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文化
2022.11.10
赤ちゃんのころの自分の写真を見ると、頭の右側にいつもリボンがついていた。
リボンの下には、大きな赤いあざ=いちご状血管腫があり、ぽこんと腫れていた。
「顔になくてよかったね」。
周囲からかけられた、そのことばの意味を、幼かった私は、よく分かっていなかった。
いつしか、あざはなくなったが、私は記者になり、マイノリティーの人たちの取材をするようになった。
そうして出会ったのが「見た目問題」だった。
想像もつかないような差別や偏見に悩んでいる人がいる。
何を、どのように伝えればよいのだろう。
生まれつきのあざ、病気や事故による体の傷痕、脱毛など、見た目に症状がある人たち。
NPO法人、「マイフェイス・マイスタイル」の外川浩子代表は、こうした人たちがぶつかる困難を「見た目問題」と名づけ、交流の場を作ったり、講演活動を行ったりしている。
外川さんによれば、当事者たちが困難にぶつかるのは、見た目に症状があるからではないという。
周りの人たちが、症状についてよく知らなかったり、考える機会がなかったりするために、誤った対応や失礼な態度を取ってしまうことに原因があるというのだ。
頭で考えれば理解できるように思えた。
でも、もやもやは残る。
そんなとき、私は1本の映画に出会った。
9月から各地で上映されている「よだかの片想い」。
直木賞作家・島本理生さんの原作を、安川有果監督(36)が映画化した。
主人公は、顔の左側に太田母斑と呼ばれる青いあざのある前田アイコ。
理系の大学院に通う学生だ。
恋にも、外出して大勢の人たちと一緒に楽しむことにも消極的だったが、見た目に症状がある人たちについて伝える本の取材を受けたことがきっかけで、若手の映画監督、飛坂と出会う。
そして、アイコは恋をする。
安川監督には、当事者ではない自分が、こうした題材を扱うことに葛藤があったという。
(安川有果 監督)
自分にあざがあるわけではないのに、分かったように描く…みたいになったら嫌だなと思っていました。
ただ、原作は、あくまで1人の女性の日常に寄り添っています。
作品を重苦しく、とっつきにくいものにするのではなく、エンターテイメントの中に、当たり前のようにそういう登場人物がいるという描き方を、これからしていくべきなんじゃないかという思いもありました。
アイコは、あざを隠そうとはしていない。
ただ、顔にあざがあることは、彼女の人生に影を落としてきた。
小学生のころ、びわ湖について学ぶ授業があった。
そのうちにクラスメイトが、「びわ湖」、「前田のあざ、びわ湖!」と騒ぎ始める。
恥ずかしいけれど、注目を浴びて少しうれしい気持ちにもなったアイコ。
ところが教諭は、「なんてひどいこと言うんだ!」と大声で叱った。
この日から、みんなは腫れ物に触るようにしてアイコに接するようになる。
アイコの住む世界は一変してしまった。
(安川監督)
先生のモラルというか、正しさみたいなものによって、自分のあざが社会的にどう見えているのかを知らされる。
ここは、きちんと描きたいと思っていました。
どうすればよかったのか、考えを促すようなシーンだと思っています。
では、あのとき、教諭はどういう対応を取ればよかったのだろうか。
授業を中断して、アイコのあざについて考える場を設けるべきだったのか。
それとも、大声を出さずに冷静に子どもたちを諭せばよかったのか。
安川監督も、“正しい”回答を持っているわけではなかった。
(安川監督)
難しいですよね。
『ひどいこと』っていうことばが、よくなかったんでしょうか。
映画を見た人が考えてくれるのが、いちばんいいのかな…
見た目に症状のある人たちは、全国に100万人いると言われている。
映画やドラマなどでは“顔に傷がある場合には悪役”というステレオタイプの描き方も行われてきた。
外川さんが代表を務める「マイフェイス・マイスタイル」などは2015年、当事者への調査を行った。
いったい、どのような差別を受けてきたのか、その回答の一部を紹介する。
●顔を見ただけで、「話にならない」と言われ、履歴書を投げ返された。
●職場で、「あんな化け物みたいな人間を外回りに出せるか」と言われた。
●学校で担任に進路を相談したら、「口唇裂がある女性は就職できない」と言われ、相手にされなかった。
●外出すると、家族に、近所の目があるからと怒られた。
家の一番奥の部屋に閉じ込められた。
●初めて恋人ができたとき、友人に「普通の人とつきあえるんだ。障害者以外は無理だと思っていた」と言われた。
差別や偏見が、こんなにも分かりやすい形で存在することに、がく然とする。
さらには、視線という“微妙なもの”が、当事者を傷つけていることもあった。
●電車で座っていると子どもはもとより、いい年をした大人までが好奇の目で視線を外さない。
●危害を加えられるようなことはありませんが、視線のナイフでメッタ刺しにされている気分で街を歩くのがつらいです。
体の色素が薄いアルビノの当事者で、ソーシャルワーカーの神原由佳さん。
アルビノは、メラニンという色素の合成に関わる遺伝子の変異で発症する。
紫外線に弱く、弱視を伴う人もいる。
神原さんは、大学時代、接客業のアルバイトをしようとしたが、そこには壁があったという。
(神原由佳さん)
写真を貼って提出すると、履歴書の中身は見てもらえない。
面接を受けても、「髪を染めてほしい」と言われることがありました。
私たち、見た目に症状がある人たちは、社会にとって、まだ“想定外”なのだなと感じています。
立教大学の矢吹康夫特定課題研究員もアルビノの当事者だ。
人の外見が、どのような差別をもたらすのか、研究を行っている。
ことし6月、履歴書の顔写真が、就職活動にもたらす影響について、新たな調査を行った。
対象は、企業の人事の担当者、およそ820人。
実在する複数の人の写真を合成して、顔に一見して分かるような症状のある人、肥満の人、そして特徴のない人などの写真をつけた架空の履歴書を作り、採用の可否にどのように影響するか、実験を行った。
その結果、明らかになったのは、茶髪や肥満の人以上に、見た目に症状のある人については、はっきりと採用についてネガティブな反応が出たということだった。
「見た目」が、就職差別につながる可能性のあることが示唆されたのだ。
(立教大学 矢吹康夫 特定課題研究員)
これまでも見た目に症状がある人は、就職差別を受けていると言われてきました。
しかし、採用選考で落ちた理由については公開されないので、それが本当かどうか、はっきりしませんでした。
今回の調査は、書類選考の際に「顔写真」を貼ることの問題点を浮き彫りにしたと思います。
さらに問題なのは、当事者たちが、就職差別を肌で感じ、「どうせ採用されないだろう」と委縮して、希望する職種や業種を狭めてしまうことにあります。
少なくとも面接に進むことができれば、見た目だけでなく、さまざまな情報を伝え、分かってもらえることがあるはずなのに…
矢吹さんたちは、2020年、厚生労働省に履歴書の写真欄を削除するように求めた。
しかし厚生労働省が示した様式例では削除されなかった。
「一度に複数の人を面接した場合など、あとで履歴書と照合する際に必要」といった企業の声を踏まえたとしている。
さらに「様式例には“写真をはる必要がある場合”と付記されているため、強制しているわけではない」という見解を示した。
さて、映画「よだかの片想い」を観賞した当事者たちは、何を感じたのだろうか。
鈴木望さんは、アイコと同じように顔に青いあざがある。
そして、「青に、ふれる。」という漫画を執筆し、見た目問題の難しさや当事者の抱く微妙な心理を巧みに描いている。
鈴木さんが映画から感じたのは、当事者に寄りそいたいという安川監督の思いだったという。
(漫画家・鈴木望さん)
何よりも、アイコの描き方が「あざのある女性」ではなくて、「アイコ」として描かれていたのが、とてもよかったと思うんです。
私も自分で主人公を描くときに、いちばん意識していることです。
今でも、接している人が自分の顔のあざを気にしているのではと感じるときがあります。
しかし、それをどう受け取るかは自分が決めなければならず、心理的負担になることもあります。
映画には、なかなか表現しにくい、そうした“バランス”がうまく描かれていました。
「太田母斑」という症状がある人だけでなく、何か、負い目のようなものを自分に対して抱えている人に希望を持たせてくれる映画だと思います。
アルビノの当事者、神原由佳さんは、期待と不安の中で、映画を見た。
“自分たちが感じていることは、どれほど映画に反映されているのだろうか?”
(神原由佳さん)
アイコを演じたのは女優の松井玲奈さんで、本来はあざがない美しい顔の人です。
映画に、単なる個別性を出す演出として「あざ」という設定があるだけだったとしたら、嫌だなと思っていました。
でも映画の心理描写はとても細かかった。
例えば主人公のアイコは、ふだんは、顔にあざがあることを忘れているように描かれています。
でも、誰かにじろじろと顔を見られたときなど、ふとした瞬間に当事者であることを思い知らされるんです。
そうした瞬間をリアルに描いていると感じました。
何よりも、「あざのある女性」を描いているのではなく、「アイコ」
という女性を大切にしていることが伝わってきました。
2人の話には、共通点があった。
当事者たちは、単に“症状がある人”ではない。
それぞれが心の中にさまざまな喜びや苦しみ、そして悩みを抱える1人の人間だ。
映画は、それを大切にしていると感じたのだ。
「マイフェイス・マイスタイル」の外川代表は、今回の「よだかの片想い」が「見た目問題」を知り、考えるきっかけになればと思っている。
(外川浩子 代表)
「見た目問題」を社会問題として認識し、しかもエンターテインメントとして楽しめる映画が出来たことは非常に意味のあることだと思います。
多様性が叫ばれ、見た目に症状がある人たちもSNSなどを通じて声を上げるようになりました。
ただ、就職などの場面で、旧態依然の差別が残っているのは確かです。
「見た目問題」は、これまでタブー視されてきました。
それだけ根深いということなんです。
安川有果監督は、今回の映画製作から学んだことを、これからも生かしていきたいと言う。
(安川監督)
きれいごとで終わるのが、いちばん嫌でした。
何の解決にもならないし、無理やり多様性が大事だと言っておおざっぱにまとめるとか…
多少、もやもやした結末だったとしても、本当に“思い”を巡らせてもらえるような映画にしたかったんです。
今回、経験したことは、これから撮る映画にも絶対、影響があると思います。
引き続き、考えながら作品を作っていきたいと思っています。
私も、子どものころ、見た目に症状のある人をじっと見てしまったり、逆に見てはいけないように思って、目をそらしたことがある。
症状や、その人の置かれている環境によって、感じることは違うのだろう。
だからこそ、私も、安川監督のように考え続ける。
「見た目問題」の難しさから目をそらすことなく取材も続けたいと思う。
そういえば、宮沢賢治の童話の中で、「よだか」は、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼっていく。
そして、星になって今も燃え続けている。
一人ひとりは、よだかの星のように輝くことができるのだと、今の私は信じている。
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