文化

芥川賞 受賞者の会見 詳報

芥川賞 受賞者の会見 詳報

2023.01.20

第168回の芥川賞と直木賞の選考会が開かれ、芥川賞は2作品が選ばれました。


井戸川射子さん 『この世の喜びよ』
佐藤厚志さん  『荒地の家族』


 

受賞が決まった直後(2023年1月19日)の記者会見の内容を詳しくお伝えします。

 

※直木賞の記者会見の記事はこちら

井戸川射子さん『この世の喜びよ』

井戸川射子さんは兵庫県出身の35歳。大学を卒業後、高校で国語教師を務めるかたわら、詩や小説の執筆活動を始め、2018年に出版した詩集が中原中也賞を受賞したほか、2020年に発表した小説、「ここはとても速い川」が野間文芸新人賞を受賞しました。芥川賞は今回、初めての候補で受賞となりました。

受賞作の「この世の喜びよ」は、2人の娘の子育てが一段落してショッピングセンターの喪服売り場で働く中年の女性が主人公です。ショッピングセンターを連日のように訪れる少女との交流を通じて自身の子育て中の記憶や過去の思いが呼び覚まされた主人公が生きる喜びを取り戻していく姿を描いています。作品の中では主人公は「あなた」という2人称で表現されていて、誰かが見守るような視点で描写されています。

井戸川さん「しみじみうれしい」

――今のお気持ちは?

A.まだ不思議な感じで、すごくしみじみうれしいです。

――受賞の連絡はどちらで受けましたか?受賞が決まったことを誰かに連絡しましたか?

A.カフェで編集者の方と待っていました。受賞の連絡があって、みんなでワーッとなった。夫にまず連絡して「あーよかった、おめでとうございます」と言われました。

――普段は国語教師をされているということで、生徒さんは受験シーズンだと思いますが、今回の受賞が何か力になればという思いはありますか?

A.作家であることを最初に生徒たちに言ってしまうと授業がしにくいので、生徒には言ってなかったんですけど、候補になって3年生には伝えました。1年生はまだ授業があるので、ちょっと気まずいので、まだ言ってないのですが・・・。3年生には「努力して頑張っていれば、報われるときもあるし、報われないときもあるよね」と言ってきたのですが、やっぱり努力が報われたら嬉しいということは伝えたいですね。

――「育児のつらさを誰かに見守ってほしい」というところから2人称の作品を書いたということでしたが、自身で育児のつらさが報われたという気持ちはありますか?また、誰かが見守ってくれたという実感は?

A.2人称小説は書きたいなとずっと思っていたのですが、ただ、必然性がなければ書けないよなと思っていました。育児が結構しんどくて、「子どもたちを私が見守っているように、私も誰かに見守られてたらいいのにな」というふうに思って書いたんですけど、報われたかというと、育児のしんどいときに原動力となったのが本を読むことと、本を書くことで、それがなかったら本当に「自分のことをしてないな、きょう一日」ってなっちゃってたと思うので、書けたことで報われたという部分がまずあります。それで、見守られていたかというと、書くことで、自分の自浄作用というか、カウンセリングというか、そういうふうにもなってるので。書くことで自分で自分を見守ってあげられたかなという感じです。

――詩と小説と、表現の幅を広げられてきましたが、今後書いてみたいものはありますか?

A.一個ずつ書くたびに、いろんな新しいことを、自分の中で新しいって思う、このことばを使うとか、このことばは使わないとか、そういうことを考えて書いています。多くの人に読まれたいとか、そういうのは副次的なものというか、私は本当に、一番の目標はことばを上手に使いたいなと思っていて、それができるようにやっていきたいと思っています。具体的には…そうですね、社会での憤りとかがあるじゃないですか。でもそれを、ちょっと長いのを書いてみたくて、そのまま書いてもしんどくなっちゃうと思うんですよ。憤りが長く続いてしまう。だからやっぱり、何かに仮託して書くっていうことをこれからしていきたいですね。

井戸川さん「いろんな喜びを忘れないようにしたい」

――2人称で書いたことについて、世の中への呼びかけと読めるという意見もありましたが、受賞によって多くの人が読むと思いますが、どう読んでほしいですか?

A.育児も大変だけど、日々の尊さって、なんか忘れていっちゃうというか、生きてるだけで素晴らしいし、生まれてきただけで素晴らしいんですけれど、それを忘れていってしまう。で、それを1人でも2人でも何人でも家族でもなんでも、そこにいるということが喜びだし喜びは作り出せるし、別に家族が素晴らしいとも思っていないというか、そこに固定したくないです。登場人物たちは家族じゃなくても、ゲームセンターの中で何かを取り囲んでみんなで笑える、そういう関係もいいし、でも、主人公がマッサージ屋さんに行くのですが、それでやっぱりマッサージを人にしてもらうと気持ちいいし、でもそれって人がいなきゃ気持ちよく幸せじゃないっていうことじゃなくて、自分1人のストレッチだったとしても、体の筋を伸ばせば気持ちいいし、1人でも喜びはあります。だから、いろんな喜びというものを私は忘れないようにしたいなと思って書きました。

――デビューから早いペースで評価されてきたと思いますが、これまでを振り返ってどう感じますか?

A.一歩一歩踏みしめるように、一日2枚3枚書いて、「あ、きょうは2枚3枚書けた」っていうふうにやってきたので、そんなに早かったというか、そういう気持ちではないかもしれないです。

――今後の執筆の抱負は?

A.いろんなものを書いていきたいです。詩も小説も、短歌とかも好きなんですけど、上手に書いていきたい。自分がいいと思うものを書いていきたいと思います。

佐藤厚志さん『荒地の家族』

佐藤厚志さんは、仙台市出身の40歳。大学卒業後、20代半ばから小説を書き始め、2017年、「蛇沼」で文芸誌の新人賞を受賞し、デビューしました。現在は仙台市内の書店に勤めていて、2021年、自身の体験をもとに東日本大震災で被災した書店員を描いた「象の皮膚」を発表するなど、震災をテーマにした小説を執筆しています。芥川賞は今回、初めての候補で受賞となりました。

受賞作の「荒地の家族」は、震災の津波で大きな被害を受けた宮城県亘理町に住む40歳の植木職人の男性が主人公です。仕事道具を津波にさらわれ苦しい生活を余儀なくされた男性はさらにその2年後、妻を病気で亡くします。家族との関係性や故郷の風景が変わる中で、喪失感を抱えながらも生活をたてなおそうともがく主人公の心情を淡々とした文体で描いています。

佐藤さん「震災忘れられることに対し抵抗になれば」

――いまのお気持ちは?

A.自分としては、芥川賞の候補にあげていただいたとき、すごくうれしくて、半分くらいは達成感がありました。きょうはまぐれといいますか、なかなか小説というのは比べてどっちがいいというふうには、ひとりひとり読んだときの感触も違うので、比べられませんが、本当に運が良くて今回受賞できました。

――選考会の結果を待っているときはどんな心境でしたか?

A.本屋に勤めているので、東京駅近くの書店の店舗で緊張して待っていました。受賞が決まったという連絡が来たときの心境は、これもノミネートの時と同じで、安心したという気持ちです。地元の仙台が盛り上がっていたので、期待に応えられるかプレッシャーでしたが、本当によかったです。みんな喜んでくれているんじゃないかと思います。

――選考では震災後の世界をリアリズムの手法で書いたことが評価されました。

A.自分としてはまず、東日本大震災をいまの地点から振り返ったときに見える風景を書いていて、1人の生活者の日常をリアルに表現できればいいなという思いがありました。そこで見える風景として震災、作品中では“災厄”と表現しましたが、そういうものが風景として目の前にあり、作品に取り入れて書きました。この作品が受賞したことによって、震災が忘れられるということに対するささやかな抵抗になれば結果的にいいかと思います。本屋さんにきて面白い本がないかというときに、震災がテーマの小説はなかなか手を伸ばしづらいところがあると思いますが、今回テーマの1つとして震災を扱った小説が候補にノミネートされ、運良く受賞することができてうれしく思っています。

――地元にメッセージをお願いします。

A.ぎりぎり期待に応えられてよかったなとまずは思いますし、これから目指す作家像は特になく、本当にいままで通り、どうにか毎日原稿を何枚か書くのを続けていくのがすごく大事だと思うので、それだけですね。これからも書いていければいいかなと思います。

佐藤さん「地道に生活している人の思い拾えたら」

――前の作品ではご自身の体験をベースに震災で被災した書店員を主人公にして書いていましたが、今回はより震災について踏み込んでいます。なぜ踏み込むことができたのでしょうか?

A.小説を書く際に、もちろん被災地の思いをすべて拾うのは不可能ですから、1人の、地道に生活している人の、なかなか拾われないような思いを拾えたらいいかなという動機がありました。

――震災を小説に書くということについては?

A.震災を書くというところでよく考えてきました。どういう風に書けるか、表現できるかを考えてみると、自分の書きたい物語に震災をあわせていく手法はあまりうまくないなと思っていました。やはり震災をできるだけ中央にすえて向きあって書かないと真実をこめられないのかなと思います。

――震災から10年以上たちますが、そうした時間の流れと作品はどう関係していると思いますか?

A.いまだからわかることがあると思います。当時、近い友達や同僚とは、具体的にどういうふうに被災し、どういう思いを味わったのかは、近い人でも話をしなかったので、ある程度時間がたって、ある程度情報を共有出来るのも時間が流れたからというのがあるからだと思います。

佐藤さん「受賞作は”生きのいいおすすめの本”」

――佐藤さんは仙台市内の書店で書店員として勤めていますが、ご自身の作品の単行本の陳列を行ったと思います。ご自身の作品の搬入をしたのでしょうか?

A.自分で荷物を開けて、写真を撮って、まだみんな忙しそうだったので、こっそり並べちゃいました。担当が文芸ではないんですが。勝手にフライングして、並べました。サイン本も作って展開していました。

――単行本が入った箱は重かったですか?

A.結構軽かったですね。

佐藤さん「震災 引き続き書くべきもの」

――自分が被災者と言えないけれども、震災を書きたいという若い作家が出てきていると思います。今後そうした作家が増えていくかもしれませんが、心強さは感じますか?

A.そうですね。書こうという態度は心強いと思いますし、目の前に大きいテーマがあって、ものを書いていこうという人がそれを取り上げないというのはあり得ないと思います。積極的に自分が書いていいかという思いと、自分が被災してどういう思いを味わったか、あるいは、そんなに被害を受けてないけれども書いていいかという思いがバッティングするのは当然のことですが、もし書く立場にあるなら積極的に書いていったらいいなと思います。

――震災を書く上での悩みは晴れましたか?

A.すっきり書けたという感じではありませんが、引き続き書いていく、書くべきものだなと思いました。というより、もっとそういう作品が書かれて、いつかは震災から解き放たれたような自由な小説というのもどんどん生まれてきたらいいかなと思います。

――災厄一般を書きたいという思いについては?

A.東日本大震災を受けてこの小説を書いたというのもありますが、作品に災厄という言葉で表現されているように、日本はいろんな災害がしょっちゅう起こります。そのとき自分が経験したこと味わったことはひとりひとり本当に違うので、作品に触れて自分の経験を重ね合わせ、もちろんそれは痛みもあると思いますが、そのなかに癒やしの部分をちょっとでも感じてもらえたらいいと思っています。

――タイトルの”荒地”という言葉に込めた思いはありますか?

A.主人公が見ている風景、主人公の心のなかの風景が荒地としか言いようがない、そういう風景を見ています。そういう意味で荒地という言葉を、もしかしたら実際の風景とは違うかもしれませんが、あえて使いました。

――作品の最後に光を感じたと選考委員は話していましたが?

A.それは本当にうれしいですね。最後、もしかしたら救いがないと受け取られる方も多いかもしれないという気持ちはありましたが、そういう風に肯定的に読んで頂いて、とにかく希望じゃないけれども少し光のようなものが見えると読んで頂いたのは凄くうれしいですね。

――最後に言っておきたいことがあれば、お願いします。

A.今月に報道各社の取材に応じた日、出版社近くの神社でおみくじをひいたときは、『願いは届かず日々の幸せを大事にしてください』と書いてあったので、発表翌日は(仙台に帰るため)早い時間の新幹線を予約してしまいました。(受賞が決まり、いろいろと予定が入ったため)リスケジュールしなければと思っています。地元の期待に応えられてすごくうれしいです。ありがとうございました。

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