風疹の最新ニュース

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私と同じ思いを誰にもさせたくないのです 2023年03月16日

ことし1月、娘は25歳の誕生日を迎えました。

幼いころ右耳が難聴だと診断を受けましたが、今は子どものころからなりたかった職業につき、社会人として生活しています。

「耳は聞こえない、目も見えない、脳に障害があるかもしれない 、それでも産む?」

「そのお腹のまま帰ってくることは許さない」

妊娠中、親族からそんなふうに言われても、授かった命をなかったことにはできませんでした。

娘を出産して本当によかった。会えてよかった。

でも、私と同じ思いを、誰にもさせたくないのです。

これが私の願いです。

選択を迫られて

妊娠中の大畑茂子さんと長女、次女

大阪府に住む大畑茂子さん(56)。

妊娠14週のとき、風疹にかかりました。
長女の通っている幼稚園で風疹が流行し、次女、そして自分も感染。
全身に発疹が広がり、40度を超える高熱が続いて、緊急で大学病院に隔離入院しました。
10日ほどして退院する前日、医師から思いもよらぬことばを投げかけられました。

「おろすやろ?」

妊娠中に風疹にかかって出産する人なんていない、と言われたのです。

「先天性風疹症候群」

風疹ウイルス  画像提供:国立感染症研究所

妊娠20週までに風疹にかかると、おなかの赤ちゃんの目や耳、心臓などに障害が出る可能性があることを、大畑さんは初めて知りました。

「先天性風疹症候群」

赤ちゃんに障害が出る確率は、妊娠初期ほど高く、1か月では50%以上、2か月では35%、3か月で18%、4か月で8%。

「どうやってなかったことにするん?」と助産師にたずねると、陣痛促進剤を打って出産すると説明を受けました。

「どうやって殺すん?口をふさぐん?」
「小さいからな、そのまま自分で命を終えていかはる。一緒にお空に見送ろな」

そう言われた大畑さんは、自分にできるか考えました。
でも、できない、とりあえず帰してほしいと退院しました。
決められないまま時間が過ぎていったといいます。

(大畑茂子さん)
「出産したとして、もし自分が先に死んだら、誰が障害のある子どもの世話をするのだろう、上の2人の娘たちに迷惑がかかってしまうのではないか、と悩みました。

期限が迫るなか、通院からの帰り道で駅のホームのベンチに当時2歳の次女と座っていると、涙が止まらなくなりました。

線路がすごくきれいに見えて、とにかく消えてなくなりたいと思いました。

なぜ、おなかに赤ちゃんがいるのに、私は風疹にかかってしまったんだろう…」

「命をなかったことにはできない」

そんなとき、次女が大畑さんに声をかけました。

「ちゃーちゃん(お母さん)、泣いたらあかんね」
「せやね、帰ろう」

家族が待つ家路を急ぐうちに、大畑さんの心は決まります。

「おなかに宿った命をなかったことにはできない」

悩んでいた夫も、「今、上の子どもたちが病気になったら必死になって助ける。それならばおなかの子も一緒や」と、覚悟を決めました。
過去に流産や死産を経験したことのある実母は、「産んだらええやん、何かあったら私が育てるから」と、大畑さんの決断を後押ししました。

そして、出産

大畑茂子さんの三女

妊婦が風疹にかかると、早産が多くなります。

大畑さんも、妊娠32週で陣痛が始まって大学病院に入院。
24時間点滴をして、絶対安静のまま、36週までなんとかもたせました。
その間、学生を連れて回診に来る主治医のことばに、何度も悔しい思いをしたといいます。

「この人は風疹にかかった人。これから出産します。まあ産んだあとだね。今はもう、どうしようもないから」

もう少し思いやりがあってもいいのではないかと感じましたが、「自分が悪いのだから、我慢するしかない」と、何も言えませんでした。

帝王切開の予定でしたが、大畑さんは突然破水して出産。
2898グラムの女の子が生まれました。

その後の1年間は、ありとあらゆる検査を繰り返しました。
三女は、右耳が聞こえづらい難聴であることがわかりました。

隠れて生きていくことを決めた

大畑さんと三女

近づいてくる車の低い音が聞き取りづらかったり、ふいに聞こえない側から話しかけられると反応できなかったり。

大畑さんは、事故に遭わないよう必ず道の端を歩くことや、人が話をするときは体を向けて口元を見ることなどを、繰り返して三女に教え込みました。
本人が困ることがないようにしたかったのです。
また、小学校の担任には、毎年、最初の家庭訪問で「風疹の影響で耳が聞こえづらいので、教室では前の席にしてください」とお願いしました。

しかし、三女の難聴の原因は、自分が風疹にかかったせいだと、周囲の人たちに積極的に言うことはありませんでした。

「隠れて生きていこう」

もうこれ以上、風疹にかかったことを誰にも批判されたくありませんでした。

風疹大流行  “声を上げよう”と決意

「先天性風疹症候群」が相次いで報告  国立感染症研究所のウェブサイトより

そうしたなか、2012年から2013年にかけて、日本で風疹の大流行が起きました。

報告された患者は約1万7000人。
中には妊娠中の女性もいて、生まれた45人の赤ちゃんが目や耳、心臓などに障害があり、先天性風疹症候群と診断されました。

そのうち11人は、生後1年3か月までに亡くなりました。4人に1人です。
そのほかにも、感染が判明し、中絶を選んだ女性も少なくないと言われています。数字には出ない“失われた命”があったのです。

2013年6月、先天性風疹症候群の子どもがいる親や医療関係者が集まった緊急の集会が開かれました。

赤ちゃんを抱いて参加していた女性に、大畑さんが尋ねると、女性は赤ちゃんの名前を答えてくれました。
そして、「両耳が聞こえないんです。一度でいいから自分のつけた名前を聞かせたかった」と話してくれたといいます。

そのやり取りを大畑さんは鮮明に覚えています。

(大畑茂子さん)
「ショックでした。

十数年前の自分に彼女の姿が重なったんです。
そして、自分は風疹の怖さを知っていたのに声をあげてこなかったこと、黙ってきたことを責めました。

自分が伝えていかなければいけない、もう隠れるのはやめようと思うようになりました」

1歩、前へ

記者会見する大畑さん

風疹の流行をなくすために。

大畑さんは、同じ立場の親などで協力して「風疹をなくそうの会『hand in hand』」という患者会を立ち上げました。

私(記者)が大畑さんに出会ったのはちょうどこのころのこと。
大畑さんは、報道陣がいると、ほかのメンバーの後ろに控え、さりげなく子どもたちの世話をしてサポートしている女性という印象でした。
しかし同じ立場の人たちと出会うなかで、次第に人前に出て、積極的に自分の経験を語るようになっていきました。

風疹の流行の中心は「男性」

当時、風疹の流行の中心となっていたのは、子どものころに予防接種を受ける機会がなかった20代から40代の男性でした。

風疹は免疫がない集団の場合、1人の患者から5~7人にうつすという強い感染力があります。
この世代の流行をなくさないと、抗体が少ない女性などに、職場や家庭、電車の中でもうつしてしまうおそれがあります。

ただ、風疹は1回のワクチン接種で95%の人が免疫を獲得することができるとされています。
大畑さんは、「防ぐことのできる病気なのだから予防接種を働きかけてほしい」と何度も上京して国に要望活動を行ったり、医師が集まる学会に参加したりして啓発の必要性を呼びかけました。

「自分が風疹にかかったのが悪いのに、何を言ってるんだ」

活動をしていると、そんな批判をされることもあったといいます。
ぐっと飲み込んで、とにかく表に出て伝え続けることで、徐々に賛同者が増えていきました。

思いは届いた…

2019年 風疹のワクチン接種を呼びかけるパレード

そうした活動などの成果もあり、国は、「2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでに赤ちゃんの被害をなくし、風疹の流行をなくすという目標を立てました。

そして2019年度からは、中高年世代の男性(1962年4月2日から1979年4月1日生まれ)が無料で抗体検査や予防接種を受けることができる新たな取り組みが始まりました。
この世代の抗体保有率を90%まで引き上げることを目指し、自治体が対象者全員にクーポンを発行することになったのです。

大畑さんは、「思いがようやく届いた」と思いました。

なぜ、活動を続けられるのか?

大畑茂子さん

「なぜこんなに一生懸命活動ができるんですか」

私(記者)は、大畑さんに聞いたことがあります。
どこかで、これから生まれてくる見知らぬ赤ちゃんのために、なぜここまでできるのかと。

講演の場で、「私は妊娠中に風疹にかかってしまったひどい母親です。私の話を聞いて、私のようになりたくないと思ってください」と、自身をさらけ出して語るのも、つらいことなのではないか。

大畑さんの答えに迷いはありませんでした。

(大畑茂子さん)
自分が通った道を通ってほしくないんです。

でこぼこで転んだ道があったら、後ろから来る人たちに、“この道危ないよ”と教えますよね。
そういう心境です。

自分と同じ思いをもう誰にもさせたくないんです。

コロナ禍のもとで

MRワクチンの接種

ようやく国をあげて動き始めた風疹対策。

しかし、新型コロナウイルスの流行が、影響を及ぼしました。
感染症の怖さは広く認識されるようになりましたが、受診控えなどで風疹のワクチン接種のクーポン券の利用は進まず、目標の半数ほどにとどまっているのです。

また、新型コロナの影響は子どもたちにも及んでいます。

風疹とはしかの混合ワクチン(MRワクチン)は現在1歳児と小学校入学前の1年間が無料で受けられる定期接種の対象となっています。
しかし、2021年度の1歳児の全国での接種率は平均で93.5%と、MRワクチンの2回接種が始まった2006年以降、過去最低となりました。

コロナ禍のために、子どもの接種に行かなかった保護者が増えたことが背景にあるとみられています。

20代でも“免疫が不十分”なケースが

千葉大学真菌医学研究センター 竹下健一 医師

さらに、こんなデータもあります。

千葉市と千葉大学真菌医学研究センターは、2018年からの3年間に抗体検査を受けた人のうち、20代の約2700人のデータを分析しました。

すると、男性の8%、女性の6%に風疹の免疫が全くありませんでした。
さらに男性の47%、女性の44%についても免疫が不十分でした。

予防接種をしっかり受けているはずの若い世代も、実は風疹の免疫を十分には獲得していないのではないかというのです。

風疹の免疫を十分につけるには、2回の予防接種を受けることが確実だとされています。

しかし、免疫がついていなければ、家庭で、職場で、電車の中で、どこでうつしてしまうか。
また、流行はいつなのかも予測できません。

分析を行った千葉大学の竹下健一医師は、次のように指摘しています。

(千葉大学真菌医学研究センター 竹下健一 医師)
若い世代の多くに、予防接種を受けそびれていたり、受けていても1回だけだったりするケースがあります。
さらに、一部には、時間の経過に伴って抗体が減っているケースもあるとみられています。

妊婦と接する機会が多い若い世代も感染への注意が必要なことがわかりました。
自分が予防接種を2回受けているのか、母子健康手帳などで確認したり、抗体検査を受けたりして確実に予防してほしいと思います。

二度と繰り返さないために

活動を始めて10年。
大畑さんはワクチン接種が進まず、対策が足踏みしている現状については忸怩たる思いでいます。

(大畑さん)
あせりといらだちですね。
このままでは、また流行は繰り返す可能性があります。
そのときに、風疹が怖いなんて知らなかった、防げるとは知らなかった、と、また誰かが取材に答える姿を想像するだけで、どうしたらいいのかわかりません。

クーポンの期限はあと2年です。
それまでになんとかしたい。

それでも諦めない

大畑家の三姉妹(子どものころ)

この10年の間に、大畑さんの長女と次女は結婚し、妊娠、出産を経験して母になりました。
妊娠中、2人とも大畑さんが風疹にかかった14週を迎えるときには「お母さん、このときにおろせって言われたんやな。そんな悲しいことはない」と延々と泣いたといいます。
娘たちはわかってくれている、支えてもらっているという気持ちが、活動を続ける大畑さんの背中を押しています。

三女 「その先に母の笑顔があってほしい」

25歳になった三女にも、話を聞くことができました。
三女は、「命ってすごい、自分が生まれてきたのも奇跡的なことなんだという思いは幼いときから持っています」と話しました。

そして、母親が今も風疹をなくすために活動を続けていることについて、思いを明かしてくれました。

(大畑さんの三女)
私は生まれたときからこの状態なので、実は、日常生活で支障を感じることは、あまりありません。

人のために風疹をなくそうと活動を続けている母はかっこいい。
でも、私のせいで、何年も母を苦しめ続けているんじゃないのかなと思うこともあるんです。

勝手な自分の論理かもしれませんが、単に風疹がなくなってほしいというよりも、母が活動を続け、その先に母の笑顔があるのであれば、それはぜひ、「風疹をなくす」というゴールにたどりついてほしい。
今は、そんなふうに願っています。

風疹をなくすことは「夢ではない」

二度と苦しい思いをする人がいなくなるように、風疹がなくなってほしい。

それは決して「夢」ではありません。
ワクチン接種。
それだけのことでかなう、目の前の現実なのです。

(ネットワーク報道部 山本未果)

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