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俳優・中井貴一さん 60歳の〝現在地”  高瀬アナが聞く!

2022.05.24 :

俳優の中井貴一さん(60)。
大河ドラマ「武田信玄」や時代劇「雲霧仁左衛門」などの重厚な役柄から、さえないサラリーマンまで、多彩な顔を見せる言わずと知れた日本を代表する俳優の1人です。
NHKの番組「サラめし」では、ハイテンションなナレーションも人気です。
その中井さんが、長い俳優人生の中で初めてみずから映画の企画を立ち上げました。
タイトルは「大河への道」。
中井さんを動かしたのは「新たな時代劇を作りたい」という思いだったと言います。
なぜ今、時代劇なのか?
中井さんを支えるものは一体何なのか?

デビューから41年目を迎えた中井貴一さんに、高瀬耕造アナウンサーが迫りました。

中井貴一さんを出迎えたのは・・

アルトリコーダーを練習する高瀬アナ
東京都内のホテルの1室。
映画の1シーンさながらに、廊下をさっそうと歩いてきた中井貴一さんを迎えたのは・・・。
高瀬アナウンサーのリコーダーの演奏でした。
文字だけの記事ではその名演をお聞かせすることはかないませんが、高瀬アナウンサーが必死に練習したというその曲、中井さんは気がついてくれたでしょうか。
笛を吹く高瀬アナを見る中井さん
中井(以下敬称略):(当惑しながら)ここの部屋であってますか?

高瀬:中井さんのための曲を、用意させていただきました。
                           
中井:「信玄」のテーマですか?
   (編注:1988年の大河ドラマ「武田信玄」。主演は中井貴一さん)

高瀬:その通りです!私、中学校1年生の時に音楽でリコーダーで合奏したんですこの曲。

中井:本当ですか!?
                               
高瀬:私達の世代にとって、本当に印象に残っているドラマです。ご本人の前で披露して、手が震えました。

中井:びっくりしました。でも、ありがとうございます。一瞬、部屋を間違ったのかと思いました。ずっと弾きながらでもいいですよ(笑)。

俳優生活を救った「武田信玄」

インタビューする高瀬アナ(左)と中井貴一さん(右)
高瀬:あえてお聞きしますが、「武田信玄」は中井さんにとってどういう作品でしたか。
  
中井:僕にとってはとても大きな1年でした。当時、ちょうど23歳ぐらいで、別の大きな映画の話が事情により駄目になってしまったんです。その頃は「明日仕事があるかな」と考えていたような時で、「俺の俳優人生もここまでか」と、とてもショックを受けていた、そんなところに武田信玄のお話をいただいたんですよね。ですから、僕を救ってくれたといいますか。精神的にも救ってくれたというか、そういう作品であったなというふうに思います。

高瀬:当初は上杉謙信役だったという説を聞いたことがあるのですが、本当ですか?

中井:本当です。もっと言わせていただくと、最初は武田信玄の息子役でお話いただいたんです。そこから上杉謙信をやらせていただきますという話になり、お返事をした数日後か1週間後ぐらいに、NHK側から武田信玄をやって欲しいと。

高瀬:そうだったんですね!!

中井:いろいろな巡り合わせがあったというか・・・。当時24歳で、僕1人でNHKに行くと、プロデューサーから言われたんです。
「中井くん、最初は主役はやらない方がいい。背負うものがたくさんある。『独眼竜政宗』の後なので、比較されたりするから、最初は上杉謙信をやって欲しい」と。
そこから徐々に主役を目指しなさいというお話で、その時は、ごもっともだなと思いました。それに上杉謙信はなんとなく自分の中のイメージに合ったんですよね。
信玄と謙信では、謙信ぽいなと感じていたので、「なるほどおっしゃることはわかりました。喜んでやらせていただきます。」と言って、その1週間後に「いや信玄で」と言われたんですよね。

高瀬:ひっくり返りますね。                           

中井:だから、この人は何を言ってるんだ?あの説得は何だったんだ?って(笑)。そこからちょっと考える時間があったのですが、甲府の駅前にある信玄像のイメージと違うせいか、みんなに止めた方がいいって言われたんです。
ただ、もともと天邪鬼なので、「やめろ」と言われれば言われるほど、「やろう」と思うようになって、それでお引き受けしました。

高瀬:秘話をありがとうございます。

41年経っても緊張する“初日”

中井貴一さん
高瀬:NHKの番組では、特に若い世代の皆さんには「サラメシ」のイメージがすごくあると思うのですが、役作り、声作りといいますか、非常に丁寧に準備をされていると聞きました。
                                          
中井:元々は夜中の番組だったんです。夜11時とかからの放送で。最初にプロデューサーに「何で夜中に昼飯やるんですか?」と聞いたら、仕事で疲れて帰ったサラリーマンの方々に、明日のランチに思いを馳せてもらえるような、みんなの応援歌にしたいということでした。
それで5パターンぐらい声のトーンを考えたんですけど、そうだ、やっぱり夜中なので、みんなの気持ちを1回、昼にしようと。夜のトーンに合わせるのではなく、まずは1回、目を覚ましてもらおうということで割と明るいトーンで読んだんですね。それがもう11年続いています。

高瀬:夜中に切り替えてもらうためですか。「昼が来た」と。

中井:夜バージョンも、眠れるようなバージョンの声も考えていたんですけど。

高瀬:お芝居のときも、そのように準備されるんですか。 

中井:そうですね。41年やっていても、いまだに初日の前は眠れないんです。どうして眠れないのかというと、初日の第一声で声のトーンが決まるというのがとても不安なんです。だから初日はちょっとナーバスになるというか、大切にしてるというか、そういうところはありますね。

高瀬:私も声の仕事をしていますが、それを聞いて反省しました。準備というのは本当に大事なんですね。

中井:ニュースをお伝えするときは、感情を入れてはいけないんだと思いますが、僕たちは、どううまく感情を入れていくかを優先して考えるので。それにはちょっと準備が必要かなというふうに思います。

映画「大河への道」とは

©2022「大河への道」フィルムパートナーズ
俳優生活41年目を迎えた中井さんが初めて企画を立ち上げた映画が、「大河への道」です。
原作は落語家の立川志の輔さんの新作落語「大河への道ー伊能忠敬物語ー」。
江戸時代に精密な日本地図を作ったことで知られる伊能忠敬にまつわる物語が、現代劇と時代劇の同時並行で描かれます。
中井さんは、伊能忠敬の偉業を大河ドラマにしたいと奔走する市役所の総務課主任と、伊能忠敬亡き後、地図を完成させるため奔走した天文学者、高橋景保の2役を演じています。

時代劇にかける思い

高瀬:大変長らくお待たせしました。「大河への道」についてお聞きします。

中井:やっと来ましたね(笑)。

高瀬:中井さんにとって、俳優生活41年目の節目の作品となりましたが、志の輔師匠の落語を聞いて、「これだ!」と思ったんですか?。

中井:ここ数年、テレビやなんかでも常に時代劇が見れるということがなくなってきて、時代劇をどうやって残していけるのかと考えていました。実は日本という国は、とてもドラマにする題材が少ない国なんです。当然、軍隊もありませんし、貧富の差も海外で言われるほどではない。
そうすると、「恋愛」や「先生」、「刑事」というふうに、できることの幅が狭くなってくるんです。
これで時代劇までもやめてしまうということになると、じゃあ何をやったらいいんだという話になってくる。
また、時代劇の製作には実はいろいろな産業が関わっているんです。例えばわらじを作ってくださるところとか、かごを作ってくださるところとか、時代劇が無くなって、そういうものがなくなってしまうと、もう多分この先、再興することは不可能になるのではないかと。なるべく細々とでも時代劇を続けていかなきゃいけないという思いがあるんですよね。

高瀬:なるほど。

中井:ただ、いかんせん、作る側の意欲はあっても、やっぱり見ていただけないと続けていけない。どういうふうに時代劇を残していったらいいかという方法みたいなものを、いくつか提示をしていきたいなと思っているときにこの落語に出会ったんです。
タイムスリップではなく現代と時代を描いて、しかも喜劇と悲劇みたいなものも表現する。それができるのはこの作品ではないか、映画化したら、一つの提案になるんじゃないかと思ったのがきっかけでした。

高瀬:確かに今回の映画は、昔からある勧善懲悪というか、切った張ったの世界でもない、最後も成敗というような感じはありませんでした。                

中井:はい。まったくありません。
だからといって、僕は時代劇を現代劇風にしてしまうというのもどうかと思っているところがあります。歌舞伎にしろ、能にしろ、狂言しろ、伝統芸能と言われるものは「型(かた)」というものがあり、そこから崩していくんですが、僕たちの商売は「型」がない。
だから「型」なるようなものを残して、そこからみんなが自由に崩していって、また型に戻ってやり直すみたいなことができる舞台を作れればいいなと思っているんです。
©2022「大河への道」フィルムパートナーズ
高瀬:今のお客さんに見てもらうためには何が必要だとお考えですか? 

中井:コメディ感覚というんでしょうか、今はそれをどこかで感じてもらわなければならないし、でも、これだけ時代物が少なくなってくると、そのコアなファンの方たちもいる。そういう方たちに、「歴史って面白いんだよ」と言っていただける状況にしていかなきゃいけないなと思っています。
そういう意味では、伊能忠敬さんは、歴史好きの人たちにとっても、とても好まれる人物ですし、そこをフィーチャーしていきたいなと思っているんです。

高瀬:実は今回の映画には、伊能忠敬が出てこないですよね。

中井:そうです。この映画は、伊能忠敬は出てこないで、それで伊能忠敬を描く。
僕たちの中では伊能忠敬さんが作った地図こそが伊能忠敬である、それがすべてだということですね。志の輔さんの落語でもそうだと思うんですけど。 

高瀬:それが最後の感動的なシーンに繋がっていくんですね。コミカルなところも随所にありましたが、個人的な注目ポイントとしては、(劇中で)「武田信玄2」のポスターが貼られていたことに気がつきました!
                                       
中井:僕は知らなかったんですよ。                        

高瀬:ええ?知らなかったんですか。あれうまいなと思いました。

中井:現場に入って、これかと思ったんですけど。でも確かに、大河で僕が武田信玄をやらせていただいた後も、武田信玄が出てくるじゃないですか。何で俺に話が来ないんだろうって思うことが、多々ありました(笑)。

昔の人に思いをはせるロマンを

©2022「大河への道」フィルムパートナーズ
高瀬:この映画を通じ、あえて1つしっかり見てほしいということ、あるいはここにこだわったということがあったら、教えていただきたいです。

中井:そうですね。本当に志の輔さんの落語がとてもよくできているので、僕たちはそれをどう具現化していくかということだけなのですが、今の僕たちは発達した文明の中で生きているけど、昔の人たちの方が人間としては優れていたのかも知れないと思うんです。何もない時期に、今の僕たちと同じことをやっていたんですから。僕たちは歴史を年号で教わりますが、誰が何をやったとか、誰が偉人だとかということだけではなく、昔の人に思いをはせることのロマンを感じてもらいたい。
今、見てくれているあなたが、500年後には偉人となってるかもしれないんだという思いで、この映画を見ていただきたいなと思います。

高瀬:歴史の教科書には出てこないような人たちが、思い悩みながらその場その場で最善を尽くして出来上がっていくストーリー、今も同じことはいっぱいあるんでしょうね。
                                     
中井:そうですね。ただ、今の時代はみんなが歴史に残りたいと思ってしまいがちな世の中になってしまっている。でもきっと支える人たちがいて初めて、上に立つ人がいる。そういうものがあるのが多分強いんだと思うんです。僕が「雲霧(編注:『雲霧仁左衛門』)」や「信玄」をやらせていただいたところから学んだのは、例えば信玄は部下を大事にした。部下が信玄を選ぶし、信玄を強くした。信玄はそれがわかっていた。だから彼は本当にもうちょっと時代が違えば、天下を治めていただろうって僕は思っているんです。「雲切」なんかも同じ理論で役作りをしてるところがあるんですよ。だから、上に立つ人間は、下で支える人たちにトップにしてもらった人が強いんです。そう、僕は思っています。

高瀬:中井さんも自身も支えられているということでしょうか?         

中井:僕は本当にスタッフに恵まれてると思います。映画でもみんなに支えられています。主役なんて、みんなに支えられているんですよ。うちの父(編注:俳優の故・佐田啓二さん)もよく言ってたそうです。「主演っていうのは立ってりゃいい」って。助演は芝居をしなきゃいけないんだ、だから僕は助演男優賞が欲しいってよく言ってたそうです。

高瀬:この映画で言えば、松山ケンイチさんとか北川景子さんですね。

中井:もうみんなに助けられて。僕今回は主演というよりも・・・

高瀬:「主任」ですね(笑)。

中井:「主任」です。それいいな(笑)。
                          
高瀬:映画を拝見したんですけど、お話を伺って、もう1回見たくなりました。

中井:あとでもっといろんな裏話話しますけど(笑)。 

俳優・中井貴一の"現在地”は

高瀬アナ(左)と中井貴一さん(右)
高瀬:俳優・中井貴一さんの“現在地”は今、ご自身ではどんな認識でいらっしゃいますか。          

中井:いやあ、なかなか成長もできないし。本当に僕はいつまでたっても自信がないんです。ですから映画を撮っても、絶対試写会で見ないんですよね。今回は企画として入っていたので、強制的に見せられましたけど、なるべく見ないで公開までいきたい。で、公開を過ぎてから自分でチケットを買って見に行くというふうにしないと、みなさんに「見てください」って言えなくなるんですよ。自信がないから。自分のイメージでは、きっと60歳ぐらいになったら、「みんな見て見て!」って言ってるかと思っていたんですが、全然なれていない。ポジショニングなんて、20代のころから何にも変わってないと思います。

高瀬:私よりちょうど一周りくらい先輩でいらっしゃる。若いときだったら、100%、120%出さなくてはできなかったことが、6割、7割でできる部分も出てくるじゃないですか。そういう中で、物足りなさとか、もて余すようなエネルギーをどこにぶつけていいんだろう?と。

中井:それは真逆です。僕は20代の頃に、60代ぐらいの先輩を見たときに、いろんな意味で余裕があるんだろうなと思っていたんです。ところが、全く逆ですからね。若い子たちと同じ土俵に立って芝居をすることになると、歳をとった分だけ、3倍も4倍も努力をしないと同じテンションで仕事ができないんですよ。
若さっていうのはそういうものなんです。過ぎ去ってみて気づくんですけど。歳をとってから7割、8割の力でやってたら、彼らの3分の1にもならないです。だから、彼らが100でやってるんだったら、僕たちは150出す力がないと、対等にはできなくなります。だから、歳をとるとものすごく大変になりますよ(笑)。

高瀬:すごい響きました・・・。

中井:僕たちは体が楽器じゃないですか。この体をどう保つかとか、やっぱり努力が必要になってくる。高瀬さんもすぐそうなりますよ。(笑)

高瀬:今のお話、肝に銘じます。

中井:お互いに努力をしてまいりましょう。               

高瀬:今日はどうもありがとうございました。                

中井:最後にもう1回、笛を吹いておかなくて大丈夫ですか?僕が去っていくところを見送るために、ちょっと一回やってください(笑)。

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科学文化部記者

信藤敦子

平成21年入局。新聞記者を経てNHKに。平成23年から科学文化部。関心のある医療分野のほか、元芸能マネージャーの経験を生かして、主に文化全般・芸能取材を担当。性暴力被害や虐待問題、ジェンダーの取材も。

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