文化

“沖縄”と向き合う 俳優・松山ケンイチの挑戦

“沖縄”と向き合う 俳優・松山ケンイチの挑戦

2021.12.07

来年=2022年、沖縄は本土復帰から50年となる。
その年の初め、ある新作の舞台が東京で上演されることになった。
主演は役との真摯な向き合い方で定評のある俳優・松山ケンイチさん。
舞台に向けた思いを聞いた。

沖縄のことをもっと知りたいと思わせる台本

松山ケンイチさん

この日、茶色のジャケット姿で現れた松山さんは、少し緊張したような表情を浮かべていた。
難しいテーマを含む舞台に臨もうとしているからだろうか。
私たちは、まず、今回の台本を読んだ感想を聞いた。

『コザ騒動』という名前は知っていました。ただ、その名称を分かっているだけで、実際に当時、何が起きて、どういう感情で騒動が起きたのかということは知りませんでした。
だから、今回、台本を読んで、当時の沖縄の人たちがどんな思いでいたのか、その一端を知ることができました。
すべてではないと思うんですけれども。あまりにも知らなさすぎたと。
当時のことを知る人たちと実際に話をしてみたい。そして、もっと沖縄のことを知りたいと思わせてくれるような脚本でした。

「hana-1970、コザが燃えた日」

松山さんが挑む舞台は、「hana-1970、コザが燃えた日」。
数多くの舞台を手がけ、今や演劇界を代表する栗山民也さんが演出を、現役の教師で高校演劇ではその名を知らぬ人はいないという畑澤聖悟さんが脚本を担当する。
この2人は、故・井上ひさしがタイトルと構想だけを残した「母と暮せば」の舞台でもタッグを組んだ。
平和の大切さ、そして戦争の悲惨さを伝えようという思いは共通している。
松山さんは、次のように話した。

僕はその当時、生きていたわけでもないし、リアルに体験しているわけではないので、そのままをお客さんに届けることはなかなかできないと思います。
ただ、戦争の描き方みたいなものが少しずつ変わってきている気がしています。悲惨な環境や状況にも温かさはある。人と人とがつながる温かみのようなものなんでしょうか。
そういうものを、この台本からも感じています。
今回は血がつながっていない家族がメインの話ですけれども、そのなかでも幸せな空気感みたいなものを、僕はすごく感じました。そうしたことをうまく出していくことで、今、生きる人たちのそれぞれの幸せの価値観のようなものが、少しずつ、この作品を通して変化するかもしれないし、改めて考えるきっかけになるかもしれないし。
それが現代に生きる僕が、作品に出演する意味なのかなと、考えました。

舞台で描かれるストーリーは

舞台では、1970年、住民たちの不満や怒りが爆発するようにして起きた「コザ騒動」の当日、基地の近くにあるバーで繰り広げられる人間もようが描かれる。
「コザ騒動」は、沖縄県中部のコザ市、現在の沖縄市で、住民がアメリカ軍関係車両およそ80台に火をつけた事件だ(「コザ暴動」、「コザ事件」などとも呼ばれる)。
ストーリーは、沖縄戦、アメリカの統治、基地問題、そしてベトナム戦争などを絡めながら展開していく。
松山さんが演じるのは、4歳のときに沖縄戦ですべての家族を亡くし、ある女性に引き取られた男性だ。

20歳のころに、戦争映画をやらせてもらったことがあって、戦争のことは、やっぱり自分も知っていなきゃいけないと思うようになりました。
沖縄に行く機会があったとき、撮影の合間にレンタカーを借りて「ひめゆりの塔」に行ったりしたんですが、消化しきれなくて。あまりにも残酷すぎて、悲しすぎて、当時の手紙などが読めないんですね。もしかしたら、もう16年くらいたっているので、また全然違う感覚なのかもしれませんが、親になっているので、ますます見られないのかもしれない。
ただ、どんなことでも同じかもしれないんですが、見て見ぬふりをしてはいけないことが、生きていくうえでは、あるんだろうと思うんです。僕にとっては「コザ騒動」もそういうことなのかなと思いましたし、「ひめゆりの塔」もそういうことなのかなと思っています。

どのように主人公を演じるか

松山さんは、どのように主人公を演じるつもりなのだろうか。
今の段階での思いを聞いてみた。

ものすごく傷ついてきた人だと思っているんです。でも優しさもあって。優しいからこそ、ものすごく傷ついてきたというか。そういうところがあるような気がするんです。
そういう人の優しさとか、傷つく感じは、別にその当時だけのことだけではない。形を変えて同じような傷を負っている人たちは今もたくさんいると思います。
でも、その傷を、傷じゃなくすると言うのでしょうか、プラスの方向に変えていくのは、やはり家族の力や、周りの人たちのつながりのような気がするんですね。それが僕はものすごく好きで。傷が傷のままではなくなるというか。
それは今にも通じることなんじゃないかなと思っています。

「こういう作品だからこそ“人”を表現したい」

松山さんの役作りは、これから本格化する。
今、松山さんは、この作品への出演が、自分のターニングポイントになるのではないかと感じているそうだ。

どの作品でも、自分に返ってくるもの、与えてもらっているものがたくさんあります。その後の自分の生活や生き方、考え方もどんどん変わってきます。今回も、知らなかったものを知ることができるという意味では、同じようにたくさんのものをもらえる作品だなと思います。
本土と沖縄の考え方の違い、価値観の違いというか、その目線のようなものも、現地の沖縄に行って取材をしていくなかで、得られることもたくさんあると思います。
あとは家族のことでしょうか。きっと自分の子どもにも、この話はすると思います。8月が近づくと戦争をテーマにした記事やニュースの特集が出てくるわけじゃないですか。それを子どもが目にして、聞いてくることもあるんですよ。『戦争って何?』とか。今回の舞台についても、子どもたちと話をすると思いますし、家族の形について考えるのかもしれない。
ただ、あまり気合いを入れすぎてもきっと伝わらなくなると思うんです。こういうものだからこそ、力んだり、背負いすぎたりせずに、きちんと人を表現できればいいなと思っています。

松山さんは、これから沖縄の人たちの思いをどう取り込み、舞台へと昇華させていくのか。
私たちは、その過程をつぶさに見ていきたいと思う。

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