油井秀樹がトランプ政治を斬る

“ブルー・ウエーブ”の行方

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アメリカの政党には“色”がある。与党・共和党は赤、野党・民主党は青だ。

「今回の中間選挙では青い波、ブルー・ウエーブが起きる」

この夏、ワシントンの多くの専門家はそう予測していた。反トランプ大統領で活気づく民主党が議会の下院で多数派を奪還、不利が伝えられていた上院でも接戦に持ち込む可能性がある。共和党をのみ込むかもしれない大きな青い波、それを“ブルー・ウエーブ”と呼んだ。

10月、秋の訪れを感じさせるこの街で今、ブルー・ウエーブを口にする人は過ぎ去った夏の暑さのようにすっかり少なくなってしまった。

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世論調査の分析はこの3週間に起きた下院での共和党の急激な追い上げを示している。ブルー・ウエーブは消えたのか。

「いや、ブルーウエーブは起きる。だが、それが大波なのかさざ波なのかはわからない」

そう語るのは民主党陣営で世論調査の分析を担当するフレッド・ヤン氏だ。夏の間は大波になると予想していたが、共和党の巻き返しで今では不透明になったとヤン氏は明かす。

変化

その変化を物語るデータがある。中間選挙に対する有権者の「熱意」をはかる世論調査の結果だ。

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夏の間、いくつかの調査で「中間選挙で投票に行くか」という問いに「必ず投票に行く」と答えた民主党の支持者は80%程度。共和党を10%程度上回り、より強い「熱意」を示していた。これがブルー・ウエーブの根拠の1つとなっていた。

ところが10月の調査ではこれが一変していた。共和党支持者で「必ず投票に行く」と応えた人が急激に増え、民主党と並ぶ勢いを見せていたのだ。

民主党にあった「熱意」の優位性はわずか1か月で消えてしまっていた。

中間選挙は大統領選挙に比べ有権者の関心が低く、投票率はおおむね40%前後、4年前のオバマ前政権下の中間選挙ではおよそ36%と戦後最低を記録している。

その選挙で「熱意」の優位性は選挙の行方を左右するかなり重要な要素だった。ヤン氏はこう分析した。

「民主党の熱意が高い理由は当然ながらドナルド・トランプ。まさかの敗北を喫した2年前の大統領選挙の雪辱戦であり、その屈辱を晴らそうと燃えていた。これがそのまま共和党との差にあらわれていた」

「だが」とヤン氏は続けた。

「眠っていた共和党支持者たちが目を覚ましてしまった」

目覚め

眠れる共和党の支持者たちを揺り起こしたもの。それはなんだったのか。

ヤン氏が指摘するのが、9月、アメリカで大きな論争を巻き起こした連邦最高裁判所判事の指名承認をめぐる共和・民主の争いだ。

国民を二分する問題に判断を下す最高裁判所の判事は9人。保守、リベラルのバランスは、アメリカ社会の有り様に大きな影響を与える。

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カバノー氏

その1人がこの夏、退任。後任にトランプ大統領は保守派の法律家、ブレット・カバノー氏を指名した。

これに危機感を抱いた野党・民主党は承認に激しく抵抗。その過程でカバノー氏の性的暴行疑惑が浮上した。

「35年前、カバノー氏から性的暴行を受けた」

こう告発した大学教授の女性は9月、議会上院の公聴会に出席し、被害の状況を証言した。

カバノー氏は当然、全面否定したが、どちらの証言が信用できるのかメディアは連日大きく報道した。

この論争は当初、女性候補の多い民主党の追い風になるとみられていた。だが結果は、異なる方向へと向かう。

「民主党は明確な証拠もないのに35年以上も前の話を持ち出して政治的に悪用した」
「党利党略のためカバノー氏を犯罪者扱いし、彼の一家を侮辱した」

共和党支持者を中心に相次いで批判の声があがったのだ。かつて大統領選挙の共和党の指名争いに立候補した保守派のパット・ブキャナン氏は「民主党による集団リンチ」と非難した。

民主党が激しく抗議すればするほど、民主党への批判も高まっていった。眠っていた共和党の支持者たちが目を覚ました瞬間だった。

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ボルジャー氏

共和党陣営で戦略を担当するグレン・ボルジャー氏がこう語った。

「カバノー論争が共和党の支持者に火をつけた。これを機に新たに選挙に行くと応えた人は民主党より共和党のほうが圧倒的に多かった」

もともと選挙に向けて“戦闘態勢”に入っていた民主党の支持者はこの論争でその意を固くすることはあっても、新たに何かが動き出すということはない。だが共和党は違った。カバノー論争は相対的に共和党に有利に働くことになったのだ。

もうひとつの優位性

民主党陣営で世論調査担当のヤン氏は今、議会上院で多数派を奪還することはかなり厳しい情勢になったと認める。

そもそも議会上院の選挙は構造的に民主党に不利な状況だった。改選される議席35のうち26は民主党の議席であるため、民主党の逆転にはこれをすべて維持したうえでさらに2議席上積みする必要があった。その厳しさが一層増したというわけだ。

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ヤン氏

だが議会下院ではまだ民主党に優位があるとヤン氏は分析する。

「奪還はほぼ間違いない。あとはブルー・ウエーブが大波か、さざ波かだ」

その判断基準は過半数の218議席をどれだけ上回るかだという。共和党の巻き返しを前にしてもなぜここまで自信があるのか。そこには支持者の「熱意」に加え、もうひとつの優位性があった。

実は連邦議会選挙では歴史的に現職議員の再選率が極めて高い。再選を目指せば90%の確率で当選してきたというデータがある。よって現職が多ければ多い党ほど有利になる。現職がどれだけ辞めてしまうか、立候補しないかは選挙の行方に大きく影響する。

今回、現職が引退したり、立候補しなかったりして空席になった議席は共和党で41。これに対し民主党は23で差し引き18人分、優位だというわけだ。

空席になった議席を「オープン・シート」と呼ぶが、このシートをめぐる争いこそ勝利を決するカギとなる。そして事実、その多くで接戦となっている。

これらの選挙区には2年前の大統領選挙で民主党のクリントン候補が勝利した地域が少なくなく、これも民主党に有利に働いている。

各調査によれば、民主党は資金力でもテレビコマーシャルの量でもまだ共和党を大きく上回っている。

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ペローシ氏

「今、投票が行われれば民主党は簡単に勝利する」

議会下院の民主党トップ、ペローシ院内総務は、投票まで2週間に迫った10月22日、必ずブルー・ウエーブは起きると強気の姿勢をみせた。

最後の訴え

何としても多数派を奪還したい民主党。その決め手となる最後の戦略が「オバマケア」で知られる医療保険制度の維持だ。

この廃止を訴えるトランプ大統領は、社会保障より経済政策での成果を訴え、移民問題を争点化しようとしてきた。ところが世論調査ではもっとも重要な争点に経済や移民問題より社会保障をあげる有権者が多い。

特にその傾向は民主党支持者と無党派層で顕著だ。医療費が極めて高いアメリカでは保険に入っていなければ日常的に医療サービスを受けることは難しい。

だが、日本のような国民皆保険制度がなかったため低所得者の多くが保険に加入できていなかった。これを変えたのがオバマケアだった。

「オバマケアがなくなることに強い不安を抱いている有権者が多い。誰でも平等に加入できるオバマケアに救われている人は決して少なくない」

そんな声が民主党陣営からは聞こえてくる。

医療保険制度の重要性はこの1か月間に放送された民主党候補者のテレビコマーシャルの半分以上で取りあげられている。このままではオバマケアはなくなる、共和党が勝てば再び完全廃止に動き出すと訴えて支持を広げようとしている。

この訴えに現実味を与えたのが、今月明らかになったアメリカの財政赤字の悪化だ。トランプ政権による大規模減税で財政赤字は6年ぶりの高い水準となった。このつけが将来的に社会保障費や教育費の削減につながる、そうした危機感が高まったのだ。

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制度の生みの親、オバマ前大統領も応援演説で「大規模減税は富裕層を豊かにするだけだ」と非難し、オバマケアの存続を訴えて投票を呼びかけている。

「必ずブルー・ウエーブは起きる」

社会保障を前面に掲げる民主党の最後の訴えは、果たしてトランプ大統領の強硬な主張をどこまで突き崩すことができるのか。予断を許さない情勢が最後まで続きそうだ。

油井
ワシントン支局長
油井秀樹
1994年に入局。2003年のイラク戦争では、アメリカ陸軍に従軍し現地から戦況を伝えた。
ワシントン支局、中国総局、イスラマバード支局などを経て、2016年から再びワシントン支局で勤務。
ことし6月から支局長に。

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