SPECIAL
震災の海はいま

津波の海 回復を阻む温暖化の影

2021.10.29 :

震災と原発事故からまもなく10年8か月。

津波は、陸に住む人間の暮らしを破壊しただけでなく、海の生態系にも大きな影響を与えた。

あの日、大きく損なわれた海の生態系となりわい。

10年かけてどこまで再生したのか、いま、何が起きているのか、シリーズでお伝えする。

1回目は、三陸の海の回復を思わぬ形で阻んでいる、新たな異変だ。

「アマモ場」で豊かな生態系が回復

宮城県南三陸町にある志津川湾。

太平洋から流れ込む寒流と暖流、さらに川から運ばれる、豊かな栄養分を活かした「養殖業」がさかんだ。

港では、旬を迎えたカキの出荷が始まっていた。
カキ漁師の男性にことしの出来を尋ねると「まずまずでねぇべか。生食で食べれば美味しい」と満足げに答えてくれた。

志津川湾の生態系の土台になっているのは、豊かな海草類だ。

NHKが記録した震災前の潜水映像では、光がよく届く浅瀬に海草のアマモが生い茂っている様子が確認出来る。
震災前の「アマモ場」
アマモは光合成を行って、海に酸素を供給し、アマモが生い茂る「アマモ場」は、さまざまな生きものが身を寄せ、命を育む「海のゆりかご」になっていた。

しかし、10年前の3月11日、最大25mの大津波が志津川湾に到達。家を丸ごと押し流す力で、海の環境も一変した。

それから2か月後に海の中を記録した映像では、土砂とともに大量のガレキが流れ込んでいる様子が分かる。
生きものたちも、住みかを追われ、海の再生は、瓦礫を人の手で片づけることから始まった。

アマモはその後、どうなったのか。4年後に行われた調査の映像が残っていた。

東京大学の小松輝久准教授(当時)が潜水調査で見つけたのは、津波の衝撃が弱かった場所で、かろうじて生き残ったアマモだ。
震災4年後に見つかった「アマモ場」
地中に残った地下茎から新しい芽を出し、命をつないでいたのだ。

そして今、海はどこまで回復しているのか。

私たちは震災前から20年以上、志津川湾に潜り続けている佐藤長明さんとともに確かめた。
震災前にアマモの群落があった場所に船で案内してもらうと、津波で一度小さくなったものの、今は青々とした姿を取り戻していることが確認出来た。
東京大学などが行った調査によると志津川湾のアマモ場は、震災前よりむしろ増え1.4倍の面積になったという。

海では魚の群れも確認でき、命を育む「ゆりかご」としての働きも、取り戻していた
(佐藤さん)
「生き物の数は震災前の6、7割にまで回復してきている。海草は芽吹くし成長するし、繁茂してそれに伴って生物が増える」

ウニが「海中林」を食い尽くす

アマモ場が回復している一方で、震災以降、厳しい状況に置かれている場所がある。

アマモ場より少し深い岩礁帯だ。

潜水すると、見渡す限り、岩がむき出しの海底が広がっていた。
海底には一面に広がる黒い影が見える。震災の後、大量発生したウニだ。

かつて、この湾の岩礁帯には、大型の海藻「アラメ」が茂る「海中林」、海の中の森が点在していた。
大津波で多くの生き物が押し流された中、強い生命力をもつウニが岩の間に身をひそめるなどして生き残った。

ひとつのウニが産む卵の数は、1000万から1500万。ヒトデなどの天敵がおらず、急に数を増やしたウニが、アラメを次々と食べたのだ。

東北大学の吾妻行雄名誉教授は、アラメの海中林が減っていることに危機感を募らせている。
(吾妻名誉教授)
「津波によって普通は起こりえないことが起こってしまった。アラメを含むコンブの仲間は(陸の)熱帯林に匹敵する高い生産力を有している。アラメの海中林を回復できるかが一番重要だ」
急に増えたウニが引き起こすアラメの危機。これに拍車をかけているのが温暖化の影響だ。

志津川湾でも、「ここ5年の平均水温」が、1年を通して「ここ30年間の平均」を上回っている。

特殊な構造の口で、アラメなどを削り取るように食べるウニは、海水温が高いほど活性が上がり、より多く海草を食べる。

吾妻教授のチームが湾内の100か所で行った調査、そのうち40か所で震災後、アラメの群落が消失したことがわかっている。
(吾妻名誉教授)
「ウニがいま多すぎる。海水の温度が高いから発芽したとしてもウニに全部食べられてしまう。海水温の上昇で生態系が回復できない状態だ」

高水温でサケが深刻な不漁に

海とともに生きてきた人々のなりわいは今、どんな状況にあるのか。

志津川湾のある南三陸町・志津川漁港を尋ねた。
秋サケでは宮城県屈指の水揚げを誇るがことしはまったく取れないという。

漁業者は「今日獲れたサケは3本。多い人は100本200本獲る時期だ」と嘆く。

震災の後、秋サケの漁獲量は、一度は回復に向かったが、近年、深刻な不漁に直面。それが漁業の再生の足かせになっている。

サケはなぜ帰ってこなくなったのか。

サケの稚魚は、春先に放流されたあと、水温の低い三陸沿岸で成長する。

ところが近年、海水温が上昇し、冷たい水を好むサケが成長できずに死亡。

そのため回帰率が下がっているとみられているのだ。
(サケの生態に詳しい北海道大学 帰山雅秀名誉教授)
「熱中症と同じような感じで、高水温で具合が悪くなる。エサをとる力も弱まって外敵から逃げる力も弱まってくるから、帰ってくるサケが少なくなったと考えている」
漁に出ることをあきらめる人も出ているという。

秋サケを祖父の代からとり続けている及川和彦さんは、今期の漁が始まって2週間、一度も船を出していない。
(及川さん)
「5000円でも3000円でも利益が出ればいいんだけどさ。商売にならない。維持費も大変。息子とかも一緒に乗っているんだけど、これやれやって言えなくなってきたよね。だんだんね」
震災から10年。海の生態系の回復に、「高水温」という新たな異変が想像以上に大きな影響を与えている。
(情報をお寄せ下さい)
NHKでは、被災地の海について取材しています。被災地の海の生態系の回復や異変について、情報をお寄せ下さい。

堀江凱生(がいき)の最新記事
    ご意見・情報をお寄せください

    仙台放送局ディレクター

    堀江凱生(がいき)

    神奈川県鎌倉市出身。2016年入局。仙台局初任。山登りが趣味。

    堀江凱生(がいき)記者の記事一覧へ

    青森放送局八戸支局(映像取材)

    太田悠樹

    兵庫県神戸市出身。2014年入局のニュースカメラマン。札幌局、函館局を経て、現在は八戸支局に勤務。潜水やドローン撮影も行い、陸、海、空と撮影のフィールドを広げている。家庭では、3歳になる息子と、妻を取り合う日々を送っている。

    太田悠樹記者の記事一覧へ

    記事の内容は作成当時のものです

    一覧に戻る