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文化の灯を絶やさない

映画を止めるな!若手監督たちの挑戦

2021.10.16 :

全国で緊急事態宣言が明けた10月1日、「DIVOC-12」という風変わりな名前の映画が公開されました。

 

12人の監督による12本の短編からなる作品で、独特のタイトルは、新型コロナウイルス=「COVID-19」を反対にしたもの。映画の力で、コロナ禍で苦境に陥った映画界の現状をひっくり返そうという思いが込められています。

 

映画が思うように作れない状況に追い込まれた若手監督たちを支援しようというプロジェクトから生まれた、この映画。

 

「映画の灯を絶やしたくない」と、製作に参加した2人の監督の挑戦を追いました。

苦境に陥る映画界

新型コロナウイルスが猛威をふるい、さまざまな影響を及ぼした2020年。映画界では、邦画の公開本数が2019年に比べておよそ3割減り、興行収入も半分近くにまで落ち込みました。

影響は現場にも及び、映画製作の延期や中止も相次ぎました。

映画関係者の間で暗いムードが漂う中、この年の10月に発表されたのが、「DIVOC-12」というプロジェクトでした。企業が設立したコロナ禍の支援基金を元手に、若手の映画関係者の映画作りを支援しようというのです。
「DIVOC-12」©2021 Sony Pictures Entertainment (Japan) Inc. All rights reserved.

困難なときこそ映画の出番!

大ヒットした「カメラを止めるな!」で知られる映画監督の上田慎一郎さんは、このプロジェクトに参加した1人です。
上田慎一郎さん
いままで、映画に助けられてきたという上田さん。困難な時こそ映画の出番だと、プロジェクトへの参加を決めました。

上田さんが製作した10分の作品は、ある映画館が舞台です。

映画館を訪れた監督志望の少年に、謎めいたスタッフの女性が自分の半生を語るところから物語が始まります。

女性の回想シーンの冒頭は、白黒の映像で音声もありません。

しかし、時間が進むにつれて音声が入るようになり、画面が色づき始め、ついにはCGが駆使された最先端の映像になっていきます。
「ユメミの半生」 ©2021 Sony Pictures Entertainment (Japan) Inc. All rights reserved.
実は、その女性が語る半生は映画の歴史そのものでした。

女性は半生を語り終えたあと、少年にこう伝えます。
「続きは、君がつくるのかもね」
上田さんはこの作品に、コロナ禍でも若い人たちに映画を作り続けてほしいというメッセージを込めていました。

むしろいま、作らなければ

映画の歩みを止めたくない。

その思いは、作品の製作手法にも表れています。

上田監督は今回、日本の映画で初めてとなる最新技術を導入しました。

映画史120年を一気に振り返る本作の舞台は、駅や荒野、森の中、道場と、10分の間にめまぐるしく場面が変わります。

世界各地でロケーション撮影したように見えるこうしたシーンのほとんどが、実はスタジオの中で撮影されたものです。
背景はLEDディスプレイの映像
それを可能にしたのが、「バーチャルプロダクション」と呼ばれる新技術。

精巧に作られた映像を超大型のLEDディスプレイに映し出して、背景にしています。

背景をCGなどで作る場合、これまでは緑色の幕の前で俳優が演じ、あとから映像を合成する「クロマキー合成」と呼ばれる撮影手法が一般的でした。

一方、バーチャルプロダクションでは、すでに作り込まれた背景の映像の前で演技をすることになります。このため、俳優はまるでその場にいるかのような気持ちで、演技ができるといいます。
コロナ禍では、ロケ地の撮影許可を取ることが非常に難しくなったと話す上田さん。

さまざまな制限があっても、工夫次第で映画が作れることを示したかったといいます。
「クリエイターのみなさんに作りたいと思ってもらいたい。“あっ、作れるんじゃん”って。“むしろいま、作らなきゃ”って、思って欲しいんです」

監督の夢をつなぐ若手も

このプロジェクトに参加したことで、監督への夢をつないだ人もいます。
中元雄さんです。

数年前から、自主映画が映画祭で賞を受賞するようになり、2020年は製作の仕事が次々と舞い込むようになっていました。
しかし、コロナ禍で状況が一変します。

決まっていた仕事が延期や中止となり、春先にはスケジュールがまったくの白紙になっていました。

貯金を取り崩しながら、ホームページ制作のアルバイトでなんとか生活費をまかなう日々。そんなとき、この映画製作への誘いを受けたのです。

ことしの3月に中元監督の自宅を訪ねると、熱心に絵コンテを描き、撮影に向けて準備を進めていました。
作品の絵コンテ
「これがなかったら、いま何していたんだろうと思います。これがチャンスだと思って参加させていただきました」
そして5月、ようやく撮影が始まりました。

中元さんにとって、2年ぶりとなる映画の撮影現場です。

個性的な脇役は、コロナ禍のあおりを受けて仕事が少なくなっていた仲間の若手俳優たちにお願いして出演してもらいました。
出演した若手俳優たち
さらに、アクションの指導や特殊メイクは、若手の映画人を応援するというプロジェクトの趣旨に賛同した、その分野のトップランナーたちが参加してくれたのです。
特殊メイクを担当した藤原カクセイさん
完成した映画は、ホームセンターに大量のゾンビが現れ、清野菜名さん扮する女性店員が次々となぎ倒していくアクションコメディ。

見る人の気持ちをスカッとさせるような大胆なアクションを、ふんだんに盛り込みました。
「死霊軍団 怒りのDIY」 ©2021 Sony Pictures Entertainment (Japan) Inc. All rights reserved.
「DIVOC-12」に収録されている他の11作品と比べても、明らかにテイストが異なる作品。

中元さんは、自分の持ち味を最大限に発揮して、作品にぶつけました。
中元さん「最初はコロナ禍の状況を重ねたりとか、深いメッセージみたいなことを考えたりした時期もあったんですけど、1番はいろんな人が面白いと思ってくれることなので、そんな10分間の作品を作ろうと思いました」

いよいよ上映

10月1日。映画館で作品の上映が始まりました。中元監督にとって、全国規模の公開は初めてです。

中元さんの人生を賭けた10分間が、観客に届けられました。
「スタートした瞬間からとても面白かったです」

「中元監督の作品に度肝を抜かれたんですけど、すっきりした気分になりました」

「不安な気持ちを払底してくれるような感じがして、私はすごい救われました」
上映後、中元さんに話を聞くことが出来ました。
「上映できて本当にうれしかったです。今回の企画で救われたというのは大きいです。映画監督って、作りたいけど作れないのが1番辛いので。これからもやっぱり見てくださる方が笑顔になったり、面白かったと言ってくださるような作品を届けていきたい」
照れ隠しなのか、いつもはにかみながら質問に答えてくれる中元さん。

でも、このインタビューの最後は、記者をまっすぐ見据えてこう話しました。
「俺は絶対、死ぬまで映画を撮ろうと思っています」

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科学文化部記者

加川直央

学生時代はバンドに明け暮れ、就職活動で見事に全敗。

あまりに世間知らずだったことに愕然として逆方向に針が振れ、ギターをペンに持ち替えて記者を目指す。

Webメディアやデータジャーナリズムの台頭を目の当たりにする中、動画の可能性を感じて2015年にNHK入局。

初任地の京都では、漫画やアニメの原画、レトロゲームの保存と継承の問題について取材。ファミコンの開発責任者だったレジェンド、上村雅之さんにインタビューしたことが良き思い出。

科学文化部では、主に映画とITを担当。これまでに濱口竜介監督の演出論や、クリエイターを支援する”NFT”の特集などを制作。

ものづくりする人が楽しく暮らせる社会を目指して取材中。

メディアの未来と文化全般に関心があり、好きなものはSF小説とお笑い芸人のラジオとTwitterの炎上ウォッチ。

隙あらばゲームをしています。現在の推しバンドは家主。

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記事の内容は作成当時のものです

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