COLUMN

演技なのか、ドキュメントなのか 世界を魅了!「濱口メソッド」

2021.08.16 :

その作品は、“まるでドキュメンタリーのような演技だ”と評されます。

 

2021年のカンヌ映画祭、「ドライブ・マイ・カー」で脚本賞を受賞した映画監督の濱口竜介さん。
この年の世界3大映画祭のうち、2つの映画祭でそれぞれ別の作品が主要な賞を受賞、一躍世界に注目されています。

 

俳優の自然な演技を引き出す、「濱口メソッド」と呼ばれる独特の演出法に迫りました。

カンヌ映画祭で脚本賞を受賞

2021年7月に開かれたカンヌ映画祭。
濱口竜介監督が「ドライブ・マイ・カー」で脚本賞を受賞しました。
「ドライブ・マイ・カー」は、村上春樹さんの短編小説が原作。

妻を亡くした舞台俳優で演出家の男性が、みずからの車の運転を任せることになったドライバーの女性と対話を重ねるうち、目を背けていた妻の秘密と向き合うようになる物語です。

授賞式で、濱口監督は、作品で演じた俳優ひとりひとりの名前を読み上げ、その演技をたたえました。
濱口竜介監督
「脚本がすばらしいと思っていただけたのは、表現する役者たちが本当にすばらしかったから。役者のみなさんが、この物語を自分の身体ですばらしく表現してくれた」
作品は現地でも上映され、目利きの映画ファンや評論家たちが、高く評価したのも俳優たちの演技でした。
カンヌ映画祭の観客
観客
「最初から最後まで完璧な映画だった。俳優たちの演技がすばらしかった」
フランスの映画評論家 フレデリック・メルシエさん
「とても静かで、まるで映画の中に招待されているようだった。濱口監督の作品には、登場人物の間で何が起きているか、観客に目を向けさせる、そんな力がある」

俳優の自然な演技を引き出す「濱口メソッド」

俳優たちの魅力的な演技を引き出しているのが、「濱口メソッド」といわれる、独特の演出方法です。

その特徴の一つは、撮影前に出演者どうしが集まって行う台本の読み合わせ、いわゆる「本読み」にあります。
独特なのは、本読みの際に「感情を込めてはいけない」というルールがあることです。
「ドライブ・マイ・カー」
俳優たちは「ドライブ・マイ・カー」の撮影現場で、この独特な本読みを、読むスピードを変えたり、声を響かせる場所を変えたりしながら延々と繰り返しました。

主演を務めた西島秀俊さんは、この本読みによって、自身の演技に、これまでになかった大きな変化が起きたといいます。
西島秀俊さん
西島さん
「ずっと本読みをしているので、全員の台詞が頭の中に完全に記憶されるんです。でも本番になったときに、相手が初めて感情を込めてその台詞を言うと、突然、目の前に生きている人がばーっと現れたような感じがして、毎シーン感動するんですよね。不思議な感覚です。もちろん相手は知っている人なんですけど、初めて見る面を見せつけられるような感じがして。何気なく見えるシーンでも、非常に演じている側は感動するという、初めての体験でした。個人的なキャリアとしては、全くいままでとは違う演技になっていたのかなと思います」
濱口竜介監督
濱口監督
「現場に行くまではできるだけ、どのようなトーンでやるかを決めないでいけるといちばん良いということは共有していました。相手をよく見て、よく聞いて出てくるものが演技の中核だと思っているし、人と人がコミュニケーションするということの核心だと思っています。本番では初めて役者さんたちが、この台詞はこういう感情になるのかと感じながら演技をしていると思うので、体の反応が全然違ってくる。体からじかに出てくるものが、ちゃんと映画に映っているんじゃないかと思います」

演技を助ける緻密な背景設定

濱口監督がこうした独特の演出法を確立したのが、2015年公開の「ハッピーアワー」という作品です。
この作品は、濱口監督が講師を務めていた演技のワークショップがきっかけで製作されました。
「ハッピーアワー」
主演の女性4人を含めて、ほとんどの出演者が演技未経験という状況で、濱口監督はどうしたら演技をサポートできるか、試行錯誤を繰り返しました。

そこで、本読みに加えて実践したのが、緻密な背景設定を組み立てることでした。

5時間を超える本編の台本とほぼ同じ長さの、本編には一切登場しないシーンを描いた、もう一つの台本を用意したのです。
「サブテキスト」と名付けられ、登場人物たちの過去の出来事などの「アナザーストーリー」が書かれています。
このサブテキストの台本は単に俳優たちに参考にしてもらうだけではなく、実際に稽古で演じてもらいました。
稽古を通して、俳優たちは、それぞれの役の性格をより深く理解したうえで、撮影に臨むことができたといいます。

その結果、主演を務めた4人の女性は、演技が未経験にもかかわらず、その年のロカルノ国際映画祭で主演女優賞を受賞する快挙を成し遂げました。
「ハッピーアワー」ロカルノ国際映画祭にて
濱口監督は、こうした緻密な背景設定の構築を、演技経験が豊富な俳優たちが出演する「ドライブ・マイ・カー」でも徹底しました。
濱口監督
「キャラクターがそれまでいったいどういう人生を過ごしていたのか、キャラクターどうしがどういう関係性だったのかを、脚本形式にしたり、その脚本を使ってリハーサルしたりということを、実践しています。ただ、それが正解ということでもなくて、“そういうことはあったかもしれないね”ということを共有するだけで、演じやすさが違ってくると思う。演技の力になるところだけを使ってもらうようなものとして準備しています」
「ドライブ・マイ・カー」に出演した霧島れいかさんと三浦透子さんは、濱口監督の現場の印象を次のように振り返りました。
霧島れいかさん
霧島さん
「何かをしなければいけないという感覚がなくなってきて、自然な流れでその時に生まれる奇跡が起きるという感じです」
三浦透子さん
三浦さん
「台詞の細かい言い回しについても、本読みを重ねながら私たちの言葉になりやすい言い回しを考えて、あてがってくださりました」

編集にも秘密が

濱口監督は、映像製作の原点を東京藝術大学大学院の映像研究科で学びました。

カンヌ映画祭のあとフランスから帰国した濱口監督は、「ドライブ・マイ・カー」の編集を務めた藝大時代の同級生の山崎梓さんと共に、母校のトークイベントに登壇しました。
山崎梓さんと濱口竜介監督
山崎さんは、2018年のカンヌ映画祭のコンペティション部門にノミネートされた濱口監督の「寝ても覚めても」でも編集を務め、自主映画も含めると、合わせて4本の濱口作品を編集しています。

トークイベントでは、濱口作品の編集作業について、秘密が明かされました。

映画の撮影がフィルムからデジタルに移行するにつれて、編集作業は撮影と並行して行われることが慣例となっていますが、濱口作品では、すべての撮影が終わったあとに映像を確認し、編集作業が始まります。
山崎梓さん
山崎さん
「監督の言葉で印象的だったのは、“カードを全部めくる”という言葉です。何が撮られているのか、何ができるのかをまず確認してニュートラルな状態になってから、何を隠していくか(編集で取捨選択していくか)を決める。編集は、基本的に脚本どおりにつないでいき、編集で演出を加えるということはありません。編集によってシーンを入れ替えて何かが生きることはないと思います」
“カードを全部めくる”という方法論は、自分自身の思い込みを越えて、作品に客観性を持たせるために必要な姿勢だと、濱口監督は考えています。
濱口監督
「撮影現場では映像を一生懸命見ていますが、映画を20年近く作ってきて思ったのは、自分の目は本当に信用ならないということです。現場ではNGテイクだと思ったけど、あとから見てみると良かったなとか、その逆もあります。一回全部編集の山崎さんと一緒に見て、改めてOKとNGを考えるようにしています。編集も脚本もそうですが、基本的に複数人でやったほうが良いに決まっている。結局、自分のやっているものの評価は、自分ではできないと思っています」
トークイベントのあと、山崎さんは、濱口監督の「編集美学」についても話してくれました。
山崎さん
「特に濱口監督作品で意識しているのは“コンティニュイティー”(つながり)です。例えば人が歩いているカットと、角を曲がったあとのカットの2つがあって、それが一連の動きに見えるように編集する場合、そのつながりの自然さをすごく意識しています。カット変わりが見えなくなるくらいまで、何度もつなぎ直す、まるで濾過(ろか)していくような作業です。基礎的なことですが、編集点に関しては徹底して手を抜かない。それが濱口監督の編集美学だと思います。そういう丁寧な作業の積み重ねが、全体を作っている気がします」
「ドライブ・マイ・カー」を試写で鑑賞してまず驚いたのは、179分という長さを全く感じさせないことでした。

山崎さんの話を聞いて、こうした隙のない編集によって、観客が飽きずに作品を見ることができる緊張感を持たせているのだと思いました。

俳優のドキュメンタリーを撮る

濱口監督に演出論を尋ねるインタビューの中で、何度か「役になりきる」という言葉を口にしました。
すると、濱口監督は「役になりきるというのは、そんなに信じていないんです」と、やんわりと返してきました。

むしろ、自身の作品について、「ある意味すごく演じていることが明らかな映画だ」というのです。
そのうえで、監督の「偶然と想像」という作品に対して外国人の映画ファンから寄せられた感想を教えてくれました。
「偶然と想像」
濱口監督
「“演技がうまいとか下手かということは、私はよく分からない。ただ、演じている役者のパーソナリティーを感じて、この人は本当にそういう人なんじゃないかと思いながら見ているんだ”と言ってくださった外国の方がいました。それは自分がまさに、現場でも感じているようなことです。基本的には、俳優のドキュメンタリーを撮っているという感じです。台詞を言っている役者さんのドキュメンタリーを撮っていたら、自然とそれが物語になるように作っているというようなところがあります」
役者が演じている架空の人物が、まるで実在するようなリアリティーを持って、立ち上がってくる濱口監督の作品。

それは、演技なのか、ドキュメントなのか。

役者と役柄のパーソナリティーが、混じり合い、溶け合うようになって、見る者の心を強く揺さぶる。
その「濱口メソッド」の秘密の一端を、かいま見ることができたような気がしました。

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科学文化部記者

加川直央

学生時代はバンドに明け暮れ、就職活動で見事に全敗。

あまりに世間知らずだったことに愕然として逆方向に針が振れ、ギターをペンに持ち替えて記者を目指す。

Webメディアやデータジャーナリズムの台頭を目の当たりにする中、動画の可能性を感じて2015年にNHK入局。

初任地の京都では、漫画やアニメの原画、レトロゲームの保存と継承の問題について取材。ファミコンの開発責任者だったレジェンド、上村雅之さんにインタビューしたことが良き思い出。

科学文化部では、主に映画とITを担当。これまでに濱口竜介監督の演出論や、クリエイターを支援する”NFT”の特集などを制作。

ものづくりする人が楽しく暮らせる社会を目指して取材中。

メディアの未来と文化全般に関心があり、好きなものはSF小説とお笑い芸人のラジオとTwitterの炎上ウォッチ。

隙あらばゲームをしています。現在の推しバンドは家主。

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ヨーロッパ総局記者

古山彰子

平成23年入局。広島局をへて、国際部に。平成30年よりパリを拠点に欧州情勢を取材中。

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記事の内容は作成当時のものです

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