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文化の灯を絶やさない

異例の1年でも”新たな発見” 歌舞伎俳優 片岡仁左衛門

異例の1年でも”新たな発見” 歌舞伎俳優 片岡仁左衛門

2020.12.22

師走の京都の風物詩「吉例顔見世興行」が12月5日から行われました。

ことしは新型コロナウイルスの影響で、関西の歌舞伎の公演は中止が相次ぎ、大規模な興行としては、感染が拡大してから初めてとなりました。

この南座の顔見世で、圧巻の演技を見せたのは、大阪出身の人間国宝、片岡仁左衛門さんです。

異例づくしのことしをどう過ごしてきたのか、いまの思いを伺いました。

コロナ禍でもつなぐ伝統の顔見世興行

「いっときは、興行がうてるかどうか、という時期もありましたので、うてると決まったときはホッとしましたね。この京都の南座の顔見世だけは、江戸時代からずっと、戦時中も開けていましたので、それが今回、開けられなかったらさみしいと思っていました。それがうてるようになり、『あぁよかった』というのが実感でしたね」

新型コロナウイルスの影響で、関西の歌舞伎の大きな公演はことし2月から中止が続いてきました。
京都市の南座でも、顔見世興行はおよそ10か月ぶりとなる歌舞伎の公演です。

江戸時代から続いてきた南座の顔見世興行は、仁左衛門さんにとっても、特別なものだといいます。

「昔、家が南座のすぐ近所にありましたので、南座は子どもの遊び場でもあったんですよね。ですから、南座への愛着は、ほかの劇場にないものがあります。南座での顔見世は大先輩や歴史、それを追いかけている自分を感じますね」

公演を成功させるため、今回、南座ではさまざまな感染対策が取られました。
その一つは客席です。一つおきに席をあけ、人気がある花道横の座席も、出演者と客との距離を取るため、販売を見送りにしました。こうすることで、入場者数を例年の4割に制限したのです。

「人数を絞っているので、さみしいところはありますが、この時期に、南座におみ足を運んでくださるお客様の気持ちが伝わるんですよね。ですから、やっぱりうれしかった。ただ、残念な事は、“大向こう”、たとえば、屋号の『松嶋屋!』などのかけ声をかけるのが、新型コロナの感染対策のためにだめなんですね。見得を切るときとかに、ぱーっと声がかかると、やはりこちらも栄養をいただくんですね。それがないのは、ちょっと寂しかったですけどね」

もどかしい日々にも新たな発見

コロナ禍の今年は、仁左衛門さんにとっても異例づくしの年でした。
3月以降、出演予定だった公演が次々と中止。長い自粛生活に大きな焦りを感じたといいます。

「自分の体調が悪いから舞台に出られない、ということは今まで経験がありますけども、元気だけれども、劇場があけられないというのは、初めてなんですよ。私たち、歌舞伎俳優は舞台に立たないと何の値打ちもなくて、今、現在を見ていただかないと評価されません。
私たちの年代になりますと、やはりだんだんと体力が衰えていきますから、『今やりたい』、『今のうちにやっとかないとやれない』、と。それが、なかなかお芝居がうてないというもどかしさ、それも正直ありましたけれどもね」

もどかしさを感じつつ、仁左衛門さんは気持ちを切り替え、過去の先輩たちの映像や、台本の整理などの勉強を始めたといいます。
緊急事態宣言中も、まだ予定が決まっていない舞台に向けて、週5日間はウォーキングに励み、発声練習も欠かしませんでした。その練習方法は、歌舞伎の演目「勧進帳」の全配役を一人でやること。

自分と向き合っているうちに新たな発見があったと振り返ります。

「自分の中で、せりふというのは、言葉を伝えるのではなくて、気持ちを伝える、心を伝えるものです。その人物の心を表現するのに、『あっこうやれば、今までのやり方は間違っていた』とかね、そういう発見があるんですよ。一人でせりふを言っていると、今までと違う言い方が生まれてくるんですね。
ですから、去年、東京で弁慶をやらせていただいたけれども、もう一度やりたい。次はこういう気持ちでやりたい、と。
とにかく自分を磨く時間でした。結局は自分との戦いですからね。お客様が褒めてくださっても、自分では納得できないことはたくさんありますし、自分も昇華していかなきゃならないわけですから。毎日、毎日が発見で、楽しいですよ」

“助走なしでの三段跳び”の難しさ

満を持して臨むはずだった南座の「顔見世興行」。
しかし、公演を目前に控えた11月下旬、仁左衛門さんの長男の片岡孝太郎さんが新型コロナウイルスに感染。そのとき、同じ舞台に立っていた仁左衛門さんも濃厚接触者となり、2週間の自宅待機となりました。
仁左衛門さんは、大切な初日の舞台に立てず、舞台稽古も納得がいくまで行うことができなかったといいます。

「自宅でずっと毎日、せりふを言って、いままでにない言い方とかが自然と出てきます。それを今度は舞台に立ってお互いにかみ合わせていくんですね。しっくりといくまで、正直なところ、ちょっと時間がかかりますよね。
歌舞伎の場合、個人プレーの集まりですから、それをお稽古の間に微調整をしていく。ふだんは、お稽古の段階で順番に上がっていって本番になるんですね。それが今回はなくて、三段跳びを助走なしで跳んだようなものですから、自分の中では満足できなかったですね。自分のリズムだけでは乗っていけない」

難しい状況の中、2日遅れで迎えた公演初日、仁左衛門さんが挑んだ演目は、平家物語を題材にした「一谷嫩軍記 熊谷陣屋(いちのたに・ふたばぐんき・くまがいじんや)」。
仁左衛門さん演じる主人公、熊谷直実(くまがい・なおざね)は、源氏の武将です。戦乱の中、主君、源義経の命を受け、自分の息子を殺してしまう武士の悲哀と葛藤を描いた作品です。いちばんの見せ場は、直実が苦もんの表情で、義経に我が子の首を差し出す場面です。

「とにかくまあ、つらいお役ですよね。我が子を主君の命令で殺さなきゃいけない。自分の息子を殺したその悲劇、いろんな事が混じって。当時の主従関係、昔はともかく“私情”というものは殺さなきゃいけない。ご主人が絶対ですから。その中でやはり、“わたくし”としての自分、そして武将としての立場、その葛藤ですよね」

歌舞伎を次の世代に伝える

コロナ禍で、さまざまなことを考えたというこの1年。
歌舞伎界を代表する俳優として、仁左衛門さんは改めて、いま、自分がするべきことに立ち返ったといいます。

「まず、先人たちが残していってくださったものを次の世代に伝えなきゃいけない。若い人たちも少しでも古典につかって、歌舞伎を残していってほしいですね。その時代、その時代にあった解釈でも古典を土台にしてやってほしいと思います。これは、やはり日本の文化、ユネスコの無形文化遺産に選ばれているものの使命と思っています。
そのために、私自身、できるだけのことは伝えていきたいと思っています。ただ、結局は、みなさん、後輩の歌舞伎俳優のアンテナしだいでしてね。みんなにアンテナを磨いていただきたいですね」

そして、歌舞伎の「ライブの楽しさ」をより多くの人に伝えていきたいと語りました。

「いつもお客様にお願いをするのは、同じ狂言を1回だけでなく何回もみてください、と。何回かみていただくと『初日とだいぶ変わったな』とか、新しい発見があります。そういう楽しみ方がありますので、これがやっぱりライブですよね。そして、劇場の空気感。テレビでは伝わらないあの空気感の中で、ぜひお芝居をみていただきたい」

文化の灯を絶やさない 歌舞伎俳優 松本幸四郎さん

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