人をつなぐ“映画の上映会” 続ける男性の思い

私は映画が大好きです。気になる作品があれば1人で映画館に行き、旧作のDVDを借りて自宅で1人観ることも多々あります。「映画のない日常は考えられない」と考えている私のような人は、決して少なくないと思います。でも、12年前、映画のいちばん近くにいたのに「いまは映画なんてなくていい」と思った人がいました。
東日本大震災からもうすぐ12年。その人はいま、被災地で、映画の力を信じて走り続けています。
(盛岡放送局 記者 矢野裕一朗)

交流を生む上映会

2月14日、大槌町の公民館で行われた映画の上映会の様子です。集まった人はほとんどが、震災後にこの地域に移り住んできた人たち。近所どうしもいれば、知らない顔も。そうした人たちが同じスクリーンを見つめます。
この日上映されたのは、70年ほど前に撮影されたモノクロの日本映画です。懐かしいシーンには思わず笑みもこぼれます。

上映会のねらいは参加者どうしの交流です。取材で訪れたこの日は上映が始まる前から「久しぶりだね」といった声が聞かれ、にぎわっていました。顔見知りも、初めて会った人どうしも会話が弾みます。

参加した男性
「おらたちはみんな集まってるでしょ、いろんな場所からの寄せ集め。だからこういうきっかけがないとなかなか気を許せるようにならないんです」。

参加した女性
「近所でもおはようございますって挨拶くらいはするけど、一緒にお茶を飲んだりする機会がないから、ここに来て映画を観て“懐かしいね”とかって話すのはいいね」。

“非常時に映画はいらない”

上映会を開いたのは宮古市の映画館の支配人、櫛桁(くしげた)一則さん。東日本大震災の2か月後から被災地を回って上映会を開いてきました。来てくれた人に映画を観て喜んでもらうことがやりがいだといいます。櫛桁さんの映画館は震災で被害を受けませんでしたが、2週間、休館しました。
映画館のある宮古市にも大きな被害が出ている状況で、いまは映画どころではないと考えたのです。

2011年3月 宮古市内

櫛桁一則さん
「食べ物とか水とか住むところとか、そういうものが最優先になっている状態で、果たして映画って必要なものかどうかというと、多分その時点ではなくてもいいものだったと思うんですよ。私は映画の仕事しているけれど、頭から映画はなくなりましたね」。

その2か月後。櫛桁さんは宮古市内の避難所を訪れ、初めての上映会を開きました。映画を見せている場合なのか、まだ迷いはありましたが、自分にできる支援をしようと思い立ったといいます。
娯楽のない場所での上映会は大盛況でした。

2011年5月 上映会で笑顔を見せる子どもたち

櫛桁一則さん
「映画の仕事していると映画館の中に入って客席を見ることはありません。基本的には事務所にいて収支や動員のことで頭を悩ませたりしているのですが、上映会では自分も一緒に映画を観ます。すると、子どもたちが映画のキャラクターに向かって“逃げろ逃げろ”って。一人の子が言いだすとみんなでわーって“逃げろ逃げろ”って言っていました。それまで映画は静かに観るものだと思っていたから初めての体験だったんです。こんなにお客さんって反応するんだと本当に驚きました」。

喜んでもらう喜び

2011年11月 仮設住宅での上映会(提供:櫛桁一則さん)

「被災した人たちに映画は必要なものだ」と確信した櫛桁さんは、仮設住宅や災害公営住宅を回って上映会を行うようになりました。参加者の多くはお年寄りでしたが、みんな子どものようにリアクションをとりながら映画を観ていたといいます。「震災のあと初めて笑えた」と話してくれた人もいました。
上映会は年間でおよそ100回、12年間では1000回以上に上り、内陸部の災害公営住宅にも出張しています。活動費には県の補助金があてられていて、観に来た人たちから料金は受け取っていません。
上映会を続けるうちに櫛桁さんは、映画を観終わった人どうしが話に花を咲かせている光景を何度も目にしました。このため上映会では、お茶やお菓子を用意して、集まった人たちには気軽に話をしながら楽しんでもらえるよう工夫しています。

櫛桁一則さん
「映画を観たあとって感想とかを話したくなりますよね。そういう話をしている間に、それまで全然知らなかった人と映画の感想を話しただけで、それまであいさつもしなかった人たちが顔を知って、あいさつができる関係になったり。そういうことが広がっていくとうれしいなと思うようになりました」。

交流の“種まき”を

櫛桁さんの活動はしだいに注目を集め、去年には自治体の協力も得て、100人ほどが参加した野外上映会も開催しました。櫛桁さんのもとには「上映会を開きたいのでやり方を教えてほしい」といった依頼も舞い込むようになりました。この日開いたワークショップには、沿岸の各地でまちおこしに取り組む人などが参加しました。
「上映会をやるときには必ずチラシを作って、宣伝する期間を設けましょう」。「作品を決めたら配給会社を確認しましょう」。会場の選び方や予算の決め方まで、これまでに培った経験を惜しみなく伝えます。

ワークショップに参加した男性
「人が集まるということもいいのですが、映画を観るという行為自体が人を豊かにしてくれると思うんです。上映会を開くことでみんなでそういうものを分け合えるといいなと思います」。

櫛桁一則さん
「人間って感動できる唯一の動物だってよく言われますが、そういうものがないと本当に生きていけないと思います。さまざまな人たちに映画の上映会の作り方を伝えていますが、そういう活動がどんどん芽を出していって、さまざまなところで上映会が広がっていくとうれしいです」。

おわりに

いま、被災地では自宅の再建や災害公営住宅への入居は一段落しました。ただ、新たに移り住んだ場所では、自治会の高齢化に新型コロナの影響も相まって地域での自主的な活動は大きく減っていて、自治会そのものがなくなってしまったところもあります。
こうした状況で、櫛桁さんが震災直後から続けてきた上映会は、震災からもうすぐ12年となるいまでも住民にとって大きな楽しみになっています。それは映画を観る楽しみだけではなく、地域の人と同じ空間で同じ映画を観て、心を通わせることができる楽しみなのだと思います。
「心の復興」に「コミュニティーの再生」といった、目に見えない復興をどう進めていくのか。各地で模索が続く中、人と人とをつなぐ上映会の取り組みがいま、浸透してきています。

顔写真:矢野 裕一朗

盛岡放送局 記者

矢野 裕一朗

2018年入局
警察・司法取材を担当し、現在は県政全般・医療・選挙の取材を担当
好きな映画は「天使のくれた時間」