SPECIAL
文化の灯を絶やさない

明けない夜はない
ジャズピアニスト上原ひろみの挑戦

2021.10.22 :

「この1年ちょっと、自分で振り返ると、1つ出てくるのは『負けてたまるか』だったんです」

 

世界的に活躍するジャズピアニストの上原ひろみさんが、コロナ禍を振り返って選んだことばは「負けてたまるか」でした。

 

新型コロナウイルスの感染拡大で観客を集めたコンサートや演劇などが次々に中止や延期となり、「エンターテインメントは不要不急」といった論調すら広がる中で、何を考え、どう過ごしてきたのか。

 

1年半ぶりに音楽活動の拠点とするニューヨークに戻り、ライブを行った上原さんに話を聞きました。

今できることをやろう

上原ひろみさん
「ずっと日常だったものが非日常になってしまって、私たち音楽業界の人間は仕事ができなくなるということだったので、どうやって毎日を乗り切っていこうかと。春だったので、夏が終わる頃には、秋が終わる頃には…と、どんどん永遠に終わらないトンネルの中にいるような気がして。その中で今この状況で何ができるだろうかと必死に探す毎日でした」
アメリカ・ニューヨークを拠点に音楽活動をしていた上原さんは、去年3月、アメリカでのツアー中に新型コロナの感染が拡大し、日本に帰国。

それから1年半、先の見えぬまま、日本にとどまることになりました。

そのとき思い浮かんだのは「今できることをやろう」という気持ちだったといいます。
上原ひろみさん
「正直、精神的に落ち込んでいる余裕はなくて、いまどうこの状況を乗り切ろう、という気持ちでした。同じ音楽業界の仲間と一緒に必死になって泳ぎ続けるという1年でした。とにかくできることはできるだけやろう、という姿勢で頑張ってきました」

“必ず太陽が姿を見せる”と信じて

いつか、お客さんの前で発表する日を待ち望みながら、上原さんはコロナ禍の自分の心情の変化を曲にします。
「何もできない状況の中で、家で唯一できることが練習と作曲で、いつか発表するであろう曲を書くということが、自分にとって1番この状況に屈しない証しだったんです。こんな状況だけれど、何か新しいものを作り出せたということが、自分の精神衛生上、1番健康だったのかなと思います。『負けてたまるか』という気持ちでした」
完成した新作の曲名は、「Silver Lining Suite」(シルバー・ライニング・スイート)。

シルバーライニングというのは「背後の太陽に照らされ雲の縁にみえる光」。
英語の慣用句で「どんなに厳しい状況であっても希望はある」という意味です。

上原さんは曲に込めた思いを、こう語ってくれました。
「孤独を感じ、未知のものと闘い、心の置き場所を求めてさまよいうつろい、不屈の精神でたたかっていく…、これが順々だったらいいんですけど、コロナ禍というのは順々にならないので、行ったり来たりです。一歩進んでは一歩下がり。でも、曲を書いて、そういう希望のようなものがあるかぎり、それは前進だと思いました。その瞬間だけみてしまえば非常に苦しい状況であっても、必ずここを抜ける。シルバーライニングという光のリングというのは、雲の後ろに太陽があるから見えるので、今はただ曇っていて見えないだけ。そんな気持ちにさせてくれるものが、曲作りでした」

音楽の種火を消さなかった日本

この曲を最初にお客さんの前で披露したのは、日本で開いたライブでした。

新型コロナの影響で海外からのゲストを呼べず、店を開けられない状態が続いていたジャズクラブのために自分が何かできることはないか。
考え抜いた末に、収容人数を減らしてライブを開き、同時にライブ配信も行うことにしたのです。

「SAVE LIVE MUSIC」と名付けられたこのライブ。
厳しい入場制限が設けられていた去年夏から、上原さんはおよそ1年にわたって続けてきました。
上原ひろみさん
「自分がライブをすれば音楽に携わる人たちに雇用がもたらされるという気持ちで最初は始めました。音楽を心の栄養と思っているお客様もたくさんいらっしゃって、本当に手を取り合って進んでくるような時間でした。そのライブがあったから、自分もなんとかやってこられたと思います。音楽業界救済のためというのはありましたけれど、音楽をやらせてもらえる環境があったというのは本当に心強かったです」
本来ならば、仲間とお酒を飲みながら、音楽に耳を傾けて、余韻にひたる。

そんな日常は一変し、声も出さず、1人1人距離を保って座る、という形でしたが、上原さんは、それでも日本でライブを続けられたことに感謝しているといいます。
上原ひろみさん
「日本ではもちろんマスクをして、声も出さないで、という状況でやっていますけれど、本当にみんなよく耐え忍んで頑張ってきているなという感じがします。もっと自分たちは、がんばってるって言っていいんじゃないかなって思いました」

復活途上のニューヨーク

ニューヨークに戻った上原さん
そして、今月。
ようやく実現したアメリカでのライブのため1年半ぶりに活動拠点のニューヨークに戻った上原さん。

しかし、以前の街の姿はそこにはありませんでした。

少しずつにぎわいを取り戻しているものの、外国からの観光客の姿はほとんどなく、まだ再開していない店や劇場も多くありました。
「今回、1年半ぶりにニューヨークに来て逆に強く思ったことは、『海外はもうコロナがあけた』みたいなイメージがすごくあったんですけど、たくさんマスクをしている人がいて驚きました。友人をライブに誘っても、まだちょっとライブに行くのは不安があるという方もいらして。だから今はいろんな思いの人がいて、それぞれ自分たちの価値観でものを決めているところがあると思います」
10月8日 ニューヨークにて1年半ぶりのライブ
今も続く新型コロナの影響。

それでも音楽には人と人をつなぐ力がある。

上原さんは、集まったニューヨークの観客たちを前に「明けない夜はない」という思いを込めて新曲を演奏しました。
「ニューヨークで本当に久しぶりにライブができたということはすごくうれしかったですし、お客さんの『待ってた』という気持ちもすごく受け止められたので、バーチャルハグをしたような感じです。音楽を、パンデミックが始まる前のようにいろいろな国に行ってシェアしたいという気持ちで曲を作ってきたので、それがひとつひとつ実現できたらいいなと思います。またきっと立ち止まることもあるでしょうし、決まっていたものが崩れたりすることもあるかもしれないですけど、絶対に負けないという思いはあります」
“コロナ禍では、全員、頑張っている。だからこそ、誰1人として傷つけたくない”と、丁寧にことばを選びながら話してくれた上原さん。

大胆な演奏からは想像もつかないほどの繊細さと、笑顔の裏にある芯の強さを感じました。

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    アメリカ総局記者

    佐藤真莉子

    2011年入局。福島局、社会部、国際部を経て現所属。

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