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松本白鸚さん 最年長「弁慶」に挑む覚悟

2021.04.08 :

歌舞伎ファンに限らず、広くその名前が知られる人気演目「勧進帳」。その弁慶役を16歳の時に初めて演じ、以降当たり役として60年以上にわたってこの役を務め続けているのが、歌舞伎俳優の松本白鸚さんです。ことしの「四月大歌舞伎」で、本興行としての史上最年長記録を更新しました。
公演前にインタビューに応じた白鸚さん。伝わってきたのは、78歳という年齢で弁慶を演じる「覚悟」です。

 

公演前に打ち明けた「迷い」

弁慶役の松本白鸚さん(左)と富樫役の松本幸四郎さん(右)
東京・歌舞伎座で4月3日に初日を迎えた「四月大歌舞伎」。観客のお目当ては、第一部の演目「勧進帳」で弁慶役を務める松本白鸚さんです。祖父の七代目松本幸四郎さんの記録を塗り替えて史上最年長となる78歳で演じるという特別な舞台として、注目を集めていました。

「勧進帳」は、兄の源頼朝に追われた源義経と家来の弁慶の一行が、関守の富樫左衛門が守る「安宅の関」を通過しようとする、歌舞伎十八番のひとつです。この日の舞台では、富樫役を白鸚さんの息子・松本幸四郎さんが務めます。
幕が開き、富樫らが舞台上の関所で警戒にあたる中、義経一行が花道に姿を見せます。義経を先頭に家臣が1人ずつ登場し、その最後に現れたのが、白鸚さんふんする弁慶です。すぐにそれと分かる雰囲気を身にまとった白鸚さんを目にした観客からは、ひときわ大きな拍手が送られました。
歌舞伎ファンにとってはおなじみの「白鸚・弁慶」。今回は幸四郎さんと日替わりで演じますが、公演は1か月にわたる長丁場となります。公演前にインタビューに応じた白鸚さんは、今回役を引き受けるのに迷いがあったと打ち明けました。

「自分の年齢のこととかご時世であるとか、いろいろ考えました。そしたら会社(松竹)から息子の幸四郎さんと一日代わりでなさったらどうですかというお話をいただいたので、それならばと少し考えて決心をして覚悟を決めましたんですけどね」

積み重ねた1150回

16歳の時に初めて弁慶を演じて以来60年以上にわたり演じ続け、これまでに上演した回数は1150回にのぼります。積み重ねた記録について、白鸚さんはこう振り返りました。

「回数とか年齢ってあまりピンとこないんです。役者に歳はないものでございまして、いくつになってもその舞台が最高の舞台をお見せしようという気持ちで死に物狂いで、気がついたらもう60年以上たってしまった」
東大寺奉納歌舞伎(平成20年10月)
その中で印象深い舞台の一つとしてあげたのが、弁慶1000回達成の舞台となった、奈良・東大寺で行われた野外公演です。
「大仏殿の前で勧進帳をやった時、大仏様のお声が聞こえてきまして、『人を喜ばせたり楽しませたりすることはなかなかできることではない、ましてや人を感動させることはできない、そのできないことをおまえは生業としているんだ、おまえは職業にしているんだ、心して励めよ』と」

白鸚さんにとって「勧進帳」とは

「勧進帳」は、弁慶が義経を守るために、白紙の巻物を勧進帳と偽って堂々と読み上げ、富樫の執ような問いかけによどみなく答える「山伏問答」を見せ、果てには疑いを晴らすため杖で義経を打ちつける弁慶の機転と決死の覚悟が最大の見どころです。
「富樫に見とがめられた時に、自分は義経公と差し違えて自害をしてでも主従の覚悟を遂げようという思いで(義経を)打ちつけます。富樫もこの主従の純粋さ、心を思うんです。時代こそ違えど、何かを思う心、『やまと心』を僕は感じますね。ひらがなで書くやまと心という、優しい素朴なおもてなしの心、それをこの場面の富樫と弁慶に感じるんです。
主人を打ち据えるなんて考えられなかった時代ですからね。やっぱり人間は死ぬ気でやらないと事は成せませんですね。それを勧進帳の弁慶をやるたびに思います。人間ってどういう境涯に生まれたとか、どういう目に遭ったかじゃなくて、その人がその時どういう決断をしたか。ささいなことでも、それからの自分の人生を決める大きなことです。その決断をすることが大事です。こういうことを勧進帳をやるたびに、弁慶をやるたびに思うんです」

舞台で見せる圧倒的な気迫

ほかの役よりもせりふが多く、豪快な立ち居振る舞いから舞踊までこなさなければならない弁慶役。運動量と技術の負担や重みを誰よりも知るからこそ、78歳での大役に迷いがあり、その上で覚悟を持って決断したのです。
「舞台っていうのは幕が開いてから閉まるまで1人なんです。文字通りそこに生きて、幕が閉まった時、そこで死ぬんです。そういうのが役者であり、芸人だと思います。そういう思いで今度の勧進帳もお引き受けをさせていただきました。今の自分の持てる力、魂、心を、お客様のお一人お一人にお伝えできればなと思います」

舞台上では、重厚な声で聞かせるせりふ回しや、絶妙な間合いで見せる、感情を込めた「見得」、そして幸四郎さんをはじめ共演者たちとの息のあった掛け合いなど、豊富な経験に裏打ちされた演技が披露されました。それでも最も印象的だったのは、「78歳の今の自分にできる最大限の演技を見せる」という、白鸚さんの気迫です。そして花道を力強く踏み歩いて退場する「飛び六方」を最後の力を振り絞って演じきると、会場からは万雷の拍手が沸き起こりました。
舞台を鑑賞した観客から聞かれたのは、「感動した」「まだまだこれからも続けてほしい」という声ばかりでした。

どんな環境でも演じることがエネルギー

本来であれば満員の観客を前に演じていたであろう節目の公演。新型コロナの影響で制限がある中での開催となったことをどう感じているかを尋ねると、「演じる役者としてやることに変わりはない」と、白鸚さんは迷いなく語ってくれました。

「3年前の三代襲名で3階のてっぺんまで満席のお客様と、現在のこのご時世のお客様、お見せする芸は全然変わりません。それは自分でも不思議だなと思うくらい。僕は震災の時も演舞場で歌舞伎をやっていたのですが、あのときはお客様が一人もいらっしゃらなかったけど、それでもやりました。役者の業なのかなとも思いましたけど、役者にとって芸をお見せすることが一番大事じゃないかなと自分で思っているんですね。
やっぱり舞台人だから、生身で毎日声を出して体を動かして踊りを踊ってお給金をいただいている人間だから、そういう生業だから言えるんでしょうけど、人が生きていくエネルギーは自分の体と心の中にある、ほかのものは補助エネルギーなんです」
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科学文化部記者

富田良

平成25年入局。金沢局を経て平成28年から長崎局で勤務し、原爆を中心に戦争関連の課題や文化財をめぐる問題点などを取材。令和元年夏から科学文化部で文芸や学術などを担当

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記事の内容は作成当時のものです

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