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メタバースLabo ~未来探検隊~

リアルを手の中に「デジタル標本」の魅力

2022.09.28 :

まるで生きているかのようなリアルで美しい魚の画像。

 

魚類や昆虫など1400点700種以上の生物の「デジタル標本」が、オンライン上に公開された。

 

誰でも自由に閲覧できる上、教育やメタバースへの利用も期待されているという。

圧倒的リアル!「デジタル標本」とは

ヒラタクワガタのデジタル標本 頭部の細かな凹凸も確認できる ©ffish.asia
デジタル標本を公開したのは九州大学「持続可能な社会のための決断科学センター」に所属する、生態学者の鹿野雄一特任准教授。

サイト上には動植物1400点、700種類以上の高精細な3Dモデルが掲載されている。

淡水魚・海水魚をあわせた魚類が全体の3割ともっとも多くを占め、続いてエビやカニなどの甲殻類、貝類や軟体動物、昆虫、植物と続く。(哺乳類と鳥類は含まれていない)

モデルのリスト さまざまな動物や植物が閲覧可能だ
見たい生き物をクリックすれば、グルグルと好きな角度から見たり拡大・縮小したりすることができる。

実際に使ってみると分かるが、操作は直感的で簡単な上、スムーズに動く。

拡大すると魚のうろこや口の中の歯、昆虫の体毛など、かなり細かいところまで観察することができるから驚きだ。

鹿野さんはこれら3Dモデルを「デジタル標本」と呼んでいる。
ミノカサゴの口の中 迫力と生々しさが伝わってくる ©ffish.asia

「博物館にそのまま預けるのはもったいない!」

なぜ鹿野さんはデジタル標本を作ることになったのか。

それには、「ある経験」があったと言う。

2014年、鹿野さんは沖縄県の石垣島で「タイワンコオイムシ」という水生昆虫を発見した。

この昆虫、実は日本国内では「絶滅した」と考えられていて、56年ぶりの再発見だと話題になった。

九州大学のプレスリリース 56年ぶりの発見は大きく報じられた
苦労して見つけ、大切に観察を続けてきたこの昆虫だったが、いずれは標本にして博物館に預けなくてはならない。

「もったいないな。もっと観察したいし、何とかならないかな」。

そう思っていた時、友人から「フォトグラメトリ」を聞いた。

「そうだ、3Dモデルにしてから博物館に預けよう」。

これがデジタル標本の始まりだったと鹿野さんは振り返る。

ちなみにデジタル標本にした生物の多くは、鹿野さんが、これまでに屋外で採取したり知り合いの魚屋などで購入したりしたものがほとんどだという。

意外とアナログな撮影方法

こうしたデジタル標本の作成に使われているのが「フォトグラメトリ」と呼ばれる手法だ。

被写体となる生き物を様々な角度から撮影し、画像をパソコンのソフトウエアで処理することで3Dモデルを構築する。

だが、実際の作業は極めてアナログで、地道なものだという。
①風の影響を受けにくい室内で、撮影対象(サンプル)を釣り糸で吊り下げる。

②そのサンプルを手でクルクルと回転させる。

③回転中に一眼レフのデジタルカメラ(5000万画素)で連写する。

④撮影した画像をパソコンで処理する。
これが一連のプロセスだ。

できるだけ新鮮なうちに撮影しないと傷んでくるので、撮影にかけられる時間は2、3分ほど。

その間に合計500枚の写真を撮影する。

回転させることで360度全方位から撮影、カメラのレンズを上や下からもあてて死角が出来ないようにする。

かなり動き回らなければならない重労働で、腰と足を痛める作業だという。
撮影の様子 ハリセンボンが吊り下げられ回転している 写真提供:鹿野雄一特任准教授
撮影した写真は、パソコンに取り込んで、ソフトウエアが3Dモデルを計算、構築。モデリングにかかる時間は、2時間ほどだ。

撮影した画像が十分でないと、変な3Dモデルが出来てしまうこともある。

しかし、時間が経過するとサンプルが傷むので、撮り直しは避けたい。
完成したハリセンボンのデジタル標本 ©ffish.asia

課題は"形・サイズ・色"

サンプルの中には、撮影しにくく、苦労したものも多くある。

まずは「形」に悩まされた。

例えば、タコやイカ。

グニグニと形は変わるし、回転させれば遠心力でまた形が変わる。

最適な回転速度を見いだす必要があるほか「ポーズ」を決めるために3点で吊り下げるなど、さまざまな工夫を要したという。
ハイビスカス 「葉」も薄いため再現が難しい ©ffish.asia
「サイズ」も重要だ。

現在公開されている中で最も長い体は、高級魚として知られる「アカヤガラ」という細長い魚で、標本時の大きさは80センチ。

体が細長いために、全体をバランス良く撮影しないと、撮影途中で500枚に達してしまう。

同様に、小さすぎても撮影が難しい。

巻貝の1種「カワザンショウ」は、なんと5ミリ!。

サイズの関係で撮影しにくいものについては、胴体と尻尾を分割して撮影したり、吊り下げずに台の上に置いて手で転がしたりしながら撮影した。

「20、30センチぐらいが最も撮影に最適なんです」と鹿野さんは苦労を振り返る。
2022年9月現在 最も長いのはアカヤガラだ ©ffish.asia
そして「色」だ。

特定の色という訳ではなく「透明」が難しいのだという。

例えばクマゼミやトンボの羽は透明だが、これだとソフトウエアがうまく認識しないと言う。

鹿野さんは熟考の末、白い絵の具を羽に塗り、白くなった部分を、あとから画像処理で透明化することで、透明な羽を再現することに成功したという。
透明化の例 クマゼミの羽が透き通っている ©ffish.asia
こうした試行錯誤を経て、鹿野さんは1400点あまりのデジタル標本を、本業の研究と併走しながら、およそ2年かけて作りあげた。

デジタル標本のメリットとは

このデジタル標本には多くのメリットがあると鹿野さんは言う。

通常の生物標本は、博物館などで湿度や室温などが管理された部屋に厳重に保管されている。

だが、一般公開のイベントなどを除き、標本室は外部の人間が自由には閲覧できない。
(鹿野さん)。
「いつでも見たいときにどこからでもアクセスできるというのが魅力です。また実際の標本の維持管理はとても大変です。デジタルになると、火事などよる損失や人為的な紛失もない。経年による標本の退色などは基本的には起こらず、生きているときの生き生きとした色や姿を保つことができる。標本室のようなスペースも不要です」
また、見たい部分を拡大して見られることもデジタルの強みだ。

例えば、種を同定する際に注目すべき観察ポイントをモデルを動かすことで詳しく見ることができるという。
タイワンガザミ 腕に3つのトゲがあるのがポイント。形が似るガザミは4つ ©ffish.asia

本物の標本も貴重かつ重要

多くのメリットがあるデジタル標本だが、鹿野さんは、すべての標本がデジタルに置き換わってしまうことについては否定的だ。
(鹿野さん)。
「本物の標本は、とても重要な存在です。実物は唯一無二です。いくらデジタル化しても結局は表面だけ。質感は限界があるし、ミクロメートル単位の計測などはデジタルでは及びません。情報量が一番多いのはやはり実物です。その上で、一番ベストだと考えているのは、本物の標本と3D標本、それにCTデータとDNAデータの4つが揃っていことだと思います」
今後、鹿野さんはさらにデジタル標本の種類を増やしていく予定だという。

イソギンチャクやウミウシ、クラゲといった体が柔らかく、水中でしか形が保ちにくいものは難しいということだが、少なくとも自身の専門分野でもある国内の淡水魚はコンプリートしたい考えだ。

リアルさを生かし"メタバース"にも活用を検討

今回のデジタル標本は、商用利用も含めて無料で公開していて、鹿野さんが「ライフワーク」とする生物多様性の環境教育やオープンサイエンスに、デジタル標本を活用できないか検討している。
鹿野雄一 特任准教授
(鹿野さん)。
「学校でタブレットが普及してきたので、生き物を3Dで見るだけでなく『こんな生き物がいる、じゃあ実際に捕まえてみよう』など、デジタル標本をきっかけに、子どもたちがそういうモチベーションを持ってくれるとうれしいです」
すでに民間企業などから「連携したい」というオファーがあり、バーチャルリアリティーやメタバース関連で、観察だけに留まらない、より応用的な使い方を模索しているという。

生き物という極めてアナログな存在を研究対象としている鹿野さんだが、それだからこそ、仮想空間であるメタバースへの活用に、より可能性を感じる部分があると語る。
(鹿野さん)。
「どうしても生き物はデフォルメされがちですが、メタバースの中で、よりリアルな生き物が存在していたら面白いと思うんです。リアルな物として認識してもらうことで、生物への理解を深めていってほしいと思います」
鹿野さんのデジタル標本は以下のURLから閲覧することができる。

https://sketchfab.com/ffishAsia-and-floraZia/models

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報道局 科学文化部 

島田尚朗

2010年入局。

福岡県出身。

「科学番組を作りたい」という思いでNHKに入局。
広島―静岡―福岡を経て、科学文化部。
ローカル時代は「1人科学部」を自称し、科学系の取材に専念。
地元の方言が抜けないまま、宇宙や海の生物、昆虫などの取材を手がけてきた。
現在はIT・文化班にてサイバーセキュリティーや消費者問題などを担当。
もちろん今も生物系の取材は大好物。
毎年、沖縄の海で泳いだり潜ったりを続けてきたが、この3年は沖縄渡航はおろか泳いですらないので、そろそろ干からびてしまいそう。

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