東日本大震災 あの日から8年

(画像提供 左:小野寺誠さん 中:菅原英樹さん 右:気仙沼海上保安署)

8年前の3月11日、東日本大震災の被災地を襲った“黒い津波”。多くの人が目撃したにもかかわらず、その実態はよくわかっていません 。今回、NHKではこの“黒い津波”を徹底的に解析。すると、“黒い津波”が被害を拡大させていた実態が見えてきました。 “黒い津波”とはなんなのか? 被害を拡大させた原因とは? その実態に迫りました。

8年ぶりに見つかった“黒い津波”

平成30年秋、黒い津波について取材を始めていたNHK仙台放送局の取材班に一通のメールが寄せられました。「震災当時に採取した“黒い津波”を今も保管している」というのです。早速、取材班が向かったのは、宮城県気仙沼市。そこで目にしたのは、4リットルのペットボトルに入った黒い水でした。

ペットボトルの黒い波

水を保管していた上田克郎さん。震災の翌日、海沿いで箱の中に黒い水がたまっているのを見つけました。上田さんはその水を容器に移し保管。震災の記憶を伝えようと、被災地を訪れるボランティアなどに見せてきました。
震災から8年、一度も開封することなく、当時のままの状態で残されていました。

上田さん

「単純な水ではなく、町を破壊し、人をのみ込んだのは黒い水だった。どういうものが含まれているのかを分析し、将来の防災に繋げてほしい」(上田さん)

“黒い津波”の威力

NHKでは津波のメカニズムを研究する中央大学、有川太郎教授らとともに、提供を受けた“黒い津波”を解析。その結果、黒く見える部分の主成分は海の底に沈殿していたヘドロでした。密度は1リットルあたり1130グラム。通常の海水に比べ、10%重くなっていました。
有川教授が特に注目したのは、粒子が極めて小さいことです。平均7マイクロメートル、最も小さいものは4マイクロメートル。1ミリの1000分の1単位の細かい粒でした。

津波実験

“黒い津波”が何をもたらしたのか。まず、分析したのは津波の先端部分の力です。水にきわめて細かい粒子を混ぜて通常の水より10%重くし、今回見つかった“黒い津波”を再現。壁に衝突する時の力を比べる実験を繰り返しました。

“通常の水”   → 256kg重/㎡
“黒い津波”   → 556kg重/㎡

単純計算では“黒い津波”と“水”の差は、重さの違いと同じ10%差=約280重/㎡になるはずでした。ところが実験を繰り返すなかで、“黒い津波”の力は、最大で556kg重/㎡を計測。想定の2倍の力が発生していました。

津波実験アップ 波盛り上がり

その原因は、波の形です。細かい粒子が含まれる“黒い津波”は、波の下の部分で地面との抵抗が生じます。一方、波の上の部分は抵抗が小さいため、後ろから来た波が乗りあげ、波の形が盛り上がるのです。その結果、波が立ち上がる形で壁にぶつかり、威力を増していたのでした。

気仙沼流される建物

さらに有川教授は、“黒い津波”によって、建物を浮かせる力=浮力も増していたと指摘します。有川教授は住宅が流されている映像を見ながら「一般的な木造家屋の場合、2~3mの浸水で流されるとされていますが、それより低いにもかかわらず、住宅が流されている」と解説します。水の密度が増したことで、浮力も大きくなっていたのです。
そして、流された建物が次の建物を押し流すことで、ガレキを巻き込みながら、破壊力を増していきました。

中央大学 有川太郎教授

有川教授は“黒い津波”が、被害を拡大させていた可能性を指摘します。
「今回ペットボトルで見つかった水より、もっと濃い部分では、重さの違いが20%や30%だった可能性もあり、さらに大きな影響が出ていたかもしれない。“黒い津波”について調べていくことが、今後の防災減災につながると思う」

その正体は“ヘドロ”

大きな破壊力を持った“黒い津波”はどこからやってきたのか?
私たちは気仙沼湾に潜りました。震災前の調査で水深6メートルとされた場所は、水深13メートルに深くなっていました。巨大津波が海底を大きく削り取っていたのです。そして、深くなった海底に堆積していたのは黒いヘドロでした。海底のヘドロが、“黒い津波”の正体だったのです。

気仙沼の津波の研究を続けている関西大学の高橋智幸教授が、最新のシミュレーションをもとに、“黒い津波”がどう発生するかを説明してくれました。

CG

気仙沼湾に押し寄せた津波は、湾の狭くなった場所で行き場を失い、通り道を広げようとします。特に海底を掘り下げ、大量のヘドロを巻き上げます。シミュレーションでは、気仙沼湾全体で推計100万トン分の海底が削り取られていました。

CG

そして、通り道が広くなると、ヘドロを含んだ津波が、一気に湾の中に流れ込んでいったのです。湾に入る津波の量は1秒あたり4万4000立方メートル。海底が掘り下げられたことで20%増加しました。

津波の量が増えた結果、水位は急激に上昇していきます。シミュレーションの結果、湾の奥にある鹿折地区では、“黒い津波”では、津波到達から30秒足らずで大人の膝の高さまで達していました。海水だった場合と比べ、同じ時刻での高さは2倍になっていたのです。

「避難しなければならない時に、10秒とか30秒の差は大きく、その差によって、津波にのみ込まれたり、逃げられなくなったりしてしまうこともあります」(高橋教授)

死者を増やした可能性も

津波アンケート

“黒い津波”の影響で、命が奪われていた可能性もわかってきました。

東日本大震災では犠牲者が多かったため、亡くなった人の解剖はほとんど行われませんでした。死因の9割が「溺死」と判断されていて、一人一人の亡くなった状況は詳しくわかっていません。そこで、NHKは、東日本大震災で検視にあたった法医学者118人のうち連絡がついた87人にアンケートを行い、30人から回答を得ました。

法医学アンケートロング

津波が砂や泥、ガレキなどを巻き込んで押し寄せたことが死者の増加につながったと感じるかたずねたところ、「感じる」が15人、「どちらかといえば感じる」が9人。“黒い津波”が死者の増加に影響したと答えた人が8割を占めました。

「溺死と判断したほとんどの遺体には口に土砂が付着していた」
「黒い波に入ってしまうと視界が奪われ、動作がしづらくなっていたのでは」

東北医科薬科大学 高木徹也教授

300人以上の検視を行った東北医科薬科大学の高木徹也教授は、今回見つかった“黒い津波”が入った容器にへばりついていた黒い塊に注目しました。粘りをもった塊となったことで、危険性が増したのではないかと指摘しています。

「ヘドロのような重い水とか異物の場合は、のど元や気管支などを詰まらせる原因になります。純粋な水じゃなかった分、死者を増やした要因になっているのではないか」

忍び寄る“津波肺”の恐怖

“黒い津波”は、津波から生き残った人たちにとっても脅威となりました。津波を吸い込むことによって、重度の肺炎を引き起こしたのが「津波肺」です。
今回見つかった“黒い津波”の場合、粒子は小さいもので、およそ4マイクロメートル。肺の一番奥まで達するほど細かいものも含まれていました。さらに油や重金属など、さまざまな有害物質が検出されていて、肺の炎症につながったとみられています。

津波肺CG

津波がさまざまなものを巻き込んで人体に入る中、肺だけでなくほかの臓器にも影響を及ぼしていたケースもありました。津波肺と診断された女性は、肺の中からカビが検出されました。その後、カビは肺の中で増殖。血液を通じて、脳にまで達し、脳膿瘍という病気を引き起こしたということです。

さらに、黒い津波は乾燥して粉じんとなったあとも、健康への影響が続きます。気仙沼市の女性は、自宅から流された物を探し回るうちに、重い肺の病気を患いました。大量の粉じんを吸い込んだことが原因とみられます。肺の洗浄をおこなうことで一命を取り留めましたが、1年以上入退院を繰り返しました。

岩手医科大学 櫻井滋教授

災害時の感染症に詳しい岩手医科大学の櫻井滋教授は、“黒い津波”の危険性をもっと多くの人が把握するべきだと指摘しています。
「黒い波が押し寄せると、完全に汚水プールの中に町が沈んでいる状況です。乾いたあとも、吸い込むと長期間にわたって体に害があり、まるで時限爆弾のような危うさがある」

全国どこでも発生のおそれ

ヘドロ

“黒い津波”は東北にかぎらず、入り組んだ湾や港がある場所では、全国どこでも発生するおそれがあります。“黒い津波”の脅威にどう備えるのか、研究が始まっています。
埋め立て地が点在し、水路が張り巡らされた川崎市。東北大学などの研究チームが調査したところ、運河に“黒い津波”のもととなるヘドロが堆積していて、“黒い津波”となって押し寄せるリスクがあることがわかりました。

アプリ訓練

“黒い津波”から、どうすればスムーズに避難できるのか、最新のアプリを使った実証実験も始まっています。
このアプリは、通行できなくなっている場所を撮影して投稿することで、情報を瞬時に共有することができるうえ、避難場所までの最短ルートをさぐることができます。
去年12月に行われた訓練では、アプリを利用したグループは、“いつもの道”を避難したグループと比べて、7分早く避難することができました。

今村教授

東日本大震災から8年。“黒い津波”の研究は始まったばかりです。全国の津波の研究を進めている東北大学災害科学国際研究所の今村文彦教授は次のように訴えています。

「黒い津波は重い津波で破壊力が大きく、人への危険性も高い津波だ。同じような地形の地域はいつどこで発生してもおかしくないので、通常のこれまでの津波のイメージを変えた上で、素早い避難を徹底していく必要がある」

取材 仙台放送局 成田大輔
制作 ネットワーク報道部 管野彰彦