STORY

「ワルイコあつまれ」で“戦争と平和”?

2022.05.11 :

スマホをいじる手を思わず止めた。

テレビの画面では、スーツ姿の子どもたちが「おかみさん」の話を聞いていた。

「おかみさん」とは、海老名香葉子さん、88歳。

 

放送されていたのは、4月から始まったEテレの番組「ワルイコあつまれ」だ。
稲垣吾郎さん、草彅剛さん、そして香取慎吾さんが、「学び」のきっかけにつながるさまざまな企画を届ける“教育系バラエティー”。

 

バラエティー番組のはずなのに、テーマは「戦争と平和を考える」だった。
いったいこれは何なのだろう?…

「子ども記者会見」?

稲垣吾郎さん 海老名香葉子さん 香取慎吾さん
4月18日放送の「ワルイコあつまれ」。
稲垣さんの司会で始まったのは「子ども記者会見」のコーナーだ。
《稲垣さん》
さぁ、海老名さま、世の中にはですね、いい子、わるい子、ふつうの子と、さまざまな子どもたちがいますが、今回の記者会見にはですね、ワルイコ記者を中心に集まっていただきました。
海老名さん、今のお気持ちは?
《おかみさん》
まぁー、皆さん、いい子に見えますねぇ。
あなたも含めていい子です。
《稲垣さん》
(少し苦笑)ただ、きょうはワルイコ記者会見なので、いろいろときわどい質問も投げかけてくると思うんですけれども、お答えしていただけますか?
《おかみさん》
はい。
もぅ、なんでも(笑顔)。
ちょっとしたジャブの応酬だ…

猛火に包まれた下町

おかみさんは、昭和の爆笑王とも呼ばれた初代林家三平の妻。
こぶ平の名で親しまれた九代目林家正蔵さんや、父の名前を継いだ二代目林家三平さんなど4人の子どもを育てあげた。

まさに「しっかり者」のおかみさんだが、実は、父と母、兄弟の6人を東京大空襲で亡くしている。
当時は1人だけ家族のもとを離れ、静岡県沼津市の親戚のところに疎開をしていた。

1945年3月10日の未明、1600トンを超える焼い弾が無差別に投下され、東京の下町は猛火に包まれた
東京方面の空が赤く染まっているのを、国民学校の5年生だったおかみさんは沼津にある小山の上から見たという。

焼け跡でひとりぼっち

東京大空襲で焼け野原になった下町(画像提供:東京大空襲・戦災資料センター)
《子ども記者》
戦争でいちばん悲しかったことは何ですか?
《おかみさん》
両親、兄弟が亡くなってひとりぼっちになったことです。
これから先、どうやって生きていこうと。
焼け跡でおなかがぺこぺこなの。
食べていくだけで大変だったの。
おかみさんは終戦後、東京に戻り、別の親戚のところに身を寄せていた。
これは、自宅のあった場所を1人で訪ねたときのエピソードだ。
子ども記者として会見に参加していた香取さん(=「しんごちん」)は、次のように聞いた。
《しんごちん》
そのときの生きる力って何ですか。
ひとりぼっちになってしまったのに、空腹をしのいで、あすに向かえた力って何ですか?
《おかみさん》
闘いです。生きる闘い。
死ねない。
でもね、みんなと一緒に死んでいればって、夜になったときに思いました。寒くてね。
どうして私だけ置いて行っちゃったの。
なんでみんな死んじゃったの。
私も連れて行ってと泣きました。
あとは絶対泣かない。
頑張ろう。
大丈夫、大丈夫、大丈夫と思って生きてきた。

母親のことばが支えに

おかみさんを1人で疎開させなければならなかったとき、母親は涙をこぼしながらこんなふうに告げたという。
「かよこは明るくてとっても強い子だから大丈夫よ」

“あなたなら大丈夫”

母親の、祈りを込めて絞り出したことばが、おかみさんの心を支えてきたのかもしれない。

疎開先での「機銃掃射」

生々しい証言もあった。
疎開先の沼津市で、戦闘機の機銃掃射に遭ったときのことだ。
《おかみさん》
学校で帰宅命令が出て家に帰ろうとしたら、機銃掃射っていいましてね、飛行機がヴーンって。
農家の人たちが畑をやっていたの、2~3人。
私の前に自転車で走っている人がいたの。
私ね、駆けだしたの。
あまりに怖いんで、防空頭巾を着けたまま農家の垣根に頭を突っ込んだの。
そうしたらババババって音が響いたの。
収まったなと思って顔を上げたら、防空頭巾が熱くなっていたの。
慌てて払ったら、鉄の塊のような爆弾の破片が突き刺さっていました。
おかみさんが周囲を見回すと、前を自転車で走っていたはずのおじさんの姿がなかったという。
《おかみさん》
自転車の輪だけが回っていました。
おじさんは倒れていたの。
血がどんどん広がってきたの。
農家のおじさんやおばさんも倒れていた。
私は悪い子だったの。
本当は「おじさん、大丈夫?」って言えばよかったのに、それが言えなくて逃げてきちゃったの。
それが今、心に残っています。
あのときね、おじさん大丈夫?って手をとってあげればよかったのに…

「この番組ならでは、の形で」

この辺りで、私の目はテレビにくぎづけになっていた。
制作に当たったNHKエンタープライズの甲斐洋威プロデューサーは、次のように話す。
《甲斐プロデューサー》
番組のレギュラー化に向けて、制作チームでどんな番組にするのかを議論してきました。
そんな時期に起きたのが、ロシアによるウクライナへの侵攻でした。
子どもたちは、テレビやネットで流れるリアルなニュース映像を見て、今、どんな気持ちでいるのだろうか。
この番組ならでは、の形で『世の中で起きている時事的な問題』について伝えることができるのではないか。
その中で出てきたのが、実際にこの日本で戦争を体験した人の生の声を聞くというアイデアでした。
この話題が出た時点で拒否反応があるかもしれない。
それでもおかみさん自身のことばを伝えることに意味があると思い、オファーしました。

「突きィ!、突きィ!」って

おかみさんの話は続く。
当時の国民学校での出来事についても、子ども記者たちに語った。
《おかみさん》
学校でね、どんどん空襲がひどくなってきました。
女の子は、なぎなたをやっていたんですが、それが竹やりに変わったの。
「上段に構え!」って言われて、「突きィ!、突きィ!」ってやるんですよ。
それを毎日、毎日ね、はだしでやっていたの。
いざとなったら、私たちが1人でも、2人でも、よけいに突くぞっていう気持ちでした。
負けるとか、もうダメだとかは思いませんでした。

「アメリカ憎し…」

そうしたなかで、迎えた終戦。
家族をなくしたおかみさんの中で、悔しさが募っていた。
《おかみさん》
アメリカ憎しでした。
車に乗ったアメリカ兵が子どもにチューインガムやチョコレートをまくの。
そしてね、みんなが受け取るの。

私も1つ、お砂糖で包んだチューインガムが手の中に入っちゃったの。
甘いものが何もないころでね、ガムを1つ食べたの。
食べたら甘い味が広がったの。

そうしたらブワッと涙が出た。
「二度とこんなものは食べないっ!」と思って吐き出して踏んづけました。
おかみさんには、父親や母親、そして兄弟に対して申し訳ないという思いがあったそうだ。
《しんごちん》
アメリカのことは今でも憎いですか?
《おかみさん》
ニューヨークに行ったときに、食事をしていましたらね、横にいた男性が新聞を読んでいたんです。
娘が「戦争のことがいろいろ書かれた新聞をあちらの人が読んでいるわよ」って私に告げました。
娘はおせっかいですからね、その紳士に「母は戦災孤児になったんです」っていうことを話したんですよ。

すると、その人は、かぶっていた鳥打ち帽子を胸に当てて、私に深々とおじぎをしたんです。
そして「お互いに大変な思いをしましたね。でも、平和のためにお互いに手をつなぎましょう」というようなことを話してくれました。

それでフッと気持ちが変わりました。
アメリカにも戦死したり、けがをして体が不自由になったりした人がいる。
お互いに戦争はいけないんだなと。
憎しみは、そのとき消えました

平和への願い

「しんごちん」はさらに質問を続けた。
《しんごちん》
戦争を体験して、戦争はないほうがいいっていうことを、何十年も皆さんに伝えてくれていたのに、また、今の子どもたちも見るニュースで、世界で起きている戦争の映像が流されている。
それを今、ご覧になって、どう思いますか。
《おかみさん》
もう、二度と起きないでほしいと願っていたのに、また起きてしまった。
子どもたちを見ていても、胸が痛くなります。
なぜ、もっと話し合いができないんだろうか。
なぜ、こんなことになっちゃったんだろうかと。

やはり、戦争はなくなってほしい。

市民どうしが手を握れば絶対につながると思うんですよね。
独裁者もいるでしょうけれど、やはり市民の力は強いと思う。
平和を祈って、力を合わせて、みんなが平和に暮らすことがいちばんだろうと思います。

70分に及んだ収録で

甲斐プロデューサーによれば、「ワルイコあつまれ」は、1コーナーがおおむね10分以内。
しかし、この回の「子ども記者会見」は、特別に14分で放送された。
収録自体は70分にも及んだというが、おかみさんのことばは、しっかりと子ども記者に伝わっているようだった。
《甲斐プロデューサー》
ウクライナで起きているような理不尽なことが、かつて、この国=日本でも起きたことなんだと、子どもたちにも分かってもらえたのではないでしょうか。
バラエティーとしてはどう見られるだろうと、少し心配しました。
しかし、放送の間のツイッターなどの反応を見ても好意的なものが多く、たくさんの人たちに最後まで見続けてもらえたようです。
伝えたかったことが、伝わったのかなと感じました。

“伝えたいという思い”

おかみさんの著書を読んだ人なら、今回のようなエピソードはすでに知っているかもしれない。

しかし、「ワルイコあつまれ」での話はとても分かりやすく、そして何よりも「伝えたい」という強い思いが込められていたように思う。

ロシアによるウクライナへの侵攻について、おかみさんは毎日、新聞を読み、テレビを見て勉強を続けているという。

ワルイコ記者たちの質問に期待

「学校で教えてくれそうで、ちゃんとは教えてくれないことを伝える」。
それが「ワルイコあつまれ」のコンセプトだという。

「子ども記者会見」には、実業家の前澤友作さんも登場し、“お金”と自分の生き方について話をしていた。

ワルイコ記者たちは、これからも新しい質問を投げかけていくだろう。

そこから見える新しい風景を、私は楽しみにしたいと思っている。

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科学文化部 専任部長

緒方英俊

最近、好きなものは「犬」。

最近、好きになった俳優は「松山ケンイチさん」。

好きな作家は「水上勉さん」。

好きな歌舞伎俳優は「十二代目市川團十郎さん」。

好きな古墳は「箸墓古墳」。

好きなパンダは「結浜」です。

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