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天才プログラマーの「けしからん」革命

2021.10.06 :

日本からGAFAのような革新的なサービスを世界に提供するIT企業は生まれるのか?

 

「十分にできる」

 

確信を持って言い切る男性がいる。登大遊、36歳。天才プログラマーと呼ばれ、ソフトウエア開発の分野で数々の実績を残してきた登さんが考える、イノベーションを起こすためのキーワード。

 

それは「けしからん」

 

ついつい、既存のルールや常識にばかり気を取られがちな人にこそ、読んで欲しい。「アメリカや中国に十分勝てる」と言い切る登さんからのメッセージだ。

コロナ禍で迫られたテレワーク

"マジか“という感じでした
去年5月、東京都市大学にエンジニアとして勤める田原英樹さん(44)は追い詰められていた。

コロナ禍で、急遽、求められたテレワーク。しかし、大学には、職員が自宅から作業できる環境はほとんど整っていなかった。

テレワークのシステムを導入する場合、規模にもよるが、数千万円かかることもある。ゼロからIT企業に発注すれば、開発期間も数か月かかる。

救世主「シン・テレワークシステム」

頭を抱えていた田原さんに、救いの手を差し伸べたのが「シン・テレワークシステム」というサービスだった。職場のパソコンの画面を、そのまま、自宅のパソコンに映すことができるツールだ。

これを使えば、自宅にいながら、会社にいるときと同じように業務が進められる。

導入に必要なのは、会社と自宅のパソコンのそれぞれにソフトウエアをダウンロードすることだけ。しかも、利用料はかからない。他人に作業の内容を盗み見されないよう、通信は暗号化するなど、高いセキュリティーが保たれている。

画期的なシステムだった。
最初はあまりに簡単なので、大丈夫かな?と思ったくらいです。本当に救世主的なシステムでした。経費もかからず、既存の設備だけで十分いける、素晴らしいシステムだと感じました
このサービス。無料公開から1年あまりで、全国18万人以上の人が使うまでになっている。

開発した天才プログラマー

この「シン・テレワークシステム」をわずか2週間で開発したのが、情報処理通信機構=IPAでサイバー技術の研究部門トップを務める、登大遊さん(36)だ。

登さんが開発したシン・テレワークには、革新的な仕組みが取り入れられている。

一般に会社が使っている社内ネットワークは不正なアクセスを防ぐため「ファイアウォール」と呼ばれる「壁」がつくられている。このため、自宅といった社外からアクセスしようとすると、この壁によってはじかれる。そこで、企業側は、サーバーなどの機材を配置して、特定の社員のアクセスのみを許すという調整を行っている。

その許可は、例えれば、壁にドアを作って通すという方法で行っているが、登さんが開発したシステムでは、社員・職員であることを認証するだけで、「壁」を抜けてアクセスすることができる。その技術は、登さんが20年かけて培ったハッキングの技術を応用した独自のもの。これによって、専用の装置を設置してドアを設置する必要がなく、大幅にコストが削減できる。

セキュリティー関係者によれば、こうしたシステムを開発できるプログラマーは、日本では、登さんくらいしかいない。
登さんは兵庫県で生まれた。

小学生の時に「自分で遊ぶゲームを作りたい」と出会ったのが、プログラミングだった。
以来、数々のゲームを自作するなどして、めきめきと技術を高めていく。

18歳のときには、プログラミングの分野で難易度が高いといわれる「VPN」の開発に成功。これをもとにベンチャー企業をおこした。

IPAから「天才プログラマー」として認定も受け、今では、セキュリティー業界で知らない人はいないというほど名が知られている。

「けしからん」からすべては生まれる

登さんの職場、IPAのサイバー技術研究室を訪ねた。

公的機関ならではの「お堅い職場」を想像していたが、目の前に広がっていたのは、真逆の光景だった。

雑多に置かれたパソコンの部品、さらに、ぐちゃぐちゃに絡まる配線。
さらに、アヒルの人形など、サイバー技術に無関係と思えるおもちゃまで、並んでいる。

一見すると、管理者から「業務スペースにこんなものをおいて、けしからん!」と言われかねない雰囲気。しかし、この「けしからんこと」にこそ、登さんが、これほどまでに傑出したプログラマーに成長できた鍵がある。
日本の組織の場合は、完全リスクゼロでやろうとしてしまう。なにか変わったことをしようとすると"それはけしからんじゃないか"と言ってくる管理的な人がいて、面白いものがなかなか生まれない
登さんは、いまの日本企業が、ルールやコンプライアンスの順守にとらわれるあまり、自由な発想で、新しい技術やシステムを開発する土壌が失われていると考えている。

登さんの言葉を借りれば、むしろ、そうした日本の企業文化こそ「けしからん」という。

ルールは確実に守りながらも、ときには遊びながら、新しい実験的な挑戦ができる空間をきちんと確保すること。これが、新たなイノベーションを生むと登さんは考えている。

この日はIPAでセキュリティーを学ぶ若者たちが、登さんの部屋にやってきて、ゲームで遊んだり、サーバーを分解してみたり、自由な発想で、実験を試みていた。
アメリカのコンピューター会社の歴史がさまざまな本にも載っているが、重要なものを作っていたときというのは、こうした変な雰囲気でやっていた。そうした共通点がある。単に面白いところだからきてみて、ついでにコンピューターの実験をやる。その方が結果として、利益があるのではないかと思う

けしからんの原点は

実は登さんは、学生時代からこうした「けしからん」と向き合うことで、イノベーションを起こしてきた。

登さんが高校生のとき、校舎内でカップラーメンを食べていたところ、教員から、こんなことを言われたという。
カップラーメンの汁をトイレや洗面所で流すことはけしからん
なぜスープを捨ててはいけないのか。納得のいかないルールに、逆に「けしからん」と反骨心を抱いた登さんは、思いも寄らぬ行動に出た。

カップ麺のスープや残りの具などをゴミとして捨てずにため続け、その様子を、小型カメラで24時間記録するシステムを開発したのだ。

さらに、当時としては珍しいインターネット配信までやってのけたという。

「けしからん」から始まった、このアイディアは、多くの人の役に立つサービスへと発展していった

今度は、この技術を生かして、体育祭の模様をネットで生中継したのだ。

ひとりの生徒の手によって行われた体育祭のネット中継は、仕事などで体育祭を観にいくことのできなかった保護者たちから、大いに喜ばれた。

これが登さんの原体験のひとつになった。
カップラーメンのスープをゴミ箱やトイレに捨ててはならないというルールは100%順守したまま、やりたいことをやるというのがけしからん精神。(こうした取り組みを)どんどんやっていけば、世の中でみな困っている問題が解決されて、よいものが出てくるのではないかと思っている
登さんがいう「けしからん精神」はルールや常識を真っ向から否定したり、逸脱することではなく、むしろ、そのルールや決まりを正面から見つめ直して疑うことで、新しい価値を生み出そうとすることだった。

けしからんの空間を広げたい

常識や既成概念にとらわれない遊びや実験に挑戦し続ける登さん。
いま取り組むのが自由で「けしからん」空間を、全国各地にも広げることだ。

この日は、もうひとつの職場、NTT東日本に登さんは出社した。その技術力と発想力が買われ、去年4月に非常勤社員として入社している。
 
NTT東日本は、全国に電話局や事務所など3000以上の建物を所有している。こうした建物の中に「けしからん」スペースを作ってしまおうという構想だ。
登さんが、有志社員とともに開いた作戦会議では、場所の選定作業が行われた。

そもそも、スペースが確保できる部屋があるのかどうかを確認するのはもちろん、アクセスのよさなどを検討。その結果、東京の都心のほか、埼玉県や宮城県なども有力候補として上がり、今後、具体的な下見を行うことを決めた。
日本の大きな会社も小さな会社もお役所もどこでもコンピューターシステムや通信で新しいことをやりたいという人が、なにかできるような、試行錯誤が許される部屋が、全国にたくさんできることが夢だ

金脈を生かしてイノベーター育成を

そして、登さんは、いま、NTTだけが持つ金脈の力を解放することで、大きなイノベーションを起こそうと、もくろんでいる。

案内してくれたのは、都内某所にある施設。ヘルメットをかぶり、階段を降りること、10分あまり。地下50メートルの地点にまでたどり着くと、そこには、大量のケーブルが走るトンネルが現れた。
NTTが日本全国に張り巡らす電話線とインターネット回線の光ファイバーだ。

登さんは、こうした日本列島・津々浦々に張り巡らされたインターネット回線の一部を、全国のプログラマーに開放したいと考えている。

そこが、遊びや、発明を生み出す、新たなプラットホームになるのだ。
これまでにないシステムやソフトウェアをつくるときに、サーバーなどを置いてもいいんですよ”みたいな場所を作ってあげれば、わーって、変な人が1万人くらい集まって、しばらくすれば、いい人材が育成されるのではないか。多くのエンジニアがこれを使って実験できるような環境をつくりたい
「デジタル敗戦」とも指摘される日本から、世界の人々の生活を変えるようなイノベーションを生み出すためには。

登さんは、「けしからん」を受け入れ、生かしていくためには柔軟な発想とチャレンジ精神が必要だと、登さんは考えている。
大企業や役所のようなレガシーなけしからん組織が、実はアメリカのシリコンバレーの金脈に相当するのだと思う。それになかなか組織が気づけていない。眠っているものを掘り出して、最大限を活用する。そうすれば、アメリカや中国のIT企業に比べても、十分に勝てる
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科学文化部記者

福田陽平

神奈川県茅ヶ崎市出身。2013年入局。岡山、札幌局を経て2021年4月から科学文化部。担当分野はIT・サイバーセキュリティーと文化・芸術(美術・アート)。地方局時代には、アニメーション監督・高畑勲さんや脚本家・倉本聰さんといったクリエイターなどを取材。岡山では、ハンセン病の元患者、札幌ではアイヌ、LGBTの当事者など、マイノリティーをテーマとした取材も継続している。学生時代に観た是枝裕和氏のドキュメンタリーに衝撃を受け、善悪の単純な二元論で、物事を捉えるのではなく、その「間」を深く取材し、多面的に報道することを目指している。趣味は映画鑑賞、美術館巡り、ひとり海外旅行、読書(小説)。学生時代に吹奏楽部、映画サークルに所属し、いまも年間150本は映画を観る、完全な「文化系」。日課は、契約する5つの動画配信サービスを横断し、映画・ドラマをひたすらチェックすること。悩みは、新たにどの動画配信サービスに入るべきか。

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記事の内容は作成当時のものです

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