場の利用者に、原則1人1日当たり800円が課せられる「ゴルフ場利用税」を一部、見直すことになりました。ゴルフ場利用税は、18歳未満と70歳以上の人や、障害のある人を除いてゴルフの選手も課税されていますが、ゴルフ競技の環境を整える必要があるとして東京オリンピックを含め、国際大会が開かれる場合、出場選手は非課税とします。

東京オリンピックに向けて

JOC=日本オリンピック委員会に加盟する競技団体からオリンピックのメダリストに贈られる報奨金の非課税枠が拡充されます。最大300万円としている所得税などの非課税枠を500万円に拡大し、非課税枠のなかったパラリンピックの競技団体にも同様の枠を新設します。

電力会社の事業税見直し

電力会社が自治体に納める法人事業税は、地域独占で経営が守られているなどとして一般の事業者と異なり、売上高に応じて課税されていますが、電力の小売りの自由化などを受けて、経済団体などは今の課税方式を見直すよう求めてきました。自治体側は大幅な減収につながるとして制度の維持を主張していましたが、今回の税制改正で税率や課税方式を一部見直し、減税する措置を講じることになりました。

今後検討すべき課題

今回の税制改正に向けて策定された与党税制改正大綱では、巨大IT企業などに対する国際的な課税ルールの策定に向けた提言や急速に進む少子高齢化や働き方の多様化を踏まえた年金の課税の在り方などが、今後検討すべき課題に挙げられました。

デジタル課税

GAFA

国境をまたいだデータのやり取りで利益を上げる巨大IT企業などへの課税について、世界135の国と地域でつくる国際的な枠組みは、企業の利益のうち一定の割合を国ごとの売上高の規模に応じて課税できるようにするなど、新たな課税ルールの具体策を、ことし中に取りまとめることを目指しています。

税制改正大綱では、ルールの策定に向けて、「一国主義的な課税措置で各国がばらばらに対応すれば、不確実性を増加させ、企業活動に負の影響をもたらす」として、国際合意に基づいた解決策を早期に見いだすべきだと指摘しています。そのうえで、適切に利益を計上している企業の税負担に大きな影響を与えないようにすることや、新しいルールの対象となるビジネスの範囲を限定し、定義を明確に定めることを求めています。

さらに、多国籍企業が「タックスヘイブン」と呼ばれる税率が低い国に利益を移して課税を逃れるケースが問題となっていることについて「法人税の引き下げ競争を放置すれば、どの国の財政も立ちゆかなくなる」としています。そして、投資を引き付けるための法人税の引き下げ競争に歯止めをかけ、各国の税源を守る措置を国際強調のもとで進めていくことが必要だとして、国際的な合意に向け日本が主導的な役割を果たすよう求めています。

少子高齢化、働き方多様化

急速に少子高齢化が進む中で、世代の違いや働き方、加入する年金制度の種類によって受けられる税制上の優遇措置に格差が生じることがないよう掛金の拠出や運用、年金や一時金として受け取る際の課税の在り方を検討していくとしています。

自動車関係諸税

自動車に関する税について、「電気自動車」などの新しいタイプの車の普及や複数の人が1台の車を利用する「カーシェアリング」の広がりなど自動車を取り巻く環境の変化を踏まえ、国や地方の財源を安定的に確保できる課税の在り方を中長期的な視点に立って検討していく方針を示しています。

カジノ課税の検討

さらに、カジノを含むIR=統合型リゾート施設の整備に向けて、利用者がカジノで得た所得を正確に把握して課税するための検討も挙げています。政府は、来年度の税制改正に向けた議論の中で、事業者が入場時のチップ購入額や退場時の換金額を記録する仕組みなどを設ける案を与党の税制調査会に示しましたが、「事務負担が重くなり、日本のカジノへの投資を萎縮させかねない」などと反対する意見が出されました。このため、今後、具体化する規制の検討状況などを踏まえながら事業者の負担や国際競争力の確保に配慮して検討を進めていくことになりました。

脱炭素への取り組み

一方、税制改正大綱では基本的な考え方の中で、温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」に基づいて「脱炭素化に向けた取り組みを加速することが重要だ」と指摘しました。

地球温暖化対策を進めるため、環境省は二酸化炭素に価格をつけて企業や家庭が排出量に応じてコストを負担する「カーボンプライシング」の導入の効果や課題について検討を進めていて、今後、石油や石炭に課税する「炭素税」をめぐる議論が本格化する可能性もあります。