日本近海の「超深海」。
国際研究チームの「超深海」調査にNHKが密着取材した。
そこで研究チームが見たものは?
驚きの発見とは?
人類に残された未知のフロンティア「超深海」の魅力を、調査に密着したディレクターが伝える。
(ダーウィンが来た!取材班)
日本を取り巻く超深海

このため、どんな生物が生息しているのか、実態は十分には分かっていなかった。
今回結集したのは、日本に加え、オーストラリア、アメリカなどの国々の科学者、技術者らで、生物学、地質学など深海調査のエキスパートたちだ。


日本近海の超深海で最深魚類は見つかるか
研究チームによると魚の生存限界は水深8200から8400メートルほどとされている。
それ以上深くなると水圧の影響で体を構築するたんぱく質の構造が崩れてしまうと考えられているためだ。今回の研究は、「魚はどこまで深い場所で生きられるのか」を探る、いわば魚の限界を探る調査となる。
国際研究チームリーダーを務める西オーストラリア大学のアラン・ジェイミソン教授は、日本近海での探査に期待していた。

また、太平洋にある超深海には、南極からの冷たい海流が流れてきているが、マリアナ海溝よりも日本近海のほうが南極からはなれているため、水温が多少高く、生物が生息しやすい可能性もあるのだそうだ。

伊豆・小笠原海溝は水深およそ9800メートルと、日本周辺の海溝では最も深い場所とされている。
アメリカの有人潜水艇「リミティングファクター号」は3時間かけて潜航し、水深9801メートル地点(暫定の水深)の海底付近に到達。

道林教授は日本人として最も深い水深に到達した人物となった。

有人探査で次々遭遇、多くの生命が暮らす超深海の景色
現れたのは白く透き通ったナマコのような生き物。管のような内臓がはっきりと見えている。
体を水分で満たすことで水圧の影響を受けにくくしているとみられる。

長さは50センチ以上。イソギンチャクのような見た目で「オトヒメノハナガサ」という生物の仲間と考えられる。
ただ、この深さでこれほどの大きさのものは専門家でも目にしたことはないという。

ランダーには、深海生物たちをおびき寄せるためのエサとカメラが取り付けられている。
そのカメラとリミティングファクター号からも、エサに「何か」が群がっている様子が確認できた。

超深海で生き延びるために食物繊維を分解する酵素を体内に持ち、海底に沈んだ木くずまで食べてしまうという驚きの消化能力を持つ。
ランダーに付けたエサがまったく見えないほど密集していた。

驚異の深海生物登場!水深6000ー8000メートルの世界とは
カメラが捉えたそれぞれの水深の様子を見ていこう。
まずは水深6000メートル。
「シンカイヨロイダラ」や「カイコウオオソコエビ」の姿が見える。
ゆったりと姿を現したのは体長1メートルを超える巨大な魚・「ソコフクメンイタチウオ」。
光が届かない深海では、生きものたちは水の流れに含まれる、わずかな匂いを感じて集まってきているのだという。

体をクネクネと動かしながら海底を移動していたのはエボシナマコの仲間とみられる生きもの。
この水深で発見されるのは初めてだという。

世界のさまざまな超深海で確認されている深海魚だ。体が乳白色で、半透明のヒレをもっている。
この魚の特徴の1つは口の周りのくぼみだ。
これはセンサーと考えられていて、わずかな匂いや振動を頼りに食べものを見つけているとみられている。

これまで魚が確認された最も深い水深は8178メートル(2017年JAMSTEC/NHK)。
ここから先は、魚が一度も発見されたことがない水深だった。
まずエサに集まってきたのはカイコウオオソコエビ。おびただしい数が群がっている。
その中に、ゆっくりと泳ぐ乳白色の魚がいた。
スネイルフィッシュだ。
映像ではなんと5匹が集まってくるのが確認された。
これまでの水深8178メートルよりも100メートルほど深い場所での魚の発見だった。

極限の世界で生き伸びる秘密はおなじみの“あの臭い”?
大相撲の力士およそ4人分だ。
水圧を実感してもらうために「ダーウィンが来た!」の番組キャラクター・ヒゲじいが描かれた発泡スチロール製のコップ。
これを超深海に沈めて、引き揚げてみると…。
ご覧のようにキュッと小さくなってしまった。

その秘密は「TMAO」と呼ばれる物質にあるという。
魚市場などでおなじみの「魚の臭い」の元になるとも言われる物質だ。
このTMAOがたんぱく質の構造を守ることで深海に住む魚たちは高圧力の中でも生きていけるというのだ。
TMAOは水深が深いところに住む魚であるほど、体内にたくさん含まれている。
しかし水深8200から8400メートルよりも深い水深になると、あまりの圧力にたんぱく質が壊れてしまうと考えられている。
つまり、理論的に魚の生存限界と考えられているのだ。
日本海溝でも多様な生物を発見
これまでほとんど調査が行われてこなかった場所だ。
調査チームの日本側の研究リーダー・北里洋博士は「大胆に言えば、発見される生き物すべてが新種でもおかしくない」と期待を寄せる。
茨城県の沖合、水深8000メートルに潜水。
海底で確認されたのはたくさんの「粒」。
この「粒」は実はすべてナマコの仲間だという。
伊豆・小笠原海溝の海底と違い、高密度に生きものが生息する様子に研究チームも驚きを隠せない。

ここで見つかったのは「生きた化石」とも呼ばれる「ウミユリ」が海底の岩にビッシリと生息していた。
ほかの海域ではまばらに生息していることがほとんどで、1つの岩にこれほど群生しているのは珍しいという。
生物の数が多いのは、伊豆・小笠原海溝よりもさらに陸地からの栄養分が多いからだとも考えられているが詳しいことは分かっていない。さらなる研究の進展が期待される。
世界中の海溝に直接潜り、調査を行ってきた研究チームのリーダー、アラン・ジェイミソン教授は「千葉県の沖合は今まで潜った深海のなかでも特にお気に入りの場所で、かならず再び調査を行いたい」と話していた。
日本の沖合に世界の研究者が目を向ける深海のホットスポットがあるのだ。

ここでは、今回の調査ですっかりおなじみになったスネイルフィッシュの姿が確認された。
しかし、これまでのようにゆらゆらと水中を泳ぐ姿ではない。
海底の岩にぺったりと張り付いていた。
スネイルフィッシュはおなかに吸盤があることが知られていて、こうして岩にくっつくことで体力の消耗を減らしているとみられる。
実はこの映像、研究者にとって貴重なものだという。
通常超深海ではスネイルフィッシュの生息密度がとても低いため、観察するためにはエサをつけたカメラなどを沈めて、おびき寄せる必要がある。
ところが、今回は有人探査船で動き回っている最中にスネイルフィッシュに遭遇し、自然な行動を見ることができたのだ。
このような超深海の生物の暮らしぶりも今回の調査ではじめてわかったことだ。

巨大な地震で深海の生きものの世界がどう変化したのか、調べるためだ。
水深7500メートル。
海底のあちこちに切り立った崖や地割れの跡が確認された。

生きものたちはたくましく生きていたのだ。

記録更新! ついに捉えた「世界最深」の魚
研究チームは、伊豆・小笠原海溝で撮影された映像を詳しく確認していた。
すると、無人探査機・ランダーのカメラに1匹の「スネイルフィッシュ」の姿が捉えられていた。
驚いたのはその水深だ。
なんと、水深8336メートルと記録されていた。

今回の調査で最初に更新した水深8291メートルという記録よりさらに深い場所で生きている姿が確認されたのだ。
世界で最も深い水深で暮らす魚の記録が2度も更新されたのだ。
映像から推測された体長は20センチから30センチほど。
【動画】水深8336メートルで泳ぐスネイルフィッシュの様子
研究チームの北里博士は語る。


非常に深い場所で撮影に成功したのは有意義なことで、今後、さらに深い場所で魚が現れることにも期待したい

北里博士

アラン教授
大変光栄に思います。今回の発見は、未だに知られていないことがどれだけあるかを浮き彫りにしました。協力して調査することでさらに多くの発見が可能になると思います
【取材後記】ー取材班よりー
東日本大震災の震源地を地質学者が肉眼で観察。
海底地形図を作成し、海底沈殿物のサンプルを採取、海溝を縦断して大小さまざまな生物を捕獲するなどほかにも多くの成果をあげました。
生身の人間が苦労やリスクを冒してまで超深海へ行く意味がどこまであるのだろうか?
最初はそういう思いもありましたが、10時間かけて潜水艇で往復してきた研究者たちの表情には未知の世界に触れた時の興奮と喜びがあふれ、そこには理屈抜きの感動を覚えました。
有人で超深海を調査する現場に立ち会えたことにただただ光栄です。
今回をスタートにしていつかまた日本周辺の超深海へ研究者たちが挑む日が来ることを祈っています。

調査の様子はダーウィンが来た!で放送し、NHKプラスで2023年4月16日まで視聴可能。
その後は2週間、NHKオンデマンドでご覧いただけます。
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