あのゴールはこうして生まれた

日本の初戦、オーストラリア戦と2試合目のクロアチアとの対戦では先発メンバーから外れていた玉田選手。
コンディションを整えながらチャンスを待っていました。
日本は2試合を終えて1敗1引き分け。
リーグ突破が厳しい状況のなか、ジーコ監督が1次リーグ最終戦、ブラジルとの一戦へ大幅にメンバーのてこ入れをしました。
玉田選手もチャンスをつかんで試合開始からピッチに立っていました。
玉田さん
「状態はすごくよかったです。けがもなくて、ストレスもまったくなく試合に入ることができました。ブラジルとやれるのがもう楽しみで、スターティングメンバーで出られるのがうれしくてしかたがなかったです。ワールドカップがめちゃくちゃ特別という感覚はなくて、サポーターやメディアの数はやっぱり多いのですが、国際試合の延長線上と思っていました。ガチガチに硬くなったりもしませんでした」

前の試合のクロアチア戦で後半から途中出場した玉田選手は、初めてのワールドカップのピッチにも全く緊張せず試合に入れたと言います。
ブラジル戦のピッチにも変わらぬ気持ちで臨むことができ、0対0の前半34分、その瞬間が訪れました。
三都主アレサンドロ選手のスルーパスが前線の玉田選手に通りました。
「アレックスとの間には、あうんの呼吸があった」と反応しました。玉田選手の得意の位置、ゴール左45度で受けて、左足を振り抜きました。
強烈なシュートがゴールネットを揺らし、日本にとって待望の先制点。あのブラジルを本気にさせる衝撃のゴールでした。

サッカー人生の数あるゴールの中でも、鮮烈な記憶になっているかと思いきや…。
“歴史的なゴール”覚えていない!?
玉田さん
「実は鮮明に覚えてないんです。映像を見返すと『こういう動きしてたな』というのはあるんです。アシストしてくれたのはアレックスだったんですけど、その瞬間に何を考えていたかもあまり覚えていなくて。自分がどういう風に動いていたとか、得点を取ったときに右サイドから左サイド斜めに走りながら相手ディフェンス陣の裏を取ったというのは、鮮明に覚えていないんです。

玉田さん
本当に感覚っていうか。2回くらいゴールを見ていたと思うんですけど。ゴールキーパーがどこにいるかなどを見て、シュートは狙い通りのところに打てました」
崖っぷちの日本
日本は王者を相手に2点差以上をつけて勝たなければ、1次リーグ敗退が待っていました。
いわば「崖っぷち」の状況でした。
玉田さん
「1敗1引き分けっていう中で相手がブラジルで、もう本当に失うものがない状況だったんですね。だからもう自分たちがやるべきことをとことん追求してやることができたと思います。『当たって砕けろ』っていう精神でしたね」

一方、ブラジルは2連勝し決勝トーナメント進出をほぼ手中に収めていました。
フォワードのロナウド選手、ミッドフィルダーのロナウジーニョ選手など、スター選手をそろえたチームとの間には戦う前から精神面にも大きな差がありました。
先制点を奪われて見違えるプレーを見せたブラジルは4得点。日本は1対4で敗れ1次リーグで敗退しました。
ブラジル戦がサッカー人生の方向性を決めた

結果は日本の大敗。
それでも日本選手として、唯一ブラジルから得点を挙げた当時26歳の玉田選手にとって、サッカー人生の方向性を決めた大きな意義のある試合となりました。
玉田さん
「あの試合は、サッカー人生にすごく大きな影響を与えてくれました。あのころのブラジル代表はメンバーとしては世界最強ですが、チームとしては成り立っていないと言われていたんです。それが予選突破が確実と言われる状況で少し余裕があったんでしょうね。本当に楽しみながらサッカーをやっているのをすごく感じたんです。2勝して、ちょっとプレッシャーから解放されていたというか。でも、そういうときのブラジルって『本当に最強』なんだと思いました。

玉田さん
心の底からサッカーを楽しんでるほうが、個人としてもチームとしても、やっぱり何かプラスに働くんだなというのを感じました。あの試合で『やっぱりサッカーってこうだよな』と。今後はこういう気持ちを持ってやっていくべきだなって、メンタルの持ち方が変わりました。その気づきがあったからこそ、長くプロサッカー選手としてやれたのかなって思ってます」
玉田さんにとってワールドカップとは

玉田さんは2010年の南アフリカ大会に2大会連続出場を果たしました。
その後も長くJリーグで活躍し、昨シーズンかぎりで、41歳で現役を引退。
今はフットサル場やストレッチ専門店を営みながら、古巣のJ2、V・ファーレン長崎のアンバサダー兼アカデミーロールモデルコーチという肩書を持っています。
「指導にも興味がある」という玉田さんは、A級コーチライセンスを取得中で、Jリーグのクラブで監督として指導できるS級の受験も視野に入れています。
子どもたちの指導には、15年以上前のあの日、ブラジルの選手たちの姿から学んだ姿勢を生かしています。

玉田さん
「ブラジルほどサッカーを楽しんでいるチームを見るのは初めてでした。そういう環境で育って、さらに勝負にこだわって勝っていくという歴史があるんです。そうじゃないとサポーターが許してくれないところもありますし『そりゃ強いよな』って思いました。自分も小さいころからサッカーが楽しくてしょうがなくて、その延長線上でサッカー選手をやることができていたと思っています。だから僕のサッカー観も、まずは“楽しむ”ことなんですよ。長所を伸ばしていくほうを優先してきたので、長所を伸ばしてやっぱり自分の得意なことをすると楽しいし。長所を伸ばすことによって短所って補っていけるものなんだなって」
「指導者として年代を問わず、いろんな人に自分のサッカー観みたいなのを教えられればいいかなと思います。楽しむことがモットーですね」
日本代表へ「ミスを恐れず、チャレンジを!」
カタール大会の1次リーグで、日本はブラジルのように優勝経験のあるスペイン、ドイツと同じ組に入りました。
最後に強豪に向かっていく心構えとともに日本代表にエールを送ってくれました。

玉田さん
「ポジティブに考えてほしいですね。2006年の組み合わせを見たときは『ブラジルとやれるんだ!』って思えたんでね。だから、ドイツやスペインとワールドカップで対戦できるなんて幸せなことですし、自分と日本をアピールする絶好の場だと思います。90分間を無駄にせず、思い切ってプレーしてもらいたいと思います。ボールを取られることはすごく怖いことだと思いますが、チャレンジしないとチャンスも生まれないと思います。本当に受け身にならずに、日本の強みである組織力を最初から出して戦ってほしい」