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ソメイヨシノ その起源を探る旅

2022.04.22 :

サクラと言えばソメイヨシノをイメージする人も多いと思います。
全国の学校や神社、公園などに植えられていて、その数は数百万本といわれています。そのソメイヨシノの起源には謎が多いことをご存じでしょうか。江戸時代の後期に現在の東京・豊島区で最初の1本から増やされていったとも言われていますが、その最初の1本は人為的に交配されたのか、それとも自然にできたのかさえも諸説あり、詳しい由来は謎に包まれています。樹木は300年以上生きるものもあるので、「最初の1本」がまだどこかにある可能性があり、それを見つけ出せばソメイヨシノ誕生の謎も解けるのかもしれないのですが、それにたどり着くことは事実上、不可能だとみられてきました。しかし、新しい発見をもとにソメイヨシノの最初の1本にたどりつけるかもしれない可能性が浮上し、私たちはその研究者を追いました。これほど身近ながら、謎が多いソメイヨシノにどこまで迫れたのでしょうか。

愛されるソメイヨシノ

花見といえばソメイヨシノ(写真は上野公園)
ソメイヨシノは日本の春の到来を告げるだけでなく、「時代」や「精神性」も投影されて愛され、明治時代以降に急速に植樹されました。戦時中などは「見事に咲いて、散っていく」ことに人の一生を重ねて大切にされ、戦後は「冬が寒いほど、見事に咲く」ことに、復興と平和の願いを託すなど、単なる観賞用の樹木という枠を超えて大切にされてきました。
そのソメイヨシノですが、オオシマザクラとエドヒガンの品種がかけ合わされてできたとみられています。誕生したのは江戸時代の後期で、今から150年から200年程前。樹木の寿命からすれば、まだ残っていても不思議ではありません。

ソメイヨシノは「奇跡のサクラ」

ソメイヨシノはどのような特徴をもつサクラなのか。静岡県三島市にある国立遺伝学研究所に向かいました。国内にある200種類以上のサクラが敷地内に植えられています。ここでサクラの管理をしている樹木医の梅原欣二さんに案内をしてもらいました。
研究所で桜を管理する樹木医の梅原欣二さん
訪れたのはことし3月31日。ソメイヨシノの親とされるエドヒガンとオオシマザクラが咲いていました。
▽エドヒガンは葉が出る前に濃いピンク色の花を咲かせ、樹木の背丈が大きくなりすぎずに、花見にちょうどいい高さになるのが特徴ですが、花は小ぶりです。
▽オオシマザクラは白く大ぶりの花を咲かせることが特徴ですが、花と同時に葉が出るほか、樹木の背丈が高くなってしまいます。
ソメイヨシノは、この両者の「イイトコどり」をした品種で、エドヒガンのように、葉が出る前に花が咲き、その花は華やかな淡いピンクになります。そして、花見がしやすい枝ぶりで、成長が早く育てやすいのも特徴です。
”天城吉野”
では、エドヒガンとオオシマザクラを交配するとソメイヨシノになるのか。この研究所では、この交配実験が積み重ねられ、「御帝吉野(みかどよしの)」、「天城吉野(あまぎよしの)」などと名付けられて育てられています。しかし、どれも葉と花が一緒に出てしまったり、花が大ぶりになってしまったり、どれもソメイヨシノと違うことは一目瞭然です。同じように交雑しても、もう一度生み出すのはほぼ不可能とされていて、ソメイヨシノはすべてがちょうど良い特徴をもった「奇跡の1本」なのです。
梅原さん「ソメイヨシノの親と同じものを掛け合わせたサクラがあるのですが、いずれもソメイヨシノとは全然違います。一生懸命ソメイヨシノを作ろうとして掛け合わせたんだけど、一緒のものはできませんね」

ソメイヨシノの里 東京「染井村」

ソメイヨシノはどのようにして誕生したのか。
その場所として言い伝えられている所が東京にあります。東京・豊島区の駒込駅の周辺にソメイヨシノ発祥の地であることを記念して作られた公園があります。
古くから地元に住む関根春夫さん
関根さん「ここがソメイヨシノ発祥の地っていうことについては、僕は誇りに思いますよ。自分にとってこのサクラは、自分の親父や母親、それに娘などと同じ存在です」
古くからここに住む関根春夫さんです。江戸時代後期のこの地域の古い地図を見せてくれました。通りに沿って植木屋が建ち並んでいるのがわかります。地元では伝説のように、こうした植木屋でソメイヨシノが誕生したという秘話が語り継がれてきました。しかし、詳細な経緯を記した資料などはなく、人為的に交配して作り出されたのか、それとも自然に交配してできたのか諸説あり、誕生の経緯には多くの謎が残されているのです。

最初の1本からすべて”接ぎ木”で増やした

その関根さんたちは、グループを作って公園の一角でソメイヨシノの若い木を育て、全国に贈る活動をしています。若い木を見せてくれながら、ソメイヨシノを増やす方法を説明してくれました。ソメイヨシノは「接ぎ木」と呼ばれる技術で増やすのです。根を張ったサクラの近縁種の幹を切って、ソメイヨシノの枝を挿して固定し、成長させる園芸の技術です。
接ぎ木のあとを見せてくれる関根さん
関根さん「根はオオシマザクラで、幹を切ってソメイヨシノの枝を差す『接ぎ木』で育てています。節のように膨らんだ下がオオシマザクラで、節よりも上がソメイヨシノです。ソメイヨシノには種ができないから、『接ぎ木』で増やさなければ増えないのですよ」
この方法では、「接ぎ木」するための「枝」を取った側の木と、「接ぎ木」で成長した木は、基本的に全く同じ遺伝子をもつことになります。すべてこの方法で増やされているので、ソメイヨシノはすべてが同じ遺伝子をもつクローンなのです。
”接ぎ木”で増やすためソメイヨシノはすべて遺伝的にはクローン

種ができないソメイヨシノ

ソメイヨシノはなぜ種ができないのか。それは、「接ぎ木」で増やすことと深く関係しています。サクラの仲間は、「自家不和合性」と呼ばれる特性があり、近親交配が進まないために、自分の花粉では種ができない仕組みが備わっています。
一般的に、この「自家不和合性」の特性をもつ樹木は、近くにある同じ品種の別の樹木の花粉が運ばれてきて受粉し、種ができます。しかし、ソメイヨシノの場合には「接ぎ木」で増やしているので、近くのソメイヨシノの花粉も遺伝的には「自分の花粉」と判断され、「自家不和合性」の仕組みによって種ができないのです。別の品種のサクラとは種ができますが、その時点で雑種となり、純粋なソメイヨシノではなくなります。つまりソメイヨシノには種ができず、増やすには「接ぎ木」という方法しかないのです。

先祖をたどれない樹木だったソメイヨシノ

ソメイヨシノはこうした特徴を持つため、先祖をたどって「最初の1本」にたどり着くことは極めて難しいとされてきました。ヒトであれば、遺伝子を調べることで親子関係を分析して先祖をたどることができます。しかし、ソメイヨシノは基本的に遺伝子が同じクローンであるため、この方法が使えません。どちらが親なのか遺伝子からはわからないからです。

全国各地のソメイヨシノは主に4つのグループに

こうした状況によって、ソメイヨシノの「最初の1本」を探すことは不可能とされてきましたが、それを変えるかもしれない「手がかり」が得られたのです。

かずさDNA研究所の白澤健太主任研究員
千葉県木更津市にある「かずさDNA研究所」の白澤健太主任研究員です。その「手がかり」を生み出すきっかけとなった最新の研究成果を説明します。
白澤さんは、全国各地のソメイヨシノ46本について、ソメイヨシノの全ゲノム解析というすべてのDNA配列を読み解く作業を行いました。ソメイヨシノのDNAはおよそ7億の塩基対があり、現代の科学技術でもかなりの手間と時間がかかります。そして、成長の過程で起きるごくわずかな塩基配列の違いを丹念に調べたのです。遺伝子の違いよりもはるかに小さな痕跡を追うもので、砂丘の中から、一粒の砂を探し出すような作業ですが、46本について「砂粒ほどの違い」を見つけ出して比較したのです。
すると、これまでわかっていなかったことが見えてきました。全国各地のソメイヨシノは大きく4つのグループにわかれることがわかりました。そして、その4つのグループのソメイヨシノが上野公園で4本並んでいる場所があるということもあわせてわかったのです。
全国のソメイヨシノは遺伝的特徴から主に4つのグループに分かれた

鍵を握る上野公園の4本のソメイヨシノ

上野公園の4本は公園の一角に集中していた
その4本は、上野公園の銅像の脇にあるソメイヨシノです。公園の管理番号で133番、134番、136番、138番とされています。江戸時代の寺の跡地と言われていて、寺の境内に4本並んでいたのではないかともいわれいてるサクラでした。白澤さんは、「偶然では考えにくく、この4本から『接ぎ木』したソメイヨシノが、各地に広がって行った可能性が高い」と判断しました。この4本は過去に別の研究者から、「最初の1本」と特に関係が深いのではないかと指摘されていた4本でもありました。

「最初の1本」の重要な手がかりか

この結果から、白澤さんは重要な手がかりを見いだします。この4本は「最初の1本」から「接ぎ木」されたのではないか。そうであれば、「最初の1本」の枝にはこの4本の特徴の痕跡があるはずです。つまり、4本と同じ「塩基配列のわずかな違い」がある4つの枝をもつソメイヨシノを見つけ出せば、それが「最初の1本」と言える可能性があるというのです。
”最初の1本”は4本の特徴を持っている?
白澤さん「最初の1本は、この4本のソメイヨシノが持つ特徴を同時に持ち合わせていると考えられます。つまり、異なる枝にそれぞれの特徴があるということなんです。そういった木があれば、最初の1本の可能性が非常に高いといえると思います。この特徴をたどって、最初の1本にたどり着ける可能性があるのです」

「最初の1本」は見つかるのか

江戸時代からあるとされる小石川植物園の古木からサンプリングする白澤さん
白澤さんが3月末、東京・文京区にある東京大学附属の小石川植物園にいました。この植物園には、江戸時代からあるとされる国内でも最古級のソメイヨシノがあります。幹は太く、枝の何本かはすでに朽ちて切り落とされていて、重ねてきた樹齢を感じさせます。研究のための許可を得た白澤さんは、花や葉を採取していきます。すでに枯れた枝もありましたが、太い4本の枝からサンプルをとりました。
白澤さん「これを今から持ち帰って分析して、どういう結果が出るか。『最初の1本』であったら、皆さんびっくりされる結果になるんじゃないかと思います」

初期的な分析結果

分析は、葉や花からDNAを抽出して塩基配列を読んでいきます。すべての塩基配列を読み取って分析を行うには3か月近くかかります。分析開始から2週間ほどで、分析の暫定的な結果がでました。ソメイヨシノの「最初の1本」はわかったのか・・・。
小石川植物園で最も古いと考えられるソメイヨシノの4本の枝のうち、▽1本が、上野公園の133番または138番のいずれかと特徴が一致し、▽もう1本の枝も、133番または138番のいずれかと特徴が一致したというのです。さらに詳細な解析が進められていますが、133番と138番の特徴を同時にもつのであれば「最初の1本」である可能性は高まります。どのような結果になるのか、慎重に解析が続けられています。
植物園の古木は上野公園の2本の特徴に似ていることがわかった
白澤さん「最初の1本であるという可能性はまだ残っていると思います。さらに詳しくこの木からサンプリングをして調べて、4本の枝を識別できるような特徴があって、それが上野公園の4本の特徴と一致すれば、まだ可能性はあるのかなと思います」
東京は戦時中、上野公園も含めて焼け野原となっていて「最初の1本」を探すこと自体が無謀だという声もありますが、白澤さんはこの研究について、通常の科学研究とは違う価値を見いだしていると言います。
白澤さん「科学研究はわかっていないことを知りたいことが原動力で、自分もそういう研究をしてみたいと思ってきました。科学研究は基礎と応用に分けられるんですけれど、この研究はその2つではなくて、ロマンを追い求める研究なのかなと思っています」
白澤さんはこうした「ロマンを求める研究」で、広く一般の人と「わくわく」するような科学の面白さを共有したいと考え、通常であれば論文になるまで、一般の社会にはデータの公表はしないという研究者の流儀とは、あえて違う方法をとっているのです。

まだ続く「最初の1本」を巡る「旅」

白澤さんの”旅”はまだ続く
ソメイヨシノの「最初の1本」にたどりつくことができるかは誰にもわかりません。しかし、全ゲノム解析から見えるわずかな手がかりを武器に、「最初の1本」を探す「旅」のようなロマンに満ちた研究はさらに続いていきます。そして、白澤さんはその過程の科学の「わくわく」を一般の人に広げていこうとしています。
この取材の過程で、もうひとつ印象に残ることばがありました。
地元の誇りとして東京・駒込でソメイヨシノを守り、つなぐ活動をしている関根さんです。「最初の1本」を探すことについて、こう話していました。
関根さん「世界中のすべてのソメイヨシノが全部、『最初の1本』だって言っちゃうんですよね。接いでるだけだから」
その瞬間、はっとしました。
私たちがソメイヨシノを美しいと思う理由がわかったように思いました。「接ぎ木」で増えるソメイヨシノは、「進化」も「変化」もなく、江戸時代に奇跡のように誕生した「最初の1本」と、寸分違わぬ姿でいまも咲いているからなのだと。

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科学文化部記者

藤ノ木優

2009年入局。福島局、札幌局などで原発事故の農業や環境への影響や、大学の科学研究、地域医療などを取材。

現在、科学・文化部で新型コロナウイルスなど感染症を中心とした医療取材を担当。

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