連動企画見えてきた“河川津波”の脅威 命を守る備えは

東日本大震災で沿岸部に甚大な被害をもたらした津波は、河口から遠く離れた内陸部でも猛威を振るっていました。
川を遡った津波です。NHKは専門家の協力を得て、川を遡る津波の動きや威力を解析。見えてきたのは、陸地よりも速い速度で進み、堤防を乗り越えていく“河川津波”の猛威でした。この“河川津波”は、南海トラフ巨大地震でも、大阪や愛知、高知など広い範囲で被害をもたらすと想定されています。震災の発生から7年。命を守るために、今できる備えとは。

脅威1

津波は内陸でも猛威

宮城県と岩手県を流れる北上川。震災で津波が最も海から遠くまで遡上した川です。津波は河口から49キロ上流まで達し、被害は河口から12キロ付近までおよびました。流域の石巻市北上地区と大川地区は、川と海からの津波で住民600人以上が犠牲になりました。

北上川を遡る津波を目撃した高橋和也さん。高橋さんは河口から約3キロの場所でその一部始終を撮影していました。

高橋さんは、津波が川を遡ってきたことに驚いて、撮影を始めました。その30秒後、今度は激しい津波が迫っていることに気づき、高台に避難。津波は、濁流となって堤防を越え、家々を飲み込んでいきました。撮影を始めてから、わずか5分間の出来事だったといいます。

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今回、NHKは東北大学の田中仁教授と津波のデータや目撃証言などを基に、北上川を遡上した津波を解析しました。
その結果、海から河口に流れ込んだ津波の量は、1秒間に約13万立方メートルに達し、北上川の平均的な量の600倍に上っていたことがわかりました。遮るものがない川では、陸上に比べ1.5倍の早さで遡上し、時速40キロに達したところもありました。

脅威2

海と川から 逃げ場なく

内陸の市街地に到達した“河川津波”は、予想もしない形で人々を襲うこともわかってきました。

仙台に隣接する宮城県多賀城市。大型商業施設やマンションが建ち並ぶ、人口6万人の都市です。震災前は、ほとんどの地域で津波の浸水は想定されていませんでした。

地震が起きたあと、多くの人は、海から離れた方向に避難。市内を流れる砂押川を越えた場所にある高台の避難所を目指していました。しかし、地震からおよそ1時間10分後、この川から津波があふれ出し、避難する人たちの行く手を阻んだのです。

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NHKは東北大学の今村文彦教授とともに、多賀城市の市街地の地形や当時の建物を忠実に再現し、津波の動きを解析しました。その結果、川から津波があふれ出したあと、さらに海からも津波が押し寄せたことで、取り残された人たちは、わずか数分で避難する道が絶たれてしまったことが分かりました。

脅威3

“都市型激流” 加速する津波

町なかに頑丈な建物が立ち並ぶ都市の構造自体が、被害を拡大させる要因になった可能性も浮かび上がってきました。

津波は、建物に遮られて水位が上昇、建物の隙間に流れが集中し、一気に速度を上げていました。そのスピードは最高で時速30キロ以上に達していました。さらに、激流は道路を水路のようにつたい市街地へと進入。コンクリートの建物にぶつかって向きを変え、複雑な流れとなっていったのです。多賀城市では188人が死亡し、被害は幹線道路沿いに集中していました。

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今村教授は、都市の構造が被害を拡大させたと指摘し、次のように話しています。

「建物の密度が高い中で、津波の流れが非常に激しく複雑になるので、これはいわば、“都市型激流”といえます。逃げる手段や時間が無いのが、都市の怖さです。」

南海トラフ巨大地震 “河川津波”が脅威に

3万本余りの河川が流れる日本列島。どこにどんな危険があるのか、調査・研究が進んでいます。今後の発生が懸念される南海トラフ巨大地震。愛知県や高知県など広い範囲で、“河川津波”が発生する可能性があります。

こうした状況に特に危機感を強めているのが大阪府。880万人が暮らす大都市に174の河川が流れています。

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国が公表した大阪府の被害想定では、浸水地域は海岸近くにかぎられています。しかし、大阪府は川の堤防や水門などが機能しなくなることを前提に最悪の事態を想定。“河川津波”の影響も考慮して独自に想定を見直した結果、浸水地域の面積は3倍以上に拡大しました。
府の想定では、避難が遅れるなど最悪の場合、犠牲者の人数は国の想定の10倍以上、最大13万人になるとされました。

命を守るために 今できる備えは

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“河川津波”を想定して、大阪府では今対策が始まっています。
川の堤防の耐震補強や水門の改修工事が進められていて、大阪府はまず、こうした対策で犠牲者を10分の1以下に抑えようとしています。そして避難を徹底させることで、犠牲者をできる限り減らす計画です。
住民たちも動き出しています。
2つの川に挟まれた大阪市西淀川区の佃地区では、いち早く安全な場所に避難するため、マンションなどの高い建物に逃げる「垂直避難」を取り入れました。東日本大震災後、住民同士の話し合いによって、地区のマンションなど15か所が災害時の避難所として解放されることになりました。

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IT技術を活用した対策も始まっています。
京都大学の矢守克也教授が開発した避難訓練のためのアプリです。それぞれの町に流れ込む海や川からの津波の動きを予測、GPS機能から割り出した位置に、あとどれくらいの時間で津波に追いつかれるかが分かる仕組みです。

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大阪市に隣接する堺市の浜寺地区では、住民がこのアプリを使って避難訓練を行いました。

この地区では、海と川から津波が流れ込むことが想定されています。

用意されたルートは2つ。
参加者たちはまず道幅が広い、川沿いのルートを進みました。海からは離れるように進んでいましたが、突然、津波に追いつかれてしまいました。速いスピードで遡上する“河川津波”に先回りされてしまったのです。その後、川沿いを避けるルートを試したところ、同じ時間が過ぎても津波に遭遇せず、この日想定した避難場所まで、たどり着くことができました。

矢守教授は次のように話します。

「それぞれの地域に、地形的な特徴があり、建物の密集など社会的な特徴もあります。このような地域特性を考慮することは、全国どこでも非常に大事な要因だといえます。」

取材 仙台放送局 成田大輔
制作 ネットワーク報道部 管野彰彦