捕虜収容所の苦境描いた日記
出版から40年でなぜ注目(2019年8月13日 名古屋局 早川きよカメラマン)

太平洋戦争のフィリピンでの戦いに従軍した技術者が残した絵日記に、新たな光が当たろうとしています。出版されたのは40年前ですが、技術者の孫が日記の英語版をネットで公開したところ・・・

描かれたのは“裸の”人間たち

その絵日記は、軍隊手帳や、捕虜収容所で手に入れた廃材をノートに仕立て、医薬品を絵の具代わりに描き続けられました。

9冊の日記には、戦場での一人一人の人間のありさまがつづられています。

フライパンを片手に残飯をあさりに行く、やせ衰えた日本兵。
捕虜になったとたん、将校たちがタバコ欲しさに日の丸をアメリカ兵に差し出したり、カエルを捕って食べようと一糸まとわぬ姿で追いかけたりなど、捕虜収容所での光景が細かに描かれています。

“地獄”を生き延びて描き続けた日記

日記を書いた小松真一は東京都出身で、陸軍からガソリンに代わる燃料の製造を命じられ、昭和19年1月にフィリピンに派遣されました。

戦況が悪化する中、“天王山”と決めてのぞんだフィリピンの戦いで日本軍は、アメリカ軍の圧倒的な火力の前に約50万人もの将兵が命を落としました。

小松もネグロス島で軍とともにジャングルの中をさまよい、何度も死にかけながらも生き延びて捕虜となったのち、日記を戦友の骨つぼに隠して帰国します。

昭和48年に61歳で亡くなったあと、長く銀行の貸金庫に保管されていた日記を親族が見つけ、昭和50年に「虜人日記」として出版されました。

「やってみたら」で
始めたネット公開

出版から44年がたつ今、「虜人日記」に新たな光が当たろうとしています。
孫の小松志行さん(43)は、仕事で培ったウェブ制作のスキルを生かして、7年前に「虜人日記博物館」と名付けたサイトを立ち上げました。

日記の原本を撮影した画像に解説を付けて公開し、動画も制作しています。

虜人日記のサイトはこちら (NHKのサイトをはなれます)

虜人日記は一度世に出て評価は得たものの、志行さんは、今は本が手に取って読まれることはなかなか無いと思っています。ネットに公開することで、本に接しない人たちにも虜人日記を知ってもらえるのでは、と考えたのです。

そんな志行さんもサイトを立ち上げる前の30代の頃は、戦争や、それを伝えることに対してまったくと言っていいほど関心はありませんでした。

むしろ、毎年8月になるとマスコミで盛んに取り上げられる戦争の悲惨な話は、苦手だと感じていました。

小松志行さん:
「(当時の)職場の上司が、『これ(虜人日記)は日本人のものだけじゃなくて、世界の宝だよ』と言うのを聞いて、『え?そんなにすごいと思っているんだ』と驚きました。それから興味を持つようになって、ネットで掲載することを親類一同に相談したら、『やったらいいんじゃないの』っていう感じだったので」

始めてはみたものの、ネットでもなかなか反応が広がらない日が続きました。

「戦勝国」から寄せられたコメント

しかし今、意外なところから関心が集まり始めています。

海外で暮らす伯父に協力してもらい、2年前から公開している英語版に、アメリカからコメントが寄せられるようになったのです。

「すばらしい」
「身近に感じて心に響いた」
「他の人にも伝えたい」

戦勝国で、遠い世界の出来事であるはずの彼らに響いたのは、自らの事のように感じられる表現の細かさでした。

例えば日本兵がアメリカ軍に投降するその日の灼熱の暑さや、道ばたに咲いていた花。誰もが白旗を持つのを嫌がったことなど、一人一人の心情に触れられる描写が、時間と国境を超えて人々に届いているのです。

「おじいちゃんの日記」をどうつなげていくか

祖父の日記の力を感じた志行さんは、この夏、愛知の実家に戻り、両親とともにあらためて原本を見なおしてみました。

貸金庫に保管してあった原本と向き合うのは6年ぶりです。

「あ、何か書いてある」

志行さんの目にとまったのは、日記の間に裏返しにして挟まれていた、はがきでした。

(はがきより)
“マニラで別れた旧友の90パーセントが戦病死した。あの人々に比べれば、帰りが遅れるくらい文句を言えず。皆様によろしく。 小松真一”

日記とはまた違うその肉筆は、会ったことのない祖父の生の声を聞いた気にさせました。

小松志行さん:
「こんなのがやっぱり何十年もあとで読まれるなんて、時代の一コマの、誰も読んでいないメッセージだから不思議な感じがします。帰国できなかった方たちもいると思うし、(虜人日記には)そういういろんな人の思いもこもっているんじゃないかなと思いますよね」

無関心から始まり、気づかされること、気づくことで、次第に自分の役割を意識するようになっていった志行さんは、自分に語りかけるようにつぶやきました。

小松志行さん:
「(日記を)未来にどういう風に、本当に生かしていけられるのか。もっとたくさんの人にいろんな物を感じてもらえるようにしたいなと思いますね」

ネットを通して広がり始めた「虜人日記」のリアルな戦争の記録。戦場で生きた人々の思いは、未来へ確かにつながっていきます。