「あの時、もし…だったら」
デジタルで“次の災害”に備える

「もし被害の全容がもっと早く分かっていたら…」
「あの時、物資が届いていれば…」
地震や大雨などの災害が起きるたびに繰り返される「もし…だったら」。
特に、大災害の後の“情報不足”は大きな課題になってきました。

デジタル技術が発展した今、11年前の東日本大震災当時は考えられなかったことが「現実」になろうとしています。
(仙台放送局記者 高垣祐郷)

AIを避難所運営に生かす

先月、仙台市の小学校で災害時の避難所を想定した実験が行われました。

入り口に設置された巨大ディスプレーの「カメラ」で避難所に入る人を撮影。その画像をAI=人工知能が解析し、性別や年齢などの情報を自動でデータ化します。

実験の参加者はカメラの前に立ち止まる必要はありません。

参加者の一人は「撮影されていることも気づかず、少し驚いた」と話していました。

ショッピングセンターや飲食店で客層の把握にも使われている技術が応用されています。

東日本大震災“情報伝達の遅れ”が契機に

仙台市職員 柳田 傳子さん

「避難者の人数を把握するだけでも精いっぱい。子どもが多いとか、女性が多いとかは推測に頼る部分も多く、きめ細かい対応は当時は難しかった」

そう話してくれたのは仙台市職員の柳田傳子さんです。

11年前の東日本大震災当時、区役所で支援物資の分配を担当していました。

地震当日、仙台市には170余りの避難所が設置されました。
およそ7万人が身を寄せ、避難所は大勢の人で混雑していました。

しかし震災直後、電話や無線などの通信手段はほとんど使えなくなっていました。

このため、避難所で「いま何が必要なのか」という情報を伝えるには、避難所にいる市の職員が役所に直接出向くしかありませんでした。

役所に集まった情報も限られた職員がとりまとめていたため、対応はパンク寸前。

情報の仕分けに予想以上に時間がかかったり、対応できなかったりした情報もあるといいます。

困難を極めた避難所との情報のやりとり。柳田さんは当時を振り返って「物資を必要とする人に届けられず負担をかけてしまったことは本当に悔しい」と話していました。

避難所⇔役所 リアルタイムで情報共有

災害時の情報伝達をどうスムーズに行うか。この問題の解決を目指すのが今回の実験です。

集まった情報は災害時に強い通信システムでリアルタイムに役所と共有します。

例えば、子どもが多い、女性が多いなどの傾向がつかめれば、粉ミルクや生理用品などをニーズに応じて配分できるようになるといいます。

仙台市では持病やアレルギーがあるかないかなど、プライバシーに関わる情報はスマートフォンなどで個別に入力ができるようにしたいと考えています。

仙台市 御供 真人係長

仙台市防災計画課 御供 真人係長
「災害対応では初動が特に重要になり、その初動を方向づける情報収集が肝心になる。避難所で、老若男女さまざまな人のニーズに応えていくには最後は人の力頼みになるが、その力をより弱い人、必要としている人に向けるために、技術による省力化は欠かせない」

住民発信の情報 DXで

デジタル技術で社会課題の解決を目指す「DX=デジタルトランスフォーメーション」。

こうしたDXが、実際の災害で住民の不安解消に役立ったケースがあると聞いて福島県南相馬市を訪ねました。

市では震災直後、原発事故の影響もあり、市民から役所への問い合わせで内線電話は話し中の状態が続きました。

職員間の連絡や災害対応にも支障が出たといいます。

そこで市が注目したのが通信アプリの「LINE」です。

このアプリを活用した災害情報共有システムをおととし導入しました。

あらかじめ市と友達になった市民が災害時に被害の情報を自主的に投稿する仕組みで、およそ4000人が登録しています。

効果はさっそく現れました。

去年2月に福島と宮城で最大震度6強を観測した地震。

この時、南相馬市のLINEには24時間で145件の情報が寄せられました。

LINEに集まった情報は、携帯電話の位置情報を元に、被害の場所が自動で地図に示されます。

真ん中の数字はその地区で寄せられた情報の数です。数字の周りの色はAIで選別された災害の内容です。

このとき最も多かったのは「水道トラブル(円グラフの緑色の部分)」。

「水の濁り」や「断水」などの情報が多く寄せられました。

この情報を元に市がトラブルの原因を調べた結果、設備に問題ないことがわかり、住民に早い段階で水道が復旧する見通しを知らせることができたといいます。

南相馬市危機管理課 鈴木 隆一課長

南相馬市危機管理課 鈴木 隆一 課長
「災害対応の課としては、電話対応ですべての時間がとられてしまうことがいちばん大変な状況。そういう意味では市民に災害の場所を自主的に投稿してもらえるのはとても助かっている。とりわけ近年、災害が大規模化・頻発化しているので、行政と市民が一緒になって協力しあう災害対応を行うということが必要だ」

災害列島・日本 最新技術で“次”に備える

「デジタルと防災」に詳しい専門家は、災害が多い日本だからこそ、その経験を技術に生かして防災に役立てることが重要だと指摘しています。

防災科学技術研究所 臼田 裕一郎センター長

防災科学技術研究所 総合防災情報センター 臼田 裕一郎センター長
「東日本大震災の後も、さまざまな災害が起きる中で蓄積された経験がテクノロジーに反映されていくことが、とても重要になってくる。一回できあがった仕組みも10年、20年そのままでいいと言うことはなく、さまざまな災害で浮かび上がった課題をそのたびに解消して適応していく。防災・減災のためにはそれを繰り返すことが不可欠です」

どれだけデジタル技術がすぐれたものでも、電源と通信設備が使えなければ、ただの“絵に描いた餅”です。

この問題に対応しようと、東日本大震災の被災地では、非常用電源として太陽光発電と蓄電池を避難所に設置したり、災害に強い通信システムを取り入れたりするなど、対策が進んでいます。

最新のテクノロジーを活用して、いつ来るか分からない“次の災害”にどう備えていくのか、その研究に終わりはないと感じました。

顔写真:高垣 祐郷

仙台放送局記者

高垣 祐郷

2014年入局
山口局、秋田局を経て3年前から現所属