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資本主義は限界?コロナ禍で見つめ直す社会

2021.09.28 :

「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」

書店でひときわ目を引く、刺激的なタイトルにドキッとした。

現代社会を見つめ直す書籍に関心

去年、日本語版が出版され、各所で話題となった1冊。

著者は、文化人類学者のデヴィッド・グレーバー氏。実はこの本、現代の資本主義社会を分析したものだ。

著者いわく、「現代社会には、高い給与を得る仕事でありながら、従事している本人自身が『無意味で、世の中に貢献していない』と感じている仕事があふれ、その一方で、実際に社会に役に立つ仕事ほど低賃金になっている」と指摘し、その背景に迫る形で現代社会の問題点を論じている。

近年、こうした、資本主義社会の問題点や行き詰まりを論じる著書の出版が相次ぎ、売れ行きも好調だという。
写真提供 丸善 丸の内本店
今年2月、東京・丸の内にある大手書店がフェアを開いた。
タイトルは「甦るマルクス 『資本論』から社会を捉えなおす」。『資本論』と言えば、ドイツの思想家、カール・マルクスの著書。

いかにも堅い…。

しかし、書店の想定を超える人気を集めた。通常、こうしたフェアは数週間ほどだが、好評を受けて2か月余りに期間を延長。その間におよそ1600冊が売れたという。

フェアを企画した「丸善 丸の内本店」の澤樹伸也さん自身も、反響に驚いたという。
澤樹伸也さん
「特に20代から30代くらいの若い人たちが足を止め、本を手に取る姿がよく見られた。長引くコロナ禍において、これまで当たり前だったことが、当たり前でなくなって、資本主義のひずみというか、経済格差や貧困の問題が顕在化し、このままの社会でいいのかという疑問を多くの人が抱いているということではないか」
フェアでは、関連する書籍およそ100冊が並んだ。

そのうちの1冊が冒頭の「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」。400ページを超え、およそ4000円する本だが、フェアの期間中、54冊売れたという。
カール・マルクス
さらに、マルクスへの関心も高まっている。

マルクスの末娘で、女性の権利向上や労働者の待遇改善などに取り組んだエリノア・マルクスの人生を描いた映画が日本では今年9月公開された。いまの世界の問題に通じるテーマだとして注目。

また、フェアでは、資本主義社会の本質を徹底分析した「資本論」を現代の問題と関連づけながら丁寧に解説した京都精華大学の白井聡さんの「武器としての『資本論』」も好調だったという。

「人新世の『資本論』」がベストセラーに

複数のヒット作があるなかで期間中、群を抜いた売れ行きを示した本があった。

大阪市立大学の斎藤幸平准教授が書いた「人新世の『資本論』」だ。

「人新世」ということばは、オゾン層破壊の研究などでノーベル化学賞を受賞したパウル・クルッツェン氏らが提唱。地質学には「更新世」や「完新世」など時代区分がある。「人新世」は国際機関に正式に認められた時代区分ではないが、人類の活動による痕跡が地球全体を覆うようになった時代を指している。

「資本論」に加えて、聞きなれない「人新世」という言葉。

一見、とっつきにくそうな本が去年9月の刊行以降、1年にわたって好調を維持し、今年9月時点で、39万部のベストセラーとなっている。

「人新世の時代」の危機 深刻さを増す環境問題

著者の斎藤准教授は、コロナ禍、地球温暖化といった経験したことのない危機と人類の活動との関係に着目。
大阪市立大学 斎藤幸平 准教授
「気候変動やコロナという危機を前にして、もはや誰もが危機の当事者になりつつある。また、同時に加害者でもあるということが重要で、私たちは自らのライフスタイルとか、社会のあり方への反省を迫られているのではないか」
その上で、斎藤准教授は、地球温暖化は「資本主義」によるものではないかと指摘。
「資本主義の本質は、絶えず利潤を求め、資本を増やし、永遠と経済成長していく、ということ。労働者からの搾取だけでなく、自然からもさまざまな資源を徹底して奪っていく」
「人新世」の時代に生まれた資本主義。より多くを生産し、より多くを消費することで世界に豊かさをもたらしてきた。

しかし、環境への負荷が大きく、持続可能な社会にするには、いま一度立ち止まって考えるべきときではないか。

斎藤准教授は、そのヒントが資本論を書いたマルクスにあると言う。

最新研究で浮かび上がる新たなマルクス像

マルクスは資本論の完成を見ないまま亡くなり、第二巻、第三巻は盟友のエンゲルスが遺稿を編集し刊行している。

マルクスは、資本論の草稿や研究ノート、手紙などを膨大に残していて、特に、晩年の研究ノートには「人新世」の時代の危機を乗り越えるヒントがあると斎藤准教授は語る。

最新の研究では、従来考えられていたよりも、環境問題、人間と自然の関係性に強い関心を持っていたことが明らかになり、今までとは違う新たなマルクス像が浮かび上がっていて、今こそ見直す価値があるという。

資本主義は限界なのだろうか

世界の繁栄をもたらしてきた資本主義。本当に行き詰まりや限界を迎えているのだろうか。経済の生産性の問題に詳しい学習院大学経済学部の宮川努教授に話を聞いた。

宮川教授は資本主義の課題や負の側面を認めつつ、次のように話す。
学習院大学 宮川努 教授
「資本主義には、たしかに経済的な格差を作り出すなど、厳しい面、荒々しい面があるが、その反面として技術革新をもたらし、それによって課題を乗り越え、前に進んできた。資本主義は変貌していく。続かないということはないのではないか」
その上で、資本主義の特徴はルールが非常に少なく、自由度が大きいことであり、それゆえに「資本主義はこうだとひとくちに言えない多様性がある」と指摘。
「同じ資本主義国でも、アメリカとヨーロッパでは考え方がずいぶん違う。スポーツで言えばサッカーに似ていて、それぞれの国柄で戦略を作って得意なところを出していくことができる」
宮川教授は、コロナ禍のいまは、自分たちの生活を見直せるチャンスで、資本主義や社会主義などと振りかぶらず、自分たちの社会が何を大切にするべきかを議論すべきときではないかと強調した。

山積する課題 目指すべき社会は

温暖化で被害が拡大したとみられるギリシャでの山火事
国連は、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出を抑え、世界の平均気温の上昇を1.5度以内に抑える必要があると呼びかけているが、現状は厳しい。このまま悪化すれば、壊滅的な事態にもなりかねないと警鐘を鳴らす専門家は多い。
世界の貧困問題に取り組む国際的なNGO「オックスファム」の報告書では2019年の時点で、10億ドル以上の資産を持つ富裕層2100人余りの資産の合計は、世界の総人口のおよそ6割にあたる46億人分の資産を上回っていたという。

日進月歩の最先端技術で便利さが増す一方で、経済格差や貧困などが解決すべき世界的な課題として大きく横たわっている。

地球温暖化という深刻な危機を回避しながら、持続可能で、より平等な社会を築いていくためにはどうしたらいいのだろうか。

宮川教授は、日本を代表する経済学者として活躍し、2014年に亡くなった宇沢弘文さんの「社会的共通資本」という考え方が参考になるという。

社会的共通資本とは、自然環境や教育、医療など、文化的で豊かな生活をする上で欠かせないものを指す。宇沢さんは、こうしたものは効率性や市場原理からは遠ざけ、できるだけ低価格で提供するべきだと提唱していたという。

いま立ち止まり、持続可能な社会へ

斎藤准教授も宮川教授も、アプローチこそ異なるが、「資本主義を基本とする今の社会生活が持続可能かどうかについて考え直した方がいい」という点では一致している。

資本主義は限界なのか。

「人新世」のさまざまな危機を前に、マルクスがいま、およそ150年の時空を超えて解決のヒントを授けてくれるかもしれない。

「クソどうでもいい仕事」とは到底思えない、大きな取材テーマに出くわすことになった。

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科学文化部記者

阿部智己

2008年入局。福井局、札幌局を経て2015年から科学文化部。2年間、消費者庁を担当し、製品事故や子どもの事故などを取材。その後、原子力分野を担当。福島第一原発事故の検証や廃炉の課題の取材を続けている。小さな頃の夢は相撲取り。当時の憧れは逆鉾、琴錦。得意技は上手出し投げ。ブラジルの教育学者、パウロ・フレイレの言葉、「誰かが誰かを教育するのではない。自分を自分一人で教育するのでもない。人は自らを教育し合うのだ。相互の交わりの中で」にひかれ、大学、大学院では教育学を専攻。2児の父。小学生の息子が相撲をしてくれないのが悩み。

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