戸惑う医師たち。日本の地方病院が、サイバー攻撃にやられた。
X線の画像、投薬の記録、8万5000人分の患者の電子カルテが、失われてしまった。
災害と同様の非常事態宣言を発した病院。不安を隠さない患者たち。
人々の命を守る病院が、ハッカーに狙われたとき、何が起きるのか。
未明の衝撃 “電子カルテが使えない”
未明に事件は起きていた。
およそ8000人が暮らす徳島県西部の山あいのつるぎ町。町の医療を支える町立半田病院の当直勤務に当たっていた看護師、寒川忍さんは、突然、院内のプリンターが、けたたましく動き出したことに驚いた。
はき出されてきた紙には、英文やURLが印刷されていた。



襲ったのはサイバー犯罪集団
病院によると、バックアップ用も含めて、院内のサーバーのデータはほぼ暗号化された。受付から、診察、会計まで、すべての電子システムがダウン、病院は混乱に陥った。

混乱する病院の現場


「お名前、生年月日、ご住所、電話番号を書いてもらうようにしているんで…」
患者の予約状況や個人情報が分からなくなっていたため、受付で1人1人に聞き取っていた。
受付に並ぶ患者は、「氏名などを全部、言ったり、書いたりしないといけなくて大変」「2時間待ってもまだ、診察してくれない」などと困惑の声をあげていた。

対策をとっていたが・・・

電子カルテなどのデータが失われないよう、バックアップ用のサーバーを設置していた。しかし、これもウイルスに感染してしまった。
丸笹寿也事務長は「システムを構築したときにサイバーテロまで想定していなかった」と明かす。
バックアップサーバーは、あくまで地震や水害などでメインのサーバーが壊れた場合の予備で、高い場所に設置していたが、サイバー攻撃から守る仕組みにはなっていなかった。
診療への影響
診療室を取材させてもらうと、医師は、患者ひとりひとりに、改めて、これまでの治療の経過などを確かめていた。

患者側 「いつごろって、…もう10年になります」
これまでの検査結果や、X線などの画像、処方した薬の記録も参照できない。
病院は、患者への直接の聞き取りだけでなく、これまで患者がかかっていた別の病院や、調剤薬局、介護施設などからデータをかき集めて、なんとか診療を続けている。
診察にあたっていた須藤医師は「定期的な過去のデータと比較できないと、ちょっとした異常が分からないことがある。安全策をとりながら、診療している」と説明する。

命に関わる・・・不安
取材に応じてくれた77歳の男性はがんを患い、半田病院で1年以上、治療を続けてきた。

できることから、ひとつひとつ

毎日、朝と夕方には、職員を集めた会議を開き、現場の状況を共有する。

「メールアドレスがいま使えないで困っているという方がいらっしゃったら、言ってきてください。なんとかします」
病院の必死の努力が続くが、攻撃から20日あまりたったいまも、システム復旧の見通しは立っていない。

なぜ地方病院を?
犯行側の意図はわかっていない。ただ、セキュリティーの専門家によれば、半田病院を狙ったわけではなく、攻撃対象を無作為に探していたハッカー集団側が、弱点のあるシステムをみつけ、侵入できた先が、結果的に半田病院だったとみられている。
今回、犯行グループから送りつけられた脅迫文には「身代金を支払わなければ、データは公開される」とも記されていて、犯行側は指定したURLにアクセスして、交渉のテーブルにつくよう求めている。
病院は、身代金を支払っても、データが戻ってくる保証もないことなどからアクセスを行わず、交渉を行っていない。
厳しいサイバー犯罪捜査の現実
ただ、捜査関係者のひとりは「諦めるわけではないが、正直、捜査のしようがない部分もある」とこぼす。ウイルスの侵入経路を特定するためには、システムなどに残された「ログ」=履歴を確認することが重要だが、今回は、ログがウイルスによって消去されているなど、捜査の壁は厚いのが実情だという。
相次ぐ医療機関への攻撃
一方、海外では、より深刻な被害も相次いでいる。ことし3月オーストラリアの医療機関では被害の対応のため、ITシステムをすべて停止。緊急度の低い手術を延期したほか、5月にはアメリカの病院が14万人以上にのぼる患者や職員の個人情報などが漏洩した可能性があると公表している。
さらにイギリスの有力紙、ガーディアンなどによると去年9月、ドイツの大学病院では攻撃により救急患者の受け入れができず、別の病院に搬送されることとなった患者が死亡するという事例も発生したという。

現役の放射線科の医師であるとともに、大学病院で、情報システムの責任者も務めている近藤教授に、相次ぐ医療機関のサイバー被害を食い止めるには、どうすべきか、求められる対応策を聞いた。
近藤教授は、まず、サイバー攻撃が年々巧妙化しているにも関わらず、医療機関側の理解が追いついていないと現状を訴えた。
さらに、背景にあるのが、医療界では、サイバー攻撃に関する情報共有が十分ではないという現状だという。厚生労働省をはじめとした関係機関は、これまで医療機関に対して、サイバー犯罪が発生した際などに、注意を呼びかけている。しかし、そうした呼びかけは、抽象的なものが多く、医療機関が対策に乗り出しづらいばかりか、サイバー攻撃への理解も深まらないと、指摘する。
今回、被害を受けた半田病院は「被害の実情を広く伝えることで、全国の教訓にしてもらいたい」と復旧対応で多忙を極める中、わたしたちの取材に応じてくれた。
「半田病院の二の舞になるようなことが起きないように」
半田病院の教訓を生かせるのか。いま、医療業界が問われている。
#サイバーセキュリティ/#マルウエア/#医療/#IT・ネット
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