河野憲治がトランプのアメリカを行く

戦うシングルマザー

前回のコラムでお伝えしたように、南部テキサス州は保守層が多く、共和党の強固な地盤です。
そんな州でも、リベラルな考えのミレニアル候補が共和党の現職議員に立ち向かっています。

ニュース画像

ダラス近郊で、民主党から下院議員を目指すリンジー・フェイガンさん(32)です。ブーツが似合うテキサス女性です。
保守的な家庭に生まれ育ち、銃にも親しんでいたといいます。

両親とも共和党支持のフェイガン候補が民主党に傾いたのは、19歳のときにシングルマザーになったのがきっかけでした。

ひとりで子育てをしながら大学に通ったときに生活を支えたのが、低所得者向けに医療費や教育費を補助してくれる制度でした。かつて民主党が主導して実現させた政策です。
そして2年前、ヒラリー・クリントン氏と民主党の大統領候補の座を争った、バーニー・サンダース氏の選挙運動にかかわったことで、政治への関心が高まったといいます。

ニュース画像

とはいえ、政治経験のないフェイガン候補が、みずから政治家を目指す決意をしたのはどうしてなのか。こう話しています。

「別の学校で銃撃事件があったので、娘を学校に送る車の中で、もし事件が起きたらどう逃げるかを教えたのです。そのあとひとりになったときに、なんでこんなことを子どもに教えないといけないのか、つらくなって涙が止まりませんでした。そのとき、娘のためにも自分が立ち上がろうと決めたのです」(フェイガン候補)

フェイガン候補は、国民皆保険などと並んで、銃購入者の経歴調査の徹底といった銃規制の強化を公約にしています。
銃が身近なテキサスでは、決して人気のある主張ではありません。それでも、銃を持つ権利を否定するのではなく、精神的に問題のある人物が銃を持てないようにする現実的な法律をつくるべきだと訴えています。

選挙運動に心を込める

選挙運動は、まさに手作りです。
政治資金団体からの献金を受けないクリーンな選挙を掲げていますので、選挙資金は余裕があるとは言えません。
選挙スタッフも、当初はボーイフレンドや友人だけでした。

ニュース画像

13歳の娘をひとりにしておけないときは、選挙運動にも連れて行きます。私がインタビューした時も娘が一緒でした。有権者に支持をよびかけるはがきは、すべて手書きです。

ニュース画像

なぜフェイガン候補を支持すべきか、友人たちが一枚一枚ペンで書いて送ります。受け取った人たちも、手書きなら目を通すだろうという期待からです。

戸別訪問はフェイガン候補が自分で率先して取り組んでいます。
しかし、共和党の根強い地盤です。
ドアを開けてくれなかったり、ひどい言葉をかけられたりすることも少なくありません。選挙運動の疲労もたまるいっぽうです。

ニュース画像

ある日、私たちのカメラの前で、涙を見せたこともありました。

「何時間も電話をかけ、戸別訪問もした。ちゃんとした暮らしができないで困っている人がこんなに多いのに、みんな投票に無関心なの。アメリカをなんとかよくしようと、寝る間も惜しんでやっているのに…わかってくれない。ごめんなさい。きょうは最悪の日だっただけ。本当は明るい陽気な女なのよ」

そのあと、ビールを口にすると落ち着いたようでした。グラスを重ねるうちに、少しろれつが怪しくなっていましたが、ボランティアの人たちを前にすると、元気にげきを飛ばしていました。

ニュース画像

感情を隠さず、自分の言葉で一生懸命に訴える姿や、面倒見のいいあねご肌の性格は、若いボランティアたちをひきつけています。

「電話をかけて戸別訪問を繰り返すしかないのよ。現職の相手候補は怠け者で、なにもしていないのよ。私たちの一生懸命な姿を見せて、有権者を振り向かせるの。がんばりましょう」

いわゆるバイブルベルト(※)にある保守的な地盤で、リベラルな若手新人候補が勝利を手にするのは、決してたやすいことではありません。それでもフェイガン候補は、なんとか風穴を開けて、政治の変革につなげたいと、いちるの願いを抱いて、必死に訴えを続けていました。

こうした中間選挙での、ミレニアル世代のたたかいぶりについて、11月18日(日)午後10時からBS1で放送予定の「激動の世界をゆく」でお伝えします。

※バイブルベルト=キリスト教右派の福音派の人たちが多く住む地域

河野憲治
アメリカ総局長
河野憲治
1986年に入局。ニュースウオッチ9前キャスター。
ワシントン支局長などを歴任し、いまニューヨーク駐在。
アメリカでの特派員歴は通算13年。

河野憲治がトランプのアメリカを行く