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文化の灯を絶やさない

コロナ禍の新たな公演の形 歌舞伎俳優 市川海老蔵さん

2021.01.19 :

「文化の灯を絶やさない」。今回は、初春歌舞伎の公演をオンラインで生配信した、歌舞伎俳優の市川海老蔵さん。歌舞伎の本興行では初めてとなる試みには、新型コロナウイルスの影響で劇場に来られない人たちに歌舞伎を届けたいという思いがあった。コロナ禍における歌舞伎のあり方について、話をうかがった。

 

「見たい人に届ける方法を」

1月3日から新橋演舞場で行われた「初春海老蔵歌舞伎」。海老蔵さんにとって新橋演舞場での正月公演は恒例行事となっているが、ことしは新型コロナウイルスの影響で座席数が半分以下に制限されるなど、例年とは違う公演となった。そこで考えたのが、千秋楽公演をオンラインで生配信する取り組みだった。
「お客様が来られる人数制限が決まっておりますので、おかげさまで発売してすぐに完売してしまいました。本当は見たかった方もいるのではないのかなっていう思いと、買いたいけど買わずにコロナ禍だから我慢する方もいらっしゃったと推測しました。その方たちに歌舞伎を届ける方法はないかという話をさせていただいて、生配信という形がよいのではないかと。たまたま歌舞伎としては初めての取り組みになってしまいましたが、別に奇をてらうつもりは全くなくて、とにかく見たいけど行けない、見たくても行かない、遠くに住んでいるなど、みなさんいろいろご事情がある。そういう方々に見てもらいたい、何か協力したいという気持ちでした」
市川海老蔵さん
最近ではオンライン配信専用の「図夢歌舞伎」など、歌舞伎界でも新しい形の作品作りが進んでいる。こうした取り組みの必要性を感じつつ、海老蔵さんは歌舞伎俳優としては「劇場で見てもらいたい」という思いが強いと言う。
「舞台は生で見ていただかないと意味がないっていう、どちらかというとそういう役者だったんですよ。ですけど今回に限り、もしかすると今後も続くかも分かりませんけれど、やはりお客様もいらっしゃるけど遠くでも見られるような環境があり、今はそういうような時代に急速に進んできている。これはやはりやらなくちゃいけない、俺は生で見てもらわないといけないんだ、というだけではいけない。見たい方が一人でもいればそのたびにこういう取り組みをやるということは一つのよい方法だと思っています」

劇場全体で乗り越えたコロナ禍での公演

会場では感染対策を徹底
1月8日に首都圏の1都3県に緊急事態宣言が出されたことで、海老蔵さんの公演にも影響が出ることが心配されたが、3日から17日まで予定どおり行われた。海老蔵さんは劇場全体の協力があったからこそ、公演を続けられたと語った。
「国から緊急事態宣言が出て、劇場も停止というようなお触れが出た場合には休演することも覚悟しておりまして、それでも稽古は続けるということで、ぶれない気持ちといいますか、そういう中でやらせていただきました。チケットを買って見に来ていただける多くのお客様のために、市川家ならではの歌舞伎十八番ですから、『毛抜』というお正月らしいおおらかな演目で、劇場にいらっしゃった時には、今のいろんな気持ちを一瞬でも忘れてもらいたいんだというような気持ちでした。楽しく、一瞬でも忘れる瞬間をお客様に味わってもらいたいと思って、一生懸命1か月間、多くの俳優や娘せがれとともに、感染を防ぐためのさまざまな心配りをしながら、おかげさまでコロナになる方が演舞場としては1人もいなかったということはみんなの努力によるものです。お客様の努力でもありますし、劇場関係者の力でもありますし、俳優、裏のスタッフたちも本当に苦しい生活をここまでよく乗り越えてくれたと思います」

裏方として働く人たちへの思い

コロナ禍で一時は公演中止となった歌舞伎界(写真は歌舞伎座)
コロナ禍によって一時は公演を中止せざるをえなくなった歌舞伎界。その間、大道具や小道具、音楽の演奏者など裏方のスタッフたちの仕事が失われ、アルバイトをして生計を立てていた人もいたという。伝統芸能である歌舞伎をこれからも継承するために、公演を支える裏方の人たちと一緒に公演を続けていく必要性を海老蔵さんは訴えた。

「歌舞伎という伝統文化は先人たちがやってきたことを世襲していく古典芸能でありつつ、現代に生きるエンターテインメントでなくてはいけない。歌舞伎というのは当たり前ですが1人でできるものではなく、照明をつける人、かつらを作る人、衣装を着せる人、あと音楽家も三味線を弾く人など、裏方もいっぱいいるんですよ。ですからその人たちが生活できなくなることは歌舞伎としては死活問題ですよね。みんながあっての一つの舞台であり、私は先頭で見得を切ってお客様を喜ばせてお客様を呼ぶ係で、みんなはそれを下で支えてくれる。どこのパーツが欠けてもできないわけですから、大事にするのは当たり前のことですよね」

襲名よりもコロナ収束を

写真提供 松竹
新型コロナウイルスの影響で、当初は去年5月に行うはずだった歌舞伎界の大名跡「市川團十郎」の襲名は延期されることになった。今なお感染収束の見通しが立たない中、思いを聞いた。

「すごく楽観的な言い方をすると、襲名は二の次で、やっぱりコロナが収まることをとにかく願うしかない。医療従事者の方々が命をかけて第一線で戦っているわけで、政治家や飲食業界、エンターテインメント業界も、みんな戦っているんです。ですからみんなで戦い抜いた中で、コロナに遭って死なないこと、コロナの関連で命を落とさないことをとにかくここ数年で頑張ることがまず第一。そして日本が以前のような豊かさを取り戻すことができるのであるならば、そのときに襲名ということも考えてもいいのかなと。ですから、ことし(襲名披露に)行ってくださいと言われれば行きますし、来年だとしても行きますし。ですけど今は自分のことはいいかな」
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科学文化部記者

富田良

平成25年入局。金沢局を経て平成28年から長崎局で勤務し、原爆を中心に戦争関連の課題や文化財をめぐる問題点などを取材。令和元年夏から科学文化部で文芸や学術などを担当

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